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第一章 出会い

結婚の軍議

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 最初の魔法実習があった夜に、侯爵様から再び念話がかかってきた。

夕食の後、部屋に帰った途端に呼び出し音が鳴ったので、セリカは慌てて寝室に走って行った。

「こん…ばんは。セリカ、そこはベッドじゃないかっ!」

「ええ、寝室に置いておけば、クリストフ様も入ってこないでしょ? 念話器を無事に守れると思ったんですっ。」

偉そうに胸を張るセリカを見て、侯爵様は天を仰いだ。

あら…またどこか不味かったのかしら。


「…まあいい。実は今日の夕方、ダルトン先生から念話があってね、…。」

「まぁ、内緒にしてくれるとおっしゃってたのに喋っちゃったんですか?!」

「何の話だ。」

「爆発するとは思わなかったんですっ。ダルトン先生が全力で火球を出せと言われたので、つい…。」

「…爆発?」

うわっ、ヤバい。
これは知らなかったみたいだ。


「爆発をするほどの魔法を使ってはいけない! 何かあったらどうするんだっ。君は私に魔法の制御ができると言っていなかったか?」

勘違いして、いらぬことまで喋ってしまったことで、侯爵様からお小言をちょうだいしてしまった。

「はぁ~。これはダルトン先生にも言っておく。初めての魔法実習で全力を出させるなんて、何を考えてるんだか。…しかしそう言えば俺も学生の時にやらされたな。あのじじぃ、まさか生徒にずっとこんなことをやらしてるんじゃ…。」


考え込んだ侯爵様に、セリカは恐る恐る声をかけてみた。

「あの~、フロイド先生にも少しペースを落とすように言ってもらえませんか? オディエ語の文字と花文字が、頭の中でごちゃごちゃになっちゃって。」

「ほう、一日目なのにオディエ語も花文字も習ったのか?」

「そーなんですよー。酷いと思いません?」

「いや、それはいい。」

「へっ?」


「実はな、私たちの結婚が早まりそうなんだ。」

「は?! 早くても9月って言ってらっしゃいましたよね。」

「それが7月…いや6月になるかもしれない。そしてその前に今月中に結婚届だけでも出さなくてはならない状況になっている。」


どういうこと?
あんなに結婚したくなさそうだった侯爵様が…。

「………何でそんな事になったんですか?」

「それは君のせいだろう。」

「え? 私の?!」

私、何をしたっけ?


「今日、浮遊魔法に加速を使ったそうだな。」

「あ、はい。ダルトン先生に使わないようにと言われました。」

「ダルトン先生もそういうところはさすがだな。まだ勘は衰えていない。セリカ、その魔法は権力に直結する。国を左右する魔法なんだ。」

「はぁ。」

危険な臭いがするとは思ったけど、そこまで大事おおごととは思わなかった。


「ちょっと王家のことを話そう。ジュリアン第一王子には、2つ年上の今年20歳の兄弟がいる。ヘイズ第二王子だ。」

「あれ? お兄さんなのに第二王子なんですか?」

「そうだ。そこに我が国の後継者問題があるんだ。」


そう言って、侯爵様は今、私が覚えるべき人の名前を教えてくれた。

《ファジャンシル国王一家》

ファジャンシル15世 国王

 ★ 第一夫人 アデレード王妃 ……ビショップ公爵の娘
         長男 ヘイズ第二王子

 ☆ 第二夫人 シオン王妃 ……隣国オディエ国 王女
         長男 ジュリアン第一王子
         長女 メロディ姫
         次男 クリフ第三王子
  
 ※ 第三夫人~第五夫人、妾(多数)   

いやに奥さんが多いんですけど…。

― あらぁ、これは政治的な臭いがプンプンするわね。
  第一夫人が国の権力者の娘。
  第二夫人が隣国のお姫様。
  国内の情勢がどちらに傾くか、微妙な所ね。


「我が国は今、微妙なバランスの上に立っていると言える。国内では先代の王の末弟になるビショップ公爵の権力が強い。しかし公爵の孫のヘイズ兄さんよりジュリアンの魔法量が多かったため、ジュリアンが第一王子となった。それでおさまらないのが第一夫人のアデレード王妃だ。ヘイズ兄さんは権力を欲しがるタイプではないんだが、母親のアデレード王妃は実父のビショップ公爵に似ていて権力欲が強い。」

うわぁ、めんどくさそう。

「特にメロディが生まれてから、その傾向が強くなったそうだ。子どもの数でもわかると思うが、国王はシオン王妃を寵愛ちょうあいしていてね。シオン王妃に対する嫉妬心も拍車をかけているんだと思う。」

でも、その人一人だけじゃないのにね。
めかけ…多数って何?
五十歩百歩って感じがする。


「ここで魔法量の多い私やダルトン先生を、ビショップ公爵は再々取り込もうとしてきた。私はジュリアンの友人でもあるし、ダルトン先生は魔法量が多いものが国をべるべしという単純な思考の持ち主だからね、今までは権力的にも魔法量でも均衡を保ってたんだ。」

「なるほど。」

「しかし君の出現だ。君が第二王子の后になると、情勢は微妙に揺らいでくるだろう。」

「はあぁぁあ?!」

お后さまですって?!


「その上、私の所にビショップ公爵の孫娘とのお見合いの話が、しつこいほど送られてきている。」

ああ、それで侯爵様はよけいに女嫌いになってるんだな。

― そうね、セリカと侯爵様が第二王子側について、
  ダルトン先生が亡くなるようなことでもあったら魔法量の面では
  第二王子側に軍配が上がるかもね。


「でも私たちの結婚は王命で決まってるって言ってませんでした?」

「もし君がヘイズ兄さんと結婚したら、王命を排してまで情熱を優先した傾国の美女とでも言われるんじゃないか?」

そう言って侯爵様は笑ったが、笑い事じゃないですよっ。

「そんな恐ろしい権力の渦に巻き込まれるのは御免こうむります。」

「じゃあ、今月中に私と結婚届を出すことになるな。仕事の調整をして近いうちにそっちへ行く。」

「は…い。」
  

何だか婚約者にプロポーズ(提案)しているというより、国の権力バランスに関しての軍議を聞いたみたい。

この話からすると、侯爵様もダルトン先生もジュリアン第一王子についてるんだな。

セリカにしたらどっちでもいいことだけど。


―でもセリカ、飯屋でも肉屋をA店とB店、
 どっちにするかで売り上げも変わるんじゃない?

それは大問題だよっ!
そうか国にとっては、思案のしどころなんだね。

近所付き合いを取るか、身内の店にするか。
でも要は中身。
美味しい肉じゃなきゃ続かない。

ジュリアン第一王子が魔法量が多いのなら、よほどひどい人でない限り、ダルトン先生が言う通り単純な選択なのかもしれないね。
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