上 下
19 / 107
第一章 出会い

養子縁組

しおりを挟む
 曜日の朝、食事が済んだばかりの6刻にダレニアン伯爵家の馬車がやって来た。

「早くない?!」

「セリカ、そんなこと言ってないで荷物を取りに行ってきなさい。」

母さんに言われて、セリカは2階の自分の部屋に旅行用のバッグを取りに上がった。


昨日の午後に伯爵家から荷馬車がやってきたので、このバッグ以外の荷物はセリカよりも先に伯爵邸に運ばれて行っている。

家具や仕事着などはここに残していって、ベッツィーに使ってもらうことにした。

それでもセリカの大切な物がほとんどなくなったこの部屋は、どこか寂しくガランとして見える。

16年間過ごしてきた自室をぐるりと見回して、セリカは一つ一つの家具やキズ跡に別れを告げる。


頑張れセリカ。

養子と言っても、お嫁に行くようなものだ。
子どもの頃に養子に出されるような恐怖とは違うでしょ。

セリカは自分にそう言い聞かせて、重たいバッグを持って階段を駆け下りた。


 店に入ると伯爵家の方々が3人椅子に座っていた。

横に1人、従者のような中年の男の人が立っている。

セリカの家族とベッツィーは、少し離れて壁側に待機していた。


新年のバルコニーでの挨拶でしか見たことのない、厳めしいダレニアン伯爵。
その隣に座っている、にこやかなダレニアン伯爵夫人。
先日の納屋のパーティーで少し親しくなった気がする、息子さんのクリストフ様。

この3人が一斉に、店に入って来たセリカの方を見た。

ひぇ~、威圧感が半端ない。

― 奥様は優しそうな方じゃない。
  それだけでも良かったかも。

うん。でも伯爵様は怖そう。


従者の人が一歩前に出て挨拶する。

「私はダレニアン伯爵の領地管理人をしておりますドレイクと申します。今日はセリカ・トレントさんとダレニアン伯爵家の養子縁組の手続きをするために同行いたしました。」

従者じゃなかった。
領地管理人さんだったよ。

「まずはセリカさんがトレント家を出るということで、こちらの用紙にご両親とご本人のサインをいただきます。」

そう言って出された住民台帳のようなものに、ダダとマム、それにセリカがサインをした。

父さんの顔が強張っている。
母さんも溜息をつきながら、やっとサインを終えた。


「ありがとうございます。それでは次に伯爵家の係累簿にサインをいただきます。こちらは魔力で結索してありますので、この羽ペンのほうでご記入ください。」

セリカがペンを変えて、分厚い係累簿とやらにサインをすると、字が光りながら浮き上がって来て、落ち着き先を見つけるようにゴソゴソと紙の上に降りると、ここにいることにしたわというような顔をして光を消していった。

…字が動くの?! 
こんなの初めて見た。

セリカの家族もびっくりして消えていく光を見つめている。
ベッツィーだけが一人、ワクワクしているようだった。


「これでめでたく養子縁組はなされました。後は王宮への報告です。閣下、奥様、署名と封印をお願いいたします。」

ドレイクさんが便箋と封筒を取り出すと、ダレニアン伯爵がそれにセリカの名前を書き、下の方に自分のサインもした。
伯爵夫人も伯爵の名前の下にサインをする。

ドレイクさんはその紙を受け取って手をかざし、手から風を出してインクを乾かすと、紙を折りたたんで封筒の中へ入れた。

…なんか普通に風の魔法を使ってる。

― ドレイクさんも魔法使いみたいね。

貴族の生活って、魔法が当たり前にあるんだね。


伯爵様が封蠟に手をかざして少しロウを溶かすと、手紙の封印を押した。

ドレイクさんがその封筒を受け取って、スタンプを押すところに以前見たことのある光る砂のようなものをかけたかと思うと、羽ペンで双頭の鷲を描いた。

レイチェル、すごいっ! 当たってたよ!

ダレニアン伯爵が王都へ貴族郵便を出すときには、やっぱりスタンプに双頭の鷲を使うようだ。


ドレイクさんが手紙の用意を終えると、外で微かに馬車が止まる音がした。

セリカも家族も表に面した窓から外を覗いてみると、真っ青な空の色をした小さな馬車が道路に止まっている。

馬車を引いているのは、なんと青色の飛び竜だった。


馬車の御者台からセリカの足の長さくらいの背丈の小人が下りてきて、店の外に出たドレイクさんから、封をされたばかりの手紙を受け取っている。

「王宮かい?」

「ああ、書留郵便で頼むよ。」

そんな外の会話を信じられない思いで聞いていると、小人は馬車の中の区分けした袋に手紙を放り込み、すぐに御者台に座って飛び竜に一つ鞭をくれた。


青い馬車は少しだけ道路を走ったかと思うと、見る見る空高く登って行って、空の中に溶け込んだように影も形も見えなくなってしまった。

どっしぇ~、竜だよ奏子。
絵本の絵でしか見たことがなかったよ。

― 初めて見たね。
  ファジャンシル王国には、竜も小人もいたんだねぇ。


 セリカたちが窓を離れてもといた場所に戻ると、初めてダレニアン伯爵が口をきいた。

「セリカ・トレント、今日からお前はセリカ・ダレニアンとなった。貴族として必要なことを学び、ダレニアン伯爵家の一員として恥じない人間になるように。」

「は、はい。」

「セリカさん、短い間ですが義母としていろいろと頼ってくださいね。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


クリストフ様はセリカに手を出して握手をしてきた。

「よろしくな、義妹。わからないことがあったら、僕かマリアンヌに聞いてくれ。」

「はいっ。お世話になります、クリストフ様。」


「ちなみにダダ・トレント。」

「はい。」

ダレニアン伯爵が重々しい口調で父さんに話しかけてきた。

「庶民には月の終わりに5日間の感謝の日とかいうものがあるのだろう?」

「…はい。」


何の話なんだろう?

父さんも話の筋が見えないみたいだ。

「3月の終わりの休みの日に馬車を寄越すので、家族で娘に会いに来るといい。その時にピザとかいうものを私たちにも食べさせてくれ。クリストフが自慢するので、私も一度食べてみたい。」

なんと伯爵様はピザをご所望のようだ。

思わぬところでのピザ効果である。


セリカとまた会える機会があるということを知って、父さんと母さんの顔が一気に明るくなった。

「はい。喜んでピザを作らせて頂きます。ご配慮、ありがとうございます。」



◇◇◇



 家族と抱き合って泣きながら別れの挨拶をして、近所の人たちが見送りに来てくれていた人垣に泣き笑いの真っ赤な顔で手を振って、セリカは伯爵家の馬車に乗り込んだ。

セリカのすぐ前に座っていたクリストフ様が泣いているセリカにハンカチを貸してくれた。

「うぐっ、あり…がと……ございます。」

「家族と離れるのは辛いだろうね。僕も娘のことを想像して、ちょっとウルッときちゃったよ。」

「グスッ……娘さん? もしかして赤ちゃんの?」

「そう。第二夫人のペネロピの子どもで、アルマと言うんだ。」

…なかなか気の早い話だ。
赤ちゃんのアルマちゃんが嫁に行くのは何年も先の話だろう。

クリストフ様も娘は可愛いのかもね。


「クリスは子煩悩でね。ヒューゴに似たのかもしれないわ。」

それまで窓の外を見ていた義母さまが、セリカたちの会話に入って来る。

ヒューゴって誰だ?と思ったら、伯爵様が厳格な顔を赤らめていた。

この義父さま、見た目よりも可愛らしい性格なのかもしれない。

「ウォッホン、そんなことはない。クリスはマーセデス、お前によく似ている。」

「外見はね。中身は最近あなたにも似てきましたよ。」


こういう夫婦の会話は、どこでも同じなんだな。

うちでも父さんと母さんがカールのことで同じようなことを言っていた。
カールは外見が父さん似で、中身が母さん似というところが違うけど。


ダレニアン伯爵家の人たちは思ったよりも話しやすそうで、セリカは緊張で縮みあがっていた胸をホッとなでおろしていた。

そんなセリカたちを乗せて、馬車はなだらかな山道を登って行く。


半刻ほど森の奥に入ったところで、急に木々のトンネルを抜け出たかと思うと、広々した草原の高台に領主館とダレニアン伯爵邸の大きな建物が見えてきた。

― まぁ、テレビで観たイギリスのマナーハウスみたい。

奏子も驚いているが、セリカはもっとびっくりしていた。
ダレーナの街にある庁舎の何十倍もの大きさだ。


これからここが、私の家?なんだ。

セリカは近づいて来る巨大な屋敷を、口を開けないように注意しながらマジマジと見つめた。
 
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。 ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。 魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。 ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

処理中です...