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第一章 出会い
養子縁組
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火曜日の朝、食事が済んだばかりの6刻にダレニアン伯爵家の馬車がやって来た。
「早くない?!」
「セリカ、そんなこと言ってないで荷物を取りに行ってきなさい。」
母さんに言われて、セリカは2階の自分の部屋に旅行用のバッグを取りに上がった。
昨日の午後に伯爵家から荷馬車がやってきたので、このバッグ以外の荷物はセリカよりも先に伯爵邸に運ばれて行っている。
家具や仕事着などはここに残していって、ベッツィーに使ってもらうことにした。
それでもセリカの大切な物がほとんどなくなったこの部屋は、どこか寂しくガランとして見える。
16年間過ごしてきた自室をぐるりと見回して、セリカは一つ一つの家具やキズ跡に別れを告げる。
頑張れセリカ。
養子と言っても、お嫁に行くようなものだ。
子どもの頃に養子に出されるような恐怖とは違うでしょ。
セリカは自分にそう言い聞かせて、重たいバッグを持って階段を駆け下りた。
店に入ると伯爵家の方々が3人椅子に座っていた。
横に1人、従者のような中年の男の人が立っている。
セリカの家族とベッツィーは、少し離れて壁側に待機していた。
新年のバルコニーでの挨拶でしか見たことのない、厳めしいダレニアン伯爵。
その隣に座っている、にこやかなダレニアン伯爵夫人。
先日の納屋のパーティーで少し親しくなった気がする、息子さんのクリストフ様。
この3人が一斉に、店に入って来たセリカの方を見た。
ひぇ~、威圧感が半端ない。
― 奥様は優しそうな方じゃない。
それだけでも良かったかも。
うん。でも伯爵様は怖そう。
従者の人が一歩前に出て挨拶する。
「私はダレニアン伯爵の領地管理人をしておりますドレイクと申します。今日はセリカ・トレントさんとダレニアン伯爵家の養子縁組の手続きをするために同行いたしました。」
従者じゃなかった。
領地管理人さんだったよ。
「まずはセリカさんがトレント家を出るということで、こちらの用紙にご両親とご本人のサインをいただきます。」
そう言って出された住民台帳のようなものに、ダダとマム、それにセリカがサインをした。
父さんの顔が強張っている。
母さんも溜息をつきながら、やっとサインを終えた。
「ありがとうございます。それでは次に伯爵家の係累簿にサインをいただきます。こちらは魔力で結索してありますので、この羽ペンのほうでご記入ください。」
セリカがペンを変えて、分厚い係累簿とやらにサインをすると、字が光りながら浮き上がって来て、落ち着き先を見つけるようにゴソゴソと紙の上に降りると、ここにいることにしたわというような顔をして光を消していった。
…字が動くの?!
こんなの初めて見た。
セリカの家族もびっくりして消えていく光を見つめている。
ベッツィーだけが一人、ワクワクしているようだった。
「これでめでたく養子縁組はなされました。後は王宮への報告です。閣下、奥様、署名と封印をお願いいたします。」
ドレイクさんが便箋と封筒を取り出すと、ダレニアン伯爵がそれにセリカの名前を書き、下の方に自分のサインもした。
伯爵夫人も伯爵の名前の下にサインをする。
ドレイクさんはその紙を受け取って手をかざし、手から風を出してインクを乾かすと、紙を折りたたんで封筒の中へ入れた。
…なんか普通に風の魔法を使ってる。
― ドレイクさんも魔法使いみたいね。
貴族の生活って、魔法が当たり前にあるんだね。
伯爵様が封蠟に手をかざして少しロウを溶かすと、手紙の封印を押した。
ドレイクさんがその封筒を受け取って、スタンプを押すところに以前見たことのある光る砂のようなものをかけたかと思うと、羽ペンで双頭の鷲を描いた。
レイチェル、すごいっ! 当たってたよ!
ダレニアン伯爵が王都へ貴族郵便を出すときには、やっぱりスタンプに双頭の鷲を使うようだ。
ドレイクさんが手紙の用意を終えると、外で微かに馬車が止まる音がした。
セリカも家族も表に面した窓から外を覗いてみると、真っ青な空の色をした小さな馬車が道路に止まっている。
馬車を引いているのは、なんと青色の飛び竜だった。
馬車の御者台からセリカの足の長さくらいの背丈の小人が下りてきて、店の外に出たドレイクさんから、封をされたばかりの手紙を受け取っている。
「王宮かい?」
「ああ、書留郵便で頼むよ。」
そんな外の会話を信じられない思いで聞いていると、小人は馬車の中の区分けした袋に手紙を放り込み、すぐに御者台に座って飛び竜に一つ鞭をくれた。
青い馬車は少しだけ道路を走ったかと思うと、見る見る空高く登って行って、空の中に溶け込んだように影も形も見えなくなってしまった。
どっしぇ~、竜だよ奏子。
絵本の絵でしか見たことがなかったよ。
― 初めて見たね。
ファジャンシル王国には、竜も小人もいたんだねぇ。
セリカたちが窓を離れてもといた場所に戻ると、初めてダレニアン伯爵が口をきいた。
「セリカ・トレント、今日からお前はセリカ・ダレニアンとなった。貴族として必要なことを学び、ダレニアン伯爵家の一員として恥じない人間になるように。」
「は、はい。」
「セリカさん、短い間ですが義母としていろいろと頼ってくださいね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
クリストフ様はセリカに手を出して握手をしてきた。
「よろしくな、義妹。わからないことがあったら、僕かマリアンヌに聞いてくれ。」
「はいっ。お世話になります、クリストフ様。」
「ちなみにダダ・トレント。」
「はい。」
ダレニアン伯爵が重々しい口調で父さんに話しかけてきた。
「庶民には月の終わりに5日間の感謝の日とかいうものがあるのだろう?」
「…はい。」
何の話なんだろう?
父さんも話の筋が見えないみたいだ。
「3月の終わりの休みの日に馬車を寄越すので、家族で娘に会いに来るといい。その時にピザとかいうものを私たちにも食べさせてくれ。クリストフが自慢するので、私も一度食べてみたい。」
なんと伯爵様はピザをご所望のようだ。
思わぬところでのピザ効果である。
セリカとまた会える機会があるということを知って、父さんと母さんの顔が一気に明るくなった。
「はい。喜んでピザを作らせて頂きます。ご配慮、ありがとうございます。」
◇◇◇
家族と抱き合って泣きながら別れの挨拶をして、近所の人たちが見送りに来てくれていた人垣に泣き笑いの真っ赤な顔で手を振って、セリカは伯爵家の馬車に乗り込んだ。
セリカのすぐ前に座っていたクリストフ様が泣いているセリカにハンカチを貸してくれた。
「うぐっ、あり…がと……ございます。」
「家族と離れるのは辛いだろうね。僕も娘のことを想像して、ちょっとウルッときちゃったよ。」
「グスッ……娘さん? もしかして赤ちゃんの?」
「そう。第二夫人のペネロピの子どもで、アルマと言うんだ。」
…なかなか気の早い話だ。
赤ちゃんのアルマちゃんが嫁に行くのは何年も先の話だろう。
クリストフ様も娘は可愛いのかもね。
「クリスは子煩悩でね。ヒューゴに似たのかもしれないわ。」
それまで窓の外を見ていた義母さまが、セリカたちの会話に入って来る。
ヒューゴって誰だ?と思ったら、伯爵様が厳格な顔を赤らめていた。
この義父さま、見た目よりも可愛らしい性格なのかもしれない。
「ウォッホン、そんなことはない。クリスはマーセデス、お前によく似ている。」
「外見はね。中身は最近あなたにも似てきましたよ。」
こういう夫婦の会話は、どこでも同じなんだな。
うちでも父さんと母さんがカールのことで同じようなことを言っていた。
カールは外見が父さん似で、中身が母さん似というところが違うけど。
ダレニアン伯爵家の人たちは思ったよりも話しやすそうで、セリカは緊張で縮みあがっていた胸をホッとなでおろしていた。
そんなセリカたちを乗せて、馬車はなだらかな山道を登って行く。
半刻ほど森の奥に入ったところで、急に木々のトンネルを抜け出たかと思うと、広々した草原の高台に領主館とダレニアン伯爵邸の大きな建物が見えてきた。
― まぁ、テレビで観たイギリスのマナーハウスみたい。
奏子も驚いているが、セリカはもっとびっくりしていた。
ダレーナの街にある庁舎の何十倍もの大きさだ。
これからここが、私の家?なんだ。
セリカは近づいて来る巨大な屋敷を、口を開けないように注意しながらマジマジと見つめた。
「早くない?!」
「セリカ、そんなこと言ってないで荷物を取りに行ってきなさい。」
母さんに言われて、セリカは2階の自分の部屋に旅行用のバッグを取りに上がった。
昨日の午後に伯爵家から荷馬車がやってきたので、このバッグ以外の荷物はセリカよりも先に伯爵邸に運ばれて行っている。
家具や仕事着などはここに残していって、ベッツィーに使ってもらうことにした。
それでもセリカの大切な物がほとんどなくなったこの部屋は、どこか寂しくガランとして見える。
16年間過ごしてきた自室をぐるりと見回して、セリカは一つ一つの家具やキズ跡に別れを告げる。
頑張れセリカ。
養子と言っても、お嫁に行くようなものだ。
子どもの頃に養子に出されるような恐怖とは違うでしょ。
セリカは自分にそう言い聞かせて、重たいバッグを持って階段を駆け下りた。
店に入ると伯爵家の方々が3人椅子に座っていた。
横に1人、従者のような中年の男の人が立っている。
セリカの家族とベッツィーは、少し離れて壁側に待機していた。
新年のバルコニーでの挨拶でしか見たことのない、厳めしいダレニアン伯爵。
その隣に座っている、にこやかなダレニアン伯爵夫人。
先日の納屋のパーティーで少し親しくなった気がする、息子さんのクリストフ様。
この3人が一斉に、店に入って来たセリカの方を見た。
ひぇ~、威圧感が半端ない。
― 奥様は優しそうな方じゃない。
それだけでも良かったかも。
うん。でも伯爵様は怖そう。
従者の人が一歩前に出て挨拶する。
「私はダレニアン伯爵の領地管理人をしておりますドレイクと申します。今日はセリカ・トレントさんとダレニアン伯爵家の養子縁組の手続きをするために同行いたしました。」
従者じゃなかった。
領地管理人さんだったよ。
「まずはセリカさんがトレント家を出るということで、こちらの用紙にご両親とご本人のサインをいただきます。」
そう言って出された住民台帳のようなものに、ダダとマム、それにセリカがサインをした。
父さんの顔が強張っている。
母さんも溜息をつきながら、やっとサインを終えた。
「ありがとうございます。それでは次に伯爵家の係累簿にサインをいただきます。こちらは魔力で結索してありますので、この羽ペンのほうでご記入ください。」
セリカがペンを変えて、分厚い係累簿とやらにサインをすると、字が光りながら浮き上がって来て、落ち着き先を見つけるようにゴソゴソと紙の上に降りると、ここにいることにしたわというような顔をして光を消していった。
…字が動くの?!
こんなの初めて見た。
セリカの家族もびっくりして消えていく光を見つめている。
ベッツィーだけが一人、ワクワクしているようだった。
「これでめでたく養子縁組はなされました。後は王宮への報告です。閣下、奥様、署名と封印をお願いいたします。」
ドレイクさんが便箋と封筒を取り出すと、ダレニアン伯爵がそれにセリカの名前を書き、下の方に自分のサインもした。
伯爵夫人も伯爵の名前の下にサインをする。
ドレイクさんはその紙を受け取って手をかざし、手から風を出してインクを乾かすと、紙を折りたたんで封筒の中へ入れた。
…なんか普通に風の魔法を使ってる。
― ドレイクさんも魔法使いみたいね。
貴族の生活って、魔法が当たり前にあるんだね。
伯爵様が封蠟に手をかざして少しロウを溶かすと、手紙の封印を押した。
ドレイクさんがその封筒を受け取って、スタンプを押すところに以前見たことのある光る砂のようなものをかけたかと思うと、羽ペンで双頭の鷲を描いた。
レイチェル、すごいっ! 当たってたよ!
ダレニアン伯爵が王都へ貴族郵便を出すときには、やっぱりスタンプに双頭の鷲を使うようだ。
ドレイクさんが手紙の用意を終えると、外で微かに馬車が止まる音がした。
セリカも家族も表に面した窓から外を覗いてみると、真っ青な空の色をした小さな馬車が道路に止まっている。
馬車を引いているのは、なんと青色の飛び竜だった。
馬車の御者台からセリカの足の長さくらいの背丈の小人が下りてきて、店の外に出たドレイクさんから、封をされたばかりの手紙を受け取っている。
「王宮かい?」
「ああ、書留郵便で頼むよ。」
そんな外の会話を信じられない思いで聞いていると、小人は馬車の中の区分けした袋に手紙を放り込み、すぐに御者台に座って飛び竜に一つ鞭をくれた。
青い馬車は少しだけ道路を走ったかと思うと、見る見る空高く登って行って、空の中に溶け込んだように影も形も見えなくなってしまった。
どっしぇ~、竜だよ奏子。
絵本の絵でしか見たことがなかったよ。
― 初めて見たね。
ファジャンシル王国には、竜も小人もいたんだねぇ。
セリカたちが窓を離れてもといた場所に戻ると、初めてダレニアン伯爵が口をきいた。
「セリカ・トレント、今日からお前はセリカ・ダレニアンとなった。貴族として必要なことを学び、ダレニアン伯爵家の一員として恥じない人間になるように。」
「は、はい。」
「セリカさん、短い間ですが義母としていろいろと頼ってくださいね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
クリストフ様はセリカに手を出して握手をしてきた。
「よろしくな、義妹。わからないことがあったら、僕かマリアンヌに聞いてくれ。」
「はいっ。お世話になります、クリストフ様。」
「ちなみにダダ・トレント。」
「はい。」
ダレニアン伯爵が重々しい口調で父さんに話しかけてきた。
「庶民には月の終わりに5日間の感謝の日とかいうものがあるのだろう?」
「…はい。」
何の話なんだろう?
父さんも話の筋が見えないみたいだ。
「3月の終わりの休みの日に馬車を寄越すので、家族で娘に会いに来るといい。その時にピザとかいうものを私たちにも食べさせてくれ。クリストフが自慢するので、私も一度食べてみたい。」
なんと伯爵様はピザをご所望のようだ。
思わぬところでのピザ効果である。
セリカとまた会える機会があるということを知って、父さんと母さんの顔が一気に明るくなった。
「はい。喜んでピザを作らせて頂きます。ご配慮、ありがとうございます。」
◇◇◇
家族と抱き合って泣きながら別れの挨拶をして、近所の人たちが見送りに来てくれていた人垣に泣き笑いの真っ赤な顔で手を振って、セリカは伯爵家の馬車に乗り込んだ。
セリカのすぐ前に座っていたクリストフ様が泣いているセリカにハンカチを貸してくれた。
「うぐっ、あり…がと……ございます。」
「家族と離れるのは辛いだろうね。僕も娘のことを想像して、ちょっとウルッときちゃったよ。」
「グスッ……娘さん? もしかして赤ちゃんの?」
「そう。第二夫人のペネロピの子どもで、アルマと言うんだ。」
…なかなか気の早い話だ。
赤ちゃんのアルマちゃんが嫁に行くのは何年も先の話だろう。
クリストフ様も娘は可愛いのかもね。
「クリスは子煩悩でね。ヒューゴに似たのかもしれないわ。」
それまで窓の外を見ていた義母さまが、セリカたちの会話に入って来る。
ヒューゴって誰だ?と思ったら、伯爵様が厳格な顔を赤らめていた。
この義父さま、見た目よりも可愛らしい性格なのかもしれない。
「ウォッホン、そんなことはない。クリスはマーセデス、お前によく似ている。」
「外見はね。中身は最近あなたにも似てきましたよ。」
こういう夫婦の会話は、どこでも同じなんだな。
うちでも父さんと母さんがカールのことで同じようなことを言っていた。
カールは外見が父さん似で、中身が母さん似というところが違うけど。
ダレニアン伯爵家の人たちは思ったよりも話しやすそうで、セリカは緊張で縮みあがっていた胸をホッとなでおろしていた。
そんなセリカたちを乗せて、馬車はなだらかな山道を登って行く。
半刻ほど森の奥に入ったところで、急に木々のトンネルを抜け出たかと思うと、広々した草原の高台に領主館とダレニアン伯爵邸の大きな建物が見えてきた。
― まぁ、テレビで観たイギリスのマナーハウスみたい。
奏子も驚いているが、セリカはもっとびっくりしていた。
ダレーナの街にある庁舎の何十倍もの大きさだ。
これからここが、私の家?なんだ。
セリカは近づいて来る巨大な屋敷を、口を開けないように注意しながらマジマジと見つめた。
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