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第一章 出会い

謎の使者

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 9刻の鐘が鳴り始めたので、弟のカールが店の旗を持って出て入り口に掲げる。


「さぁ、今日も頑張りましょう!」

母さんの元気な声に、家族の皆が「おうっ。」と気合を入れた。


外で待っていた道路工事の人たちが団体でぞろぞろと入って来て奥の大きいテーブルに座る。

今日はしょっぱなから忙しくなりそうだ。


そのテーブルにセリカが人数分の水を持っていくと、怪訝けげんな顔をされた。

「ねぇちゃん、まだ何も頼んでないぞ。」

「水は当店のサービスです。おかわりもありますので、必要な時は言ってくださいね。」

「へぇ~。サービスいいね。」


この水のサービスも奏子に言われて始めたものだ。

ダレーナの街は水が綺麗で、井戸水も豊富に湧き出てくる。

それを使って店の印象をあげるべきだと日本でのサービスのことを話してくれた。


エールやジュースが売れなくなると最初父さんに反対されたが、このサービスを始めてからリピーターの人が増えてきた。

飲み物での少しの損失は、その常連さんの存在でプラスマイナスがゼロになったどころか、全体の売り上げはむしろ増加した。


 お昼の10刻を過ぎると、今日のおすすめのミートスパゲティが次々に注文されはじめる。

お客さんの中にも常連さんの数が増えてきた。


「セリカ、今日はスパゲティだって? 2つ頼むよ。」

そう言いながら入って来たのは、幼馴染みのハリーだ。

今日はハリーのお母さんのメグおばさんと一緒だ。


ハリーの家はうちのすぐ横の道を入ったところで、家族で金物屋をしている。

このぶんだとおじさんと弟のトマスはジャンケンに負けたのね。


ここの家は、皆でジャンケンをして先に昼食をとる人を決めるらしい。

いつも賑やかな仲の良い家族だ。


「はい、お待たせしました~。今日はミートスパゲティです。」

「うおっ、美味そう。腹減ったー。」

たっぷりとひき肉の入ったソースには玉ねぎの他に、隠し味としてセロリが少しだけ刻まれて入っている。

湯気の立ち上るスパゲティに粉チーズをたっぷりふりかけると、ハリーは飛びついて食べ始めた。


こうなるとハリーはだめね。

メグおばさんに聞いた方が良さそう。


「メグおばさん、レイチェルに聞いたんだけど…。」

「ダンスパーティーのことでしょ。本当よ。ボブ・レーナンがたまには街の人間と農業特区の人たちが交流を持ってもいいんじゃないかって言い出したらしいわ。」


なんと本当に「納屋」でダンスパーティーをするらしい。

冗談じゃなかったのね。


「クロウさんからの情報だって言うから、まさかとは思ったんだけど。」

「ミランダが農業特区の嫁ぎ先から戻ってきてた時に、たまたまクロウさんがうちに買い物に来てたのよ。」

「そうなんだ。」


これはレイチェルが言うように、本当にくるぶし丈のドレスを新調しなくてはならないようだ。

踝丈の服はたいていが普段着だ。
ドレスなんてみんな持ってないんじゃないかな。


「失礼する。セリカ、今日はもちもちの生地のピザを頼む。」

どこかで聞いた声がしたと思ったら、昨日の侯爵様が店に入ってきていた。

今日は昨日よりは地味な格好をしてるようだが、背が高いから目立つんだよねー。


― やっぱりまた来たね、セリカ。

勘弁してよ~。
噂になんか上書きをされそう。


店のテーブルが空いていなかったので、侯爵様はすたすたと奥に向かって歩いて行って、昨日通した宴会用の部屋へ勝手知ったる感じで入っていく。


「誰だ、あれ?」

ハリーがラザフォード侯爵の背中をにらんでいる。


「ねえねえセリカちゃん、あの人が噂のプロポーズ貴族?」

「メグおばさん…。その噂、もしかしてレイチェル?」

「レイチェルに聞いたって、魚屋のおかみさんが言ってたよ。」


もうっ。
ちょっとレイチェルに言っとかないと。


「母さん、なんだよそれっ。セリカは俺が嫁さんにもらうんだぞ!」

「ハリー…。誰もそうするとは言ってないわよ。」

「そんな、セリカ…。」


恨めしそうな顔をするハリーのことは放っておいて、セリカは侯爵様の注文を伝えに厨房に行った。

 
 侯爵様は、ピザが殊の外お気に召したようだ。 

「なるほど、本当にこの生地はもちもちとしてるな。これはどうやって作るんだ? うちのコックに教えてもらえないだろうか。」

「はぁ、一応企業秘密なんですが、平民に教えないでいてくれるのなら、父さんに頼んでみます。」


何度も来られても困るから、父さんに教えといてもらったほうがいいかも。 

侯爵様がもちもちのピザを嬉しそうに食べ終わって、セリカにおすすめのスパゲティを追加注文していた時に、店の外が騒がしくなった。

弟のカールが人を制する声がしている。

「待って、待ってください! 姉を呼んできますから。」

私?
何だろう。


不思議に思って店の外に出てみると、そこには豪勢な馬車が止まっていた。

お仕着せの従者の格好をした男の人が、小さめのピロークッションの上にのせた手紙を捧げ持って立っている。

「あなたがセリカ・トレントさんですか?」

「……はい、そうですけど。」

その人がずいっとセリカの目の前に近づいて来るので、セリカは思わず一歩後退した。

圧迫感あるなぁ。
なんだろう、この人。


その男は顔色を変えずに、セリカの手に手紙を握らせる。

高価な分厚い紙で作られた封筒は、嗅いだことがないような香の匂いがした。

字が書いてあるのだろうが、くるくるとした花文字が書かれているので、一見して誰から来たものかもわからない。


これ、本当に私宛の手紙なのだろうか?

「あの…どなたからの手紙ですか?」

「それはこの場では申せません。手紙の方をご確認ください。」

だ・か・ら、わかんないから聞いてるのに。


従者の男の人は仕事は済んだとばかりに、再び馬車に乗るとあっという間に去っていった。

馬車が去った後、遠巻きにしていた人垣の中からレイチェルが飛び出して、こっちに走ってきていた。


セリカの肩に手を置いて後ろから覗き込んできたのは、誰かと思ったらラザフォード侯爵様だった。

「……何の手紙だ?」

急に側にこられるとびっくりする。

下から侯爵様を見上げると、濃い青色の目に呆けた顔をした自分が映っていた。


侯爵様はセリカから手紙を取り上げて、裏返して差出人の名前を見た。

その途端に目を閉じて、酷く顔をしかめる。


いったい誰から来た手紙なんだろう?
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