2 / 29
第一章 ゆかこさんの春夏秋冬
秋と冬
しおりを挟む
神社の秋祭りが終わってだいぶ経ったのに、家に帰らないで石段のてっぺんに座っている男の人がいました。
さっき提灯や幟を片付けていた年番の中島さんです。
お酒が入って赤い顔をしています。酔っぱらっているのでしょうか。
中島さんは「あー、どうしたらいいんだろう・・・。」と言いながら、仰向けに寝っ転がって空を見ました。
鱗雲が夕日に赤く染まっています。
ゆかこさんは尋ねました。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「ん?彼女と付き合い始めたばかりなのに、転勤の辞令が出たんだよ。」
「そう。」
「プロポーズしたほうがいいのかなぁ。」
「ええ、そうね。」
けれど中島さんの中には「断られるかも。どうしよう。どうしよう。」という思いでいっぱいでした。
「貴方に必要なのはほんの少しの勇気かもしれないわね。」
ゆかこさんはそう言うと金木犀の花びらをパラパラパラッとこぼしました。
澄んだ秋の空気の中に甘やかな芳香が満ちてきます。
中島さんは急に起き上がると「よしっ。当たって砕けろだっ。」と大きな声で叫びました。
お尻の砂をパンパパンと払うと、力のこもった足取りで長い階段を駆け下りていきます。
「あらあら、決心すると早いのね。」
ゆかこさんは西の空の金星に投げキッスを一つ飛ばします。
昼と夜の間の夕空にすっと一筋の雲が流れていきました。
金星もゆかこさんにわかるようにキラキラキランと光りましたよ。
「うううっ、寒くなってきた。やっぱり夜は冷えるわねぇ。」
ゆかこさんはそう言うと、社殿の中に入って行きました。
「今日はあったかいシチューにしましょうか。」
そうですね、ゆかこさん。茸もたっぷりありますね。
木の葉が風に揺れるころ、白い煙がほわほわと夜空に登って行きました。
***
あらあら降ってきましたね。
ゆかこさん、ゆかこさん。雪が降ってきましたよ。
「あら大変っ。集めなきゃ。」
ゆかこさんは大慌てで手袋をして池の側に行きました。薄氷を使って入れ物を作ります。
それを雪うさぎの背中に乗せました。南天の赤い目をしたうさぎです。
うさぎはピクンと目を覚まして、ピョンピョコピョーンと跳ね回ります。
「うんうん。この町の雪は尊いわ。」
いったいどういう意味なんでしょう。
するとそこへ学生たちが大勢でやってきました。
手に手に絵馬を持っています。
みんなで絵馬をぶら下げたのに、一人の男の子だけがまだ絵馬を握り締めています。
「酒井、早くぶら下げろよ。寒いから帰るぞっ。」
みんなは「寒い寒いっ。」「雪が酷くならないうちに帰ろうっ。」と言って階段を下りて行きました。
「はぁー。」
溜息をひとつすると酒井君はやっと絵馬をぶら下げました。
ゆかこさんが酒井君の中を見ると「僕は落ちる。落ちる。」と悲痛な思いでいっぱいでした。
どうやらみんなで一緒に合格祈願に来たようです。
「まぁ呆れた。貴方には辛抱と努力が必要ね。」
ゆかこさんはそう言うと、むにゃむにゃむにゃと祈りました。
すると小さな雪うさぎたちがピョンピョコピョーンと男の子の襟首に入って行きました。
「うわっ! 冷たいっ冷たいっ!」
酒井君はパッと目が覚めたように、背中の雪を払いながら階段を駆け下りていきました。
「ほらほら、頑張るんですよー。」
ゆかこさんはくすりと笑って手を上にあげました。
凩がブルルンと震えて山を下って行きましたよ。今夜の町は氷に閉ざされそうです。
でもね。雪の下には春の蕾が待機しているんです。
そう、花咲く春を待ってね。
さっき提灯や幟を片付けていた年番の中島さんです。
お酒が入って赤い顔をしています。酔っぱらっているのでしょうか。
中島さんは「あー、どうしたらいいんだろう・・・。」と言いながら、仰向けに寝っ転がって空を見ました。
鱗雲が夕日に赤く染まっています。
ゆかこさんは尋ねました。
「何をそんなに悩んでいるの?」
「ん?彼女と付き合い始めたばかりなのに、転勤の辞令が出たんだよ。」
「そう。」
「プロポーズしたほうがいいのかなぁ。」
「ええ、そうね。」
けれど中島さんの中には「断られるかも。どうしよう。どうしよう。」という思いでいっぱいでした。
「貴方に必要なのはほんの少しの勇気かもしれないわね。」
ゆかこさんはそう言うと金木犀の花びらをパラパラパラッとこぼしました。
澄んだ秋の空気の中に甘やかな芳香が満ちてきます。
中島さんは急に起き上がると「よしっ。当たって砕けろだっ。」と大きな声で叫びました。
お尻の砂をパンパパンと払うと、力のこもった足取りで長い階段を駆け下りていきます。
「あらあら、決心すると早いのね。」
ゆかこさんは西の空の金星に投げキッスを一つ飛ばします。
昼と夜の間の夕空にすっと一筋の雲が流れていきました。
金星もゆかこさんにわかるようにキラキラキランと光りましたよ。
「うううっ、寒くなってきた。やっぱり夜は冷えるわねぇ。」
ゆかこさんはそう言うと、社殿の中に入って行きました。
「今日はあったかいシチューにしましょうか。」
そうですね、ゆかこさん。茸もたっぷりありますね。
木の葉が風に揺れるころ、白い煙がほわほわと夜空に登って行きました。
***
あらあら降ってきましたね。
ゆかこさん、ゆかこさん。雪が降ってきましたよ。
「あら大変っ。集めなきゃ。」
ゆかこさんは大慌てで手袋をして池の側に行きました。薄氷を使って入れ物を作ります。
それを雪うさぎの背中に乗せました。南天の赤い目をしたうさぎです。
うさぎはピクンと目を覚まして、ピョンピョコピョーンと跳ね回ります。
「うんうん。この町の雪は尊いわ。」
いったいどういう意味なんでしょう。
するとそこへ学生たちが大勢でやってきました。
手に手に絵馬を持っています。
みんなで絵馬をぶら下げたのに、一人の男の子だけがまだ絵馬を握り締めています。
「酒井、早くぶら下げろよ。寒いから帰るぞっ。」
みんなは「寒い寒いっ。」「雪が酷くならないうちに帰ろうっ。」と言って階段を下りて行きました。
「はぁー。」
溜息をひとつすると酒井君はやっと絵馬をぶら下げました。
ゆかこさんが酒井君の中を見ると「僕は落ちる。落ちる。」と悲痛な思いでいっぱいでした。
どうやらみんなで一緒に合格祈願に来たようです。
「まぁ呆れた。貴方には辛抱と努力が必要ね。」
ゆかこさんはそう言うと、むにゃむにゃむにゃと祈りました。
すると小さな雪うさぎたちがピョンピョコピョーンと男の子の襟首に入って行きました。
「うわっ! 冷たいっ冷たいっ!」
酒井君はパッと目が覚めたように、背中の雪を払いながら階段を駆け下りていきました。
「ほらほら、頑張るんですよー。」
ゆかこさんはくすりと笑って手を上にあげました。
凩がブルルンと震えて山を下って行きましたよ。今夜の町は氷に閉ざされそうです。
でもね。雪の下には春の蕾が待機しているんです。
そう、花咲く春を待ってね。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
小さな王子さまのお話
佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』……
**あらすじ**
昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。
珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。
王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。
なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。
「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。
ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…?
『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』――
亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。
全年齢の童話風ファンタジーになります。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる