神社のゆかこさん

秋野 木星

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第一章 ゆかこさんの春夏秋冬

春と夏

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 境内の桜が散り始めた時に、ゆかこさんは地球に降り立ちました。

「まぁ綺麗。ちょっと眺めさせてもらいましょう。」

ゆかこさんは、四角く切ってある石の上に座ってきょろきょろと辺りを見回します。

この場所は小高い山の上にあるらしく、裾野に広がる町並みが一望に出来ます。

桜の花びらが風に乗って町の方に舞い散っていく様子を眺めると、ゆかこさんは「ふーん、いい町ね。皆の声が聞こえてくるわ。」と言いました。

どういう意味なんでしょう。けれどゆかこさんはこの町を気に入ったようです。

「ここにしばらくお邪魔しましょう。」

そう言いながら、ゆかこさんは社殿の中に入って行きました。


次の日の朝、お年寄りが一人手すりにつかまりながら急な階段を登ってきました。時々立ち止まって息を整えています。

「やれやれ。女学生の頃はここをうさぎ跳びでぴょんぴょん登っていたんだけどねぇ。ふぅー、もうひと頑張り。」

お年寄りはそう言って、階段の最後の五段を登り切りました。


よろよろとお社の前までやって来て、手を合わせてお参りをするようです。

「氏神様、いつもお世話になっております。何とか孫の二十歳の誕生日まで生き長らえることができました。ありがとうございました。もう思い残すことはありません。どうかいつでもお迎えに来てください。」

このお年寄りの身体の中には何の願い事も入っていないようです。

感謝の心と子どもや孫たちへの温かい心だけが感じられました。

けれど小さい隙間に「死ぬときに迷惑をかけたくないなぁ。」と言う気持ちと「死ぬときにあんまり痛くなかったらいいなぁ。」と言う気持ちが、ほんのちょっぽり入っていました。


「ええ。わかったわ。貴方みたいな人だったら願いを叶えても大丈夫そうね。」

ゆかこさんはそう言って、むにゃむにゃむにゃと呪文を唱えました。

キラキラと光るピンクの靄がヒョイとお年寄りの頭の上に乗っかりました。


お年寄りはそのことにちっとも気付かずに、すっきりとした顔で帰って行きました。

お年寄りが狛犬の間を通り抜けると、二匹がゆかこさんに向かってパチンとウィンクをしました。

もちろんゆかこさんも二匹に手を振りましたよ。



***



 夏になりました。神社のある山では蝉の大合唱です。ミィーンミィーンミンと町に歌を伝えます。

ゆかこさんは杉の木のてっぺんに登って太陽の光を集めています。

「この町はいい光がたくさんね。」

いったいどういう意味なんでしょう。


「あら、またあの子だわ。今日はお話してみましょうか。」

神社へ続く長い階段を鼻の頭につぶつぶの汗を浮かべてよいしょよいしょと登って来るのは、昨日も来たあの子です。

名前は確かひなちゃんと言っていましたね。

ひなちゃんはお社の前に来ると小さい手を合わせて「こんにちは。ひなちゃんです。よろしくおねがいします。」と挨拶をしたかと思うと、もにゃもにゃもにゃとお祈りをしました。

いったい何を祈っているのでしょう。

「ひなちゃん、何をお願いしたの?」ゆかこさんが聞きました。

「おともだちのこうきくんが、けがをしたの。だからはやくなおるようにおねがいしたんだよ。」

「そう。」


ゆかこさんがひなちゃんの中を見ると、「ごめんねごめんね。」という言葉でいっぱいでした。

一緒に遊んでいる時に怪我をさせてしまったのでしょうか。


挨拶が出来て反省も出来る、こういう子の願いは叶えてあげたいわ。

ゆかこさんはそう思って、むにゃむにゃむにゃと呪文を唱えました。

すると青い風がすぅーと吹いて行って、一軒の家の中に吸い込まれて行きました。


「さ、もうお帰りなさい。今度は仲良く遊ぶのよ。」ゆかこさんがそう言うと、ひなちゃんは「ありがとう!」と言って元気に帰って行きました。

鳥居の下でお辞儀をして、ゆかこさんにバイバイと手を振ってから走って行きます。


「転ばないようにお守りね。」

ゆかこさんが一枚の笹の葉を取ってスイッと投げると、笹の葉はクルクル回ってひなちゃんの後をついて行きました。

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