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第三章 仕事にかけてきた麻巳子の場合

顔合わせ

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 健介さんの実家が名花山なかやまにあるので、うちの大賀おおかとの距離的な間をとって中阪ちゅうさかで両親同士の顔合わせを兼ねた食事会をすることになった。

昔は、家の聞き合わせをして、お仲人さんをたて、日を読み、結納の運びになるのだろうが…。

今は、双方の仕事の都合をメールで確認し、結婚する麻巳子たち本人がお互いの両親のあいだを取り持って、会合の場所を選択し、「いいね」の付いているお勧めメニューを決め、ネットで予約するということになる。

こうやって比べてみると、時代が変わったんだなぁと感慨深い。

母の世代と私たちの世代の結婚観も違うのだろうな。


うちの両親と健介さんと麻巳子の四人で、中阪に向かうために新幹線に乗っている。

いつも忙しい健介さんとはなかなか話し合いの場が持てないので、新幹線の座席をターンさせて即席の会談だ。

「お父さんお母さん、今日はお忙しい所遠くの方まで一緒にご足労いただいてありがとうございます。」

「いや健介さん、そう改まらなくても…私達も健介さんのご両親にお会いできるのを楽しみにしていたんだから。」
「そうそう。お母さまと結婚式で着る物のことについて、直接相談しておきたいしね。」

私達は少し緊張しているが、参加者気分の父と母はゆったりと構えているようだ。


「お父さん、本当に結婚式を2月に挙げてもいいの? おばあちゃんの忌引きが明ける一年後まで待たなくていい?」

「四十九日が過ぎたら大丈夫だよ。だいたい結婚式や葬式の時期っていうのは重なることが多いんだ。細かいことを言ってたらいつまでも結婚できないぞ。」

「そうそう、他の親戚だって大勢いるんだから待ってるうちに次の人が亡くなることもあるのよ。こういうことは、先に決めたほうが勝ちよ。」

母よ…なにが勝ちなんだか。

「うちの両親の方も、大田さんの家が気にされないのであれば、こちらは2月の16日で構わないと言っています。では、その日で正式に予約をしてしまいますね。」

健介さんはその場でアイフォンを取り出して予約を入れた。

…早っ。


「新婚旅行のことなんですけど、お互いの仕事の都合を考えると来年の夏ごろになりそうなんです。」

健介さんは、あんまり新婚旅行にはこだわりが無いので、ハワイにでも行って観光というよりのんびり過ごすかと言っている。

私も旅行は今までにあちこち行ったのでそれでもいいかなと思っている。

「最近は、結婚式のすぐ後に行かない人が多いのねぇ。私達の頃には、式の後に列席者が新婚の二人を駅で見送るというところまでがセットだったけど…。」

「そうそう、僕は首に精力ドリンクのネックレスをかけられて恥ずかしかったよ。駅のホームだから知らない人もたくさん見てたしさぁ。」

うちの両親にも新婚の時があったのね。
今から思うと想像がつかないけれど…。


「それより、健介さんのお兄さんと妹さんは今日いらっしゃるの?」

「それが、兄の方は仕事の都合がつかなくて。妹は食事会の時に、挨拶だけに来させていただくと言っていました。」

「妹さんは、中阪のどの辺りに住んでるの?」

「住まいは北のニュータウンの方なんですが、職場が今日食事をするレストランの近くなんですよ。今日は会社は休みなんですが、土曜日の電話番が当たったそうで、職場に出てきているようです。それで、様子を見て挨拶にだけ出て来ると言っていました。」

「まぁ、お忙しいのに…でもお会いできるんなら嬉しいわ。お兄さんは中阪でコンピューター関係のお仕事をされていると言ってらしたわね。」

「ええ、なんか大きい会社からシステムをリニューアルする注文が急に入ったとかで、休日返上だと言っていました。」

「あらあら、身体を壊さなきゃいいけど。」


こんな打合せやらよもやま話やらをしているうちに、新幹線は中阪に着いた。
電車に乗り換えて繁華街まで出るのだが、健介さんはこちらに何度も来ているので慣れた様子で皆を案内してくれた。

田舎と違って、ここの地下の連絡通路は長い。
右に左に曲がる健介さんを三人で追いかけるが、もう一度一人だけでここを通れと言われても多分同じようには歩けない。
周りを歩いている人はみんな目的地がわかっているようにせかせか歩いている。

私は都会には住めないなと思った。



◇◇◇



 「このビルです。」
 「「うわーっ!」」

健介さんが言うので入ってみたら、思わずお母さんと一緒に声が出た。


見たことのないインテリアだ。
時計の歯車がテーマなのか、シックでモダンなデザインがビル全体に施されている。

ここのレストランにしてよかったかも。


レストランまでエスカレーターで上がる。

「私、後でここに寄りたいわ。」

うちの母親は雑貨が好きなので、早くもビルの中の店を眺めてチェックしている。

「今日は旅行じゃないんだから自重しろよ。」

キョロキョロしている母に父が注意している。

「わかってるわよ。でもそれはそれ、これはこれよ。」

そんなうちの両親の様子を健介さんが楽しそうに眺めていた。


以前、健介さんにどうして私とつき合おうと思ったのか聞いたことがあった。

「それは、家族仲が良いから。」と即答された。

私の魅力よりなによりそれを一番に挙げられて、その時はちょっとがっかりしたのだが、じっくりとその理由を聞いてなるほどなと思った。


南極に行って極限の状況の中、同じ人間同士で毎日顔を突き合わせていると、一緒にいる人間の長所も欠点も見えてくる。
そういう特殊な環境で過ごしていると、自分自身がどんな人間かもわかって来るし、どういう人だと、協力して難しい物事に一緒に立ち向かっていけるのか、ということも判って来るらしい。

「そういう時、本当に必要とされるのは知識とかステータスとかそんな物じゃないんだよ。普段生活してるとお金や地位やどれだけ土地を持ってるとか、学力だとか有名だとか、美人だとか洒落た服を着てるとか、そんなことで人を判断することも多いだろ。だけど南極じゃ、いくら自慢げにそんなことを言っても何の足しにもなりゃしない。周り中、氷や風しかないんだもんな。」

そこで必要とされるのは不屈の精神、創意工夫、そして何より協調性だそうだ。

自分を押さえて人に合すこと。
むき出しの機嫌で人を不快にしないこと。
お互いの良さを認め合って協力し合えること。

そういう事が出来る人というのは、心が強いらしい。


「僕は最初に夏美さんを診た時に、強い人だなと思ったよ。見た目はおちゃらけて面白そうなばぁさまに見えるけど、あの人は身体の中に何か一本芯が通っている強い人だと思った。そして、家族が皆一致団結して介護してただろ。こういう家は最近少ないんだ。自分の都合や権利ばかり主張して、自分が負わなければならない義務をおろそかにしている人が多いんだ。そういう人は弱いんだよ。あれこれ理由をつけて言い訳ばかりしている。こういう人と南極に行ったらあっという間に共倒れだよ。俺は南極に一緒に行くのなら大田家の人たちが一緒の方がいいし、一生一緒に協力して生きていくなら麻巳ちゃんがいいと思ったんだ。」


なんか酷くハードな理由で私を選んでくれたようだけれど、その考えには私も頷けることがあった。

以前、絵美の旦那の文也くんが言っていた「生活をする上での感覚が似ていないと夫婦はやっていけない。」という事だろう。


レストランについて予約席に案内してもらっていると、健介さんのご両親もちょうど店に入ってこられた。

賑やかに双方の両親が挨拶を交わす。

お父様、颯爽としている。
ダンディで健介さんに似ているかもしれない。
観光事業に関する自営業をされているそうなので、挨拶をされている様子が場慣れした感じがする。

お母様は、大人しくて優しそうな人だ。
家のお母さんとは正反対のタイプに見える。
話が合うだろうか…。

家の母親と河合の父親が主に話をして場を進めているようだ。

家はおじいちゃんとお父さんが大人しめで、おばあちゃんとお母さんが強かったので、お父様がイニシアチブをとられている河合家の様子は新鮮に映った。


「こんないい娘さんを健介が見つけてくれて、ありがたい限りです。」

「いえいえ、歳ばっかり食ってて至らぬ娘ですが、どうかよろしくお願いします。何でも言ってやってください。麻巳子、河合のお家に行ったら何でもお母さんに聞くのよ。」

はいはい。
…もうお母さん歳の事は言わないでよ。
30になって気にしてるのに…。

「いや、家の健介も何を考えてるのか、思い立って直ぐに南極に行くような子なもので…。職場のある大賀に家族が出来て、こちらも安心しています。こちらこそどうかよろしくお願いします。」

うーん、健介さんも30歳過ぎてもまだやんちゃ坊主扱いだなこりゃ。


雑談になって、お互いの仕事の話などになるとうちのお父さんもぼちぼち話し始めた。
うちの父親は市役所に勤めているので、産業振興のことや観光事業のことを河合のお父様と話している。

母親同士は式の時に着る着物の事を話している。
河合のお母様は着物を自前で持っていらっしゃるようで、持参されるとのことだ。
うちの母親は「じゃあ私も合わせて着物にします。麻巳子、式場で借りれるように話をつけといて。」とこっちに話を振ってきた。

はいはい、コーディネーターの人に伝えときます。
父親も二人ともモーニングを借りることになった。

健介さんが直ぐにその事をメールすると、衣装合わせの時に親用の貸衣装の詳しい資料を渡すと返信があったそうだ。

健介さんもご両親と直接話せるので、ここぞとばかりに親戚をどうやって大賀に連れて来るかとか、披露宴の席次や主賓のことについて話をしていた。


そんな緊張の中でも和やかさのある賑やかな食事会をしていると、健介さんの妹さんがやって来た。
ここでもまたひとしきり挨拶を交わす。

妹の紗帆さんに「私、挨拶だけで失礼するけど、麻巳子さんちょっと来てくれる?」と言われて、二人でレストランの外に出る。

「私、男兄弟ばかりだったから、お姉さんが欲しかったの。うちの長男はまだ結婚していないから、麻巳子さんが初めてのお姉さんでしょ。宜しくね。」

何を言われるのかと思ったけど、こういう事で良かった。

「お姉さんって言っても同じ歳だし、紗帆さんの方が結婚も先輩だから、私の方が紗帆お姉さまにいろいろ教えて頂かなくては…。こちらこそよろしくお願いします。」

「いやいや一応あんなんでも兄貴だし。お姉さんって呼ばせてもらうね。私の方は紗帆でいいよ。これから結婚式の余興の事なんかでメールしてもいい?」

そんな風にざっくばらんに言われたので、「じゃあ、私も麻巳子でお願いします。」と言ってメール番を交換した。


結局すぐに「麻巳ちゃん」「紗帆りん。」とお互いを呼ぶようになるのだが、これが紗帆りんとの初対面だった。


この後、うちのお母さんが行きたがっていた雑貨屋に河合のお母様も同行すると言い出した。

「そう言えば、健介にしては上出来のプレゼントをくれたと思っていたけど、あれは麻巳子さんが選んでくださったそうね。私が欲しかったものばかりだったわ。」

とお義母様に言って頂けた。

お義母様も雑貨屋さんによく行くそうで、「さすが中阪ね。田舎には無いものがあるわ。」と母親同士で盛り上がっていた。


お互いの家族が仲良くなれそうで良かった。

なんとか無事に一つの行事が終わって、麻巳子はホッと一安心したのだった。
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