夏の日の時の段差

秋野 木星

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問題だー

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 ここは、異世界『ライヴ』。文字通り私の元いた世界とは異なる世界であり、そして私がつい先日まで一年間もいた世界だ。

 私はこの世界に、『勇者』として呼ばれ……魔王を倒すために旅に出て、魔王を倒したことにより、この世界を救った『英雄』として称えられることとなった。

 それは……正直、悪い気はしなかった。私の力で、世界の人達を救ったのだという事実は、普通に生きていたら絶対に味わえないものだ。それに、この世界に少なからず感謝していた部分も、ないわけじゃなかった。

 ……けれど、今はただ、この世界に憎悪しか感じていない。


「ここは……確か、魔王討伐の旅の最中に立ち寄った村だっけ」


 事前に準備していた、顔を隠せるフードを被った私は村へと降り立つ。私の顔は、もはやこの世界を救った『英雄』として知られている。

 別に正体がバレても問題ないが……魔王を討伐したはずの『英雄』がいると、変に噂になっても面倒だ。

 ……今から私は、この世界に、復讐するのだから。


「おや、旅人さんかい?」


 なるべく気配は消していたが、それは一般人には関係がない。気配を消すという技術が通用するのは、気配を読むことができる者に限った話だ。

 私に話しかけてくるのは、この村の女性だろう。なにか荷物を運んでいるようで、両手で木箱を抱えている。

 ここ一年で見慣れたとはいえ、さすが異世界、というべきか。シルエットは人間なのに、その顔は完全に別の生き物だ。人間の体に猫の顔を持つ、いわゆる獣人。その体も毛深いし、尻尾まで生えている。

 彼女は、私に気さくに話しかけてくれる。あぁ、思い出すな……この村の人は、そうなのだ。勇者パーティーのメンバーとかそんなの関係なく、誰に対しても優しい、そんな素敵な人達。

 ……すべてを奪われた私とは対称的に、救われたことで笑っている、なにも知らない人達。


「あの、なにか困り事でも……ぉ……!」


 うつむき、なにも話さない私を不思議に思ったのか、女性が顔を近づけてくる。私はその隙を逃さず、素人には目に見えないほどの手刀で、彼女の喉をかっ切る。

 それにより女性は、声をあげる暇もなくその命を落とす。本来ならば喉から血が吹き出すところを、私は回復魔法により『傷だけ』を回復させる。そう、傷だけだ。痛みそのものは残ったまま。

 私には魔法の適正はなかったはずだ。ただ……召喚魔法と同じく、旅が終わった頃に身に付いていたものだ。これがどういった経緯でどのタイミングで身に付いたのか、知るすべもない。

 それに、覚えていたというこの回復魔法だって、勇者パーティーの仲間だった『魔女』エリシアに遠く及ばないどころか、その辺の魔法術師と比べても出来損ないもいいところだ。

 回復魔法というのは本来、時間差や程度はあれど傷やダメージを互いに治すことができるものだ。だけど、私が使えるのは傷だけを治すもの。

 それは、実戦においてなんの意味も持たない。せいぜい、見映えがよくなるだけだ。

 それが、いきなりこんな形で役に立つなんて思わなかった。


「やっぱりこの世界なら、魔法は使えるのか……」


 同時に私は、魔法を使うことができたという実感に軽く感激していた。これが、魔法を使うという感覚なのか。

 元いた世界では、この回復魔法は使えなかった。おそらく召喚魔法を除いて、あらゆる魔法を使うことはできないのだろう。世界が違うから……ということなのだろう。

 体力や身体能力は、向こうの世界であっても、異世界で鍛え上げられたままのものだったけど。魔法とは関係のない、体自身に関することだからだろうか。

 それに、一度元の世界に戻ったからといって、再度こっちの世界では魔法が使えなくなる、ということでもないらしい。これで、復讐のためにできることの幅が広がった。


「っと」


 声もなく倒れる女性を、そっと支える。彼女自身に恨みはないが、仕方ない。私の復讐対象は、この世界すべて……この世界に住まう人間すべてということでもあるのだから。

 八つ当たりだと言われても、構わない。ただ私は、私がすべてを失ったというのに、私が救った世界の人間がのんきに笑って過ごしているのが……許せない。これをひがみだと言うなら、言えばいい。

 復讐なんて、独りよがりのものだとわかっている。なにも生まないであろうことも。それでも、この気持ちは……止めることは、できない。


「さて……始めようか」


 それに……不思議なことに、女性の命を奪った私は、なにも感じなかった。魔物や魔王じゃない、人の命を、初めて奪ったにも関わらずだ。申し訳なさも、悲しみも。悪いとは思ってる、それだけだ。

 きっとそれは、もう私が、この世界のことも、この世界の人間のことも、なんとも思ってないからだろう。

 動かない肉の塊となった女性(それ)を物陰へと投げ捨て、最後にチラッと見つめる。その表情は、自分が死んだということにさえ気がついていないものであった。

 それを確認し、私は行動を決意する。まずはこの村を手始めに、復讐を開始してやる……!
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