4 / 22
おばあちゃん
しおりを挟む
病院に行くと、山岡君が「ちょっと、トイレ」と言ってトイレに行ったので、由紀恵も行っておくことにした。
用を済ませて個室のドアを開けたら……うちのお母さんが手を洗っていた!
慌ててバタンとドアを閉める。
ひぇーー、危機一髪。なんでこんな時間に病院にいるの?!
外の様子を伺いながらしばらく待っていると、お母さんがトイレを出ていくような足音がした。
そろりとドアを開けると、誰もいなかった。やれやれー
廊下に出る時も顔をうつむきがちにして、下の方からこっそりと周りの様子を伺っていると、山岡君が「どうしたの? 気分でも悪い?」と側に寄って来た。その腕をつかんで、とっさに植木の陰に引っ張り込む。
「うちのお母さんがいたのっ」
小声で叫ぶと、山岡君は周りを見渡したようだった。
「もしかして……お母さんって、黄色のカーディガンを着てる?」
「何で知ってんのよ!」
「遠坂さんが出てくる前にトイレから出て来た人が、今、エレベーターを待ってる」
「おばあちゃんの病室は五階なの。たぶん、お医者さんにでも呼ばれたんじゃないかな。普段なら仕事に行ってる時間帯だもん。なにかあったのかしら? んー、12月22日か……思い出せないなぁ」
「……中一の、終業式の日だよ」
「終業式ねぇ……もしかして、風邪をひいて熱を出した? 一度、冬にそういうことがあったのは覚えてる。でもそれが12月だったのかどうかは忘れた」
「どうする?」
「はぁー、そうだね。待った方が正解かも。お母さんが帰ってから病室に行ったら、鉢合わせする危険がないでしょ? 待ってみるよ。ありがと山岡君、もう帰っていいよ。付き合わせて悪かったね」
「ここまで付き合わせて、それはないだろ。最後まで付き合うよ。おばあさんの名前と病室番号を教えて」
「どうするの?」
「偵察してくる」
山岡君、なかなか頼りになる相棒だ。
彼はスパイのような冷静な顔をして、由紀恵にロビーの隅っこの方にいるように言い渡すと、エレベーターに乗って行ってしまった。
**********
由紀恵が顔を隠すように雑誌を広げて、待合室に座っていたら、エレベーターを降りてきた山岡君が、こっちに歩いて来た。
「お待たせ。今、お母さんは帰ったよ」
雑誌の影から玄関の方を覗くと、駐車場に歩いて行く黄色いカーディガンがちらりと見えた。
「ありがとー、助かったよ。で、何しに来てたのかわかった?」
「お医者さんとの話の内容まではわからなかったけど、病室は面会謝絶になってた。さっきの予想が当たってたんじゃない?」
「面会謝絶か…… じゃあ寝てるとこでいいから、顔だけ見て帰ろうかな」
「そうだね、意識のない時の方が混乱させないかも」
「なんで?」
「……君、わかってる? ここにいる遠坂さんは、髪の短い元気な遠坂さんでしょ」
「そっか」
この後、二人でこそこそとナースステーションの前を通って、おばあちゃんの病室に滑り込んだ。
薄暗い病室の中に入ると、はぁはぁという苦し気な荒い息が聞こえてきた。
「おばあちゃん……生きてる」
「ん……誰? 由紀恵かい?」
え、起きてた?!
「……そうだよ。面会謝絶だから側に行けないけど、お見舞いに来たよ」
「そうなのー、はぁ、はぁ……ありがとう。ばあちゃんは……こりゃあ、年貢の納め時みたい、だ、よ。由紀恵が大きくなって、成人式をする時や、結婚式を挙げるのを、見たかったんだけどねー……はぁ、はぁ」
「そんなこと、言わないでよぅ。頑張って、生きててよぅ」
「んー、由紀恵がそう言うんなら……もうひと頑張りしてみるよ。早いとこ結婚してよ」
「ふふっ……ん、私も頑張る」
「ははっ……ごほ、ごほっ。ガッ、ゴホッ……んんっ、んーんーーー」
息が、詰まってる?!
「おばあちゃん?!」
「ナースコールをしたほうがいい!」
「わかった!」
山岡君に言われて、おばあちゃんのベッドの枕元にあったスイッチを押しに行った。
看護士さんが二人、慌ててやって来た。
「吸引!」
「すみません、処置をするので出てください」
「はっはい。お願いします」
大丈夫だろうか。
山岡君と二人で病室の外に出たのだが、何かしてあげたいのに、どうしていいのかわからない。
「なあ、心配なのはわかるけど、俺たちは帰った方がいいと思う。君が知ってるおばあちゃんは、まだ……そのう、死なないんだろ?」
「……ん」
「ここで、君が孫だってバレたらヤバいんじゃないか?」
「そっか、そうだね」
重い足を引きずって長い廊下をとぼとぼと歩いて行き、なんとかエレベーターに乗り込んだ。
「おばあちゃーん。ふぇ~ん……」
由紀恵がグスグスと泣きだしたので、山岡君が遠慮がちに背中を叩いてくれた。
そのぎこちない手が、たまらなく優しい。
「ご、ご、め……ん、ヒック、わかって、たのに……」
「ん」
病院を出て、自転車を押して歩いているときも、山岡君は黙って側にいてくれた。
わかってた?
私がこうなるとわかってて……残ってくれたんだ。
用を済ませて個室のドアを開けたら……うちのお母さんが手を洗っていた!
慌ててバタンとドアを閉める。
ひぇーー、危機一髪。なんでこんな時間に病院にいるの?!
外の様子を伺いながらしばらく待っていると、お母さんがトイレを出ていくような足音がした。
そろりとドアを開けると、誰もいなかった。やれやれー
廊下に出る時も顔をうつむきがちにして、下の方からこっそりと周りの様子を伺っていると、山岡君が「どうしたの? 気分でも悪い?」と側に寄って来た。その腕をつかんで、とっさに植木の陰に引っ張り込む。
「うちのお母さんがいたのっ」
小声で叫ぶと、山岡君は周りを見渡したようだった。
「もしかして……お母さんって、黄色のカーディガンを着てる?」
「何で知ってんのよ!」
「遠坂さんが出てくる前にトイレから出て来た人が、今、エレベーターを待ってる」
「おばあちゃんの病室は五階なの。たぶん、お医者さんにでも呼ばれたんじゃないかな。普段なら仕事に行ってる時間帯だもん。なにかあったのかしら? んー、12月22日か……思い出せないなぁ」
「……中一の、終業式の日だよ」
「終業式ねぇ……もしかして、風邪をひいて熱を出した? 一度、冬にそういうことがあったのは覚えてる。でもそれが12月だったのかどうかは忘れた」
「どうする?」
「はぁー、そうだね。待った方が正解かも。お母さんが帰ってから病室に行ったら、鉢合わせする危険がないでしょ? 待ってみるよ。ありがと山岡君、もう帰っていいよ。付き合わせて悪かったね」
「ここまで付き合わせて、それはないだろ。最後まで付き合うよ。おばあさんの名前と病室番号を教えて」
「どうするの?」
「偵察してくる」
山岡君、なかなか頼りになる相棒だ。
彼はスパイのような冷静な顔をして、由紀恵にロビーの隅っこの方にいるように言い渡すと、エレベーターに乗って行ってしまった。
**********
由紀恵が顔を隠すように雑誌を広げて、待合室に座っていたら、エレベーターを降りてきた山岡君が、こっちに歩いて来た。
「お待たせ。今、お母さんは帰ったよ」
雑誌の影から玄関の方を覗くと、駐車場に歩いて行く黄色いカーディガンがちらりと見えた。
「ありがとー、助かったよ。で、何しに来てたのかわかった?」
「お医者さんとの話の内容まではわからなかったけど、病室は面会謝絶になってた。さっきの予想が当たってたんじゃない?」
「面会謝絶か…… じゃあ寝てるとこでいいから、顔だけ見て帰ろうかな」
「そうだね、意識のない時の方が混乱させないかも」
「なんで?」
「……君、わかってる? ここにいる遠坂さんは、髪の短い元気な遠坂さんでしょ」
「そっか」
この後、二人でこそこそとナースステーションの前を通って、おばあちゃんの病室に滑り込んだ。
薄暗い病室の中に入ると、はぁはぁという苦し気な荒い息が聞こえてきた。
「おばあちゃん……生きてる」
「ん……誰? 由紀恵かい?」
え、起きてた?!
「……そうだよ。面会謝絶だから側に行けないけど、お見舞いに来たよ」
「そうなのー、はぁ、はぁ……ありがとう。ばあちゃんは……こりゃあ、年貢の納め時みたい、だ、よ。由紀恵が大きくなって、成人式をする時や、結婚式を挙げるのを、見たかったんだけどねー……はぁ、はぁ」
「そんなこと、言わないでよぅ。頑張って、生きててよぅ」
「んー、由紀恵がそう言うんなら……もうひと頑張りしてみるよ。早いとこ結婚してよ」
「ふふっ……ん、私も頑張る」
「ははっ……ごほ、ごほっ。ガッ、ゴホッ……んんっ、んーんーーー」
息が、詰まってる?!
「おばあちゃん?!」
「ナースコールをしたほうがいい!」
「わかった!」
山岡君に言われて、おばあちゃんのベッドの枕元にあったスイッチを押しに行った。
看護士さんが二人、慌ててやって来た。
「吸引!」
「すみません、処置をするので出てください」
「はっはい。お願いします」
大丈夫だろうか。
山岡君と二人で病室の外に出たのだが、何かしてあげたいのに、どうしていいのかわからない。
「なあ、心配なのはわかるけど、俺たちは帰った方がいいと思う。君が知ってるおばあちゃんは、まだ……そのう、死なないんだろ?」
「……ん」
「ここで、君が孫だってバレたらヤバいんじゃないか?」
「そっか、そうだね」
重い足を引きずって長い廊下をとぼとぼと歩いて行き、なんとかエレベーターに乗り込んだ。
「おばあちゃーん。ふぇ~ん……」
由紀恵がグスグスと泣きだしたので、山岡君が遠慮がちに背中を叩いてくれた。
そのぎこちない手が、たまらなく優しい。
「ご、ご、め……ん、ヒック、わかって、たのに……」
「ん」
病院を出て、自転車を押して歩いているときも、山岡君は黙って側にいてくれた。
わかってた?
私がこうなるとわかってて……残ってくれたんだ。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
神様のボートの上で
shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください”
(紹介文)
男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!
(あらすじ)
ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう
ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく
進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”
クラス委員長の”山口未明”
クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”
自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。
そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた
”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?”
”だとすればその目的とは一体何なのか?”
多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった
この心が死ぬ前にあの海で君と
東 里胡
ライト文芸
旧題:感情ミュート
第6回ライト文芸大賞 青春賞をいただきました。応援下さった皆様、ありがとうございます。
北海道函館市に住む、成瀬 理都(なるせ りつ)高2の春。
いつの頃からか自分の感情を表に出せなくなってしまったリツ。
人当たりはいいが何を考えているのかよくわからない子と家族をはじめ、周りにはそう思われている。
抱えた問題の重さと孤独に耐え切れなくなったある日、リツが出逢ったのは
倉田 朝陽(くらた あさひ)という東京から引っ越ししてきた同い年の男の子。
リツの抑えてきた想いに気づき、踏み入ってくることに戸惑い最初は拒絶するも、
たった一人だけ自分の本当の感情に気づいてくれた朝陽と友達になる。
朝陽は同い年で従弟の牧野 奏太(まきの かなた)の家に居候。
奏太の幼馴染でありリツの親友、水谷 星(みずたに あかり)も加わり、
家族の確執、友情と恋が複雑に絡み合う中で朝陽自身も悩みを抱えていることをリツは知る。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
いのちうるはて、あかいすなはま。
緑茶
ライト文芸
近い未来、「いのち」は、売りに出されるようになっていた。それも、正式な政府のシステムとして。
市役所に勤務する「僕」は、日々その手続きに追われている。
病に伏している恋人。繰り返される「命の値段」についての問い。ふたつに板挟みになった「僕」は
苦悩し、精神をすり減らしていく。
彷徨の果て、「僕」が辿り着いたこたえとは――。
神社のゆかこさん
秋野 木星
児童書・童話
どこからともなくやって来たゆかこさんは、ある町の神社に住むことにしました。
これはゆかこさんと町の人たちの四季を見つめたお話です。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ この作品は小説家になろうからの転記です。
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
アオハル・リープ
おもち
青春
ーーこれはやり直しの物語。
とある女子高生のミカは他人の心の後悔が“杭”として見えていた。
杭は大なり小なり、その人の後悔に応じてある。後悔が消えると同時に杭は跡形もなく失われる。
そんなミカはクラスメイトの心の中にとてつもない異様な形の杭を見てしまった。
気になっていると、その杭はどんどん大きくなり、やがてクラスメイトの心を蝕む。
それが耐えられなくて、見ていられなくて、ミカがクラスメイトの手を取ると、何故かその杭を初めて見た日に戻ってしまった。
タイムリープした意味はわからない。けれど、未来を知っているからこそ今度は救えるとミカは思った。
ミカは自分に与えられたその力で、友達の悔いを取り除き未来を明るくする。
この日々が、暗いものではなく。
尊く、輝かしいものになるように。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる