1 / 10
本編
花嫁に選ばれました
しおりを挟む
ガッチイィィィィィン!!
何か硬いものがぶつかるような音と同時に額がジンジンと痛む。
(人外にも頭突きってできるんだ……)
なんだか妙な達成感を感じた瞬間、そこで世界は暗転した。
* * * * * *
「おめでとうございます巫女アリシア。貴女は三日後の晩に神の花嫁となることが決まりました」
何がおめでとうございます。だ。
何が神の花嫁だ。
そんなもの、ただの生贄ではないか。
そう目の前にいる老人を罵ろうとしたのに喉が引き攣って上手く声が出てこない。
紫の瞳を怒りに染め上げ唇を震わせるアリシアの両腕を無表情な神官たちが拘束する。
縛めを解こうともがきながらも射殺さんばかりに睨みつけてくる少女の姿を、老人……この国の大神官は慈愛に満ちたまなざしで見つめていた──。
*
「っだあぁぁぁぁっもう!! なんで、なんでなの私! 声が出ないのならせめて履いてた靴飛ばしてあのハゲジジイ(※大神官)の頭にぶつけてやれば良かったのにっっ!」
そう叫びながら粗末なベッドを殴りつける少女は、三日間幽閉されていたとは思えぬ程に生命力に溢れていた。
少女の名前はアリシア・メルギス。
月を神の象徴として信仰するこの国の巫女だ。
青い月の夜が七晩続いた時に神の花嫁は選ばれる。
それは古から伝わる神の言葉。
そして神はこう続ける。
もしも花嫁を捧げなければこの国は滅びるだろう。
花嫁などと言葉を飾っているが要は生贄だ。七晩目の青の月夜に神殿で毒を飲まされるのだ。
本来は七晩目の青の月夜に神殿で花嫁が祈りを捧げると神のもとへ呼ばれその姿は忽然と消え国に繁栄と平和が約束される。と言うのが正式な言い伝えらしい。
祈りが届かず神のもとへ召されなかった場合は自ら毒をあおり魂を肉体から解き放つ。
しかし6才の時に両親を事故で亡くし孤児として神殿に身を寄せただけのアリシアは他の巫女たちと違って神の存在など信じていなかった。
(神様が本当にいるのなら父さんも母さんも事故でなんか死ななかった。それにそんなの、例え神のもとに呼ばれたって、突然消えて二度と戻って来ないなんて死んじゃうのと同じようなものじゃない……)
大国ユーンブルグ。この国は青い月夜が続くたびに少女を犠牲にしてきた。
(お守り、人気有ったのになぁ……)
毎晩月に祈りを捧げ、けが人の治療と神殿の清掃をする。それが巫女に課せられた責務だったが生涯を巫女として終える気などさらさらないアリシアは18になったら神殿を飛び出すためにあの手この手で小銭を稼ぎ貯めこんでいた。最近もっとも稼ぎが良かったのが神殿に懺悔に訪れる人にこっそり販売していたアリシアお手製のお守りだ。
信仰心を持つ者はみなが平等。そう説きながらも優遇されるのは例え神殿においても王族や貴族で。町の人々が救いを求めて苦悩や後悔を口にしても、神官たちはもっと神殿に寄付をして月に祈りを捧げなさいと言うだけだった。
きっかけはそんな神官の態度に不満げだったパン屋のおかみさんの夫への愚痴を清掃中のアリシアが親身に聞いたことだった。「あの娘と話すと心が軽くなるのよ!」そうおかみさんが宣伝し神官にではなくアリシアに話を聞いて貰うことを目的に神殿へ訪れる人が増えた。
治療と清掃以外の仕事をしているのが神官に見つかると説教をされたので十分に話を聞けなかった時はお詫びにと手作りのお守りを渡した。信仰心などちっとも持ち合わせていないアリシアの作ったものでも「こんな美人の巫女様の手作りなんてきっと御利益が有るね」と人々は喜んでくれた。
そうして今度はお守りを目的にアリシアのところへ訪れる人が増えてそれが商売になった。お守りを手にした人の笑顔を見るのが好きだった。
それなのに何故成人として認められる18才まで後2年という時に20年ぶりの青い月が現れるのか。
そして何故自分が花嫁に選ばれるのか。
(まぁそれは年頃の巫女の中で孤児なのが私だけだからだろうけど。信仰が足りないってよく怒られてたし……)
ベッドを殴るのに疲れたアリシアは自分に着せられた青いドレスを見下ろした。
神のための花嫁衣装。腰まである銀髪も顔周りを残し複雑に結いあげられている。
こんなうなじを露わにする髪型も肩を出したデザインのドレスも巫女になってから初めてだ。ずっと堅苦しい巫女の格好しかさせて貰えなかった。
後ろに長く伸びた裾もこんな時でなければお姫様のようだと嬉しかっただろう。
今日はアリシアが花嫁に選ばれてから三日目の晩。
この部屋に閉じ込められたのが四晩目の青の月夜だったからつまりは今夜が七晩目の青の月夜だ。
(でも私は絶対諦めないわ。なんとか隙をついて逃げ出してやる……)
閉じ込められた最初の晩はただ茫然と格子越しに青い月を見上げた。もしかしたら元の白い月に戻るかもしれない。そうしたらごめんごめん神の花嫁は間違いでしたなんて言って扉が開かれるかもしれない。そうしたら扉を開けた神官の胸ぐらを掴んで慰謝料請求して大金持ってこの神殿からおさらばできるかもしれない。
しかしアリシアの願い(現実逃避)も空しく月は青いままだった。
次の日はなんとか物理的にどこか破壊して外に出られないかと暴れまわってみたが鉄の扉も石の壁もビクともせずに寝不足と貧血で目眩がした。
だからアリシアは決意した。
こりゃぁ落ち込んでる場合じゃないぞ出された食事はモリモリ食べて、なんならおかわりもして眠れるだけ眠って体力つけないとな。脱走はなんてたって体力勝負だからね。
え? なに? おかわり3回目は食べすぎだって? こちとら神の花嫁なんて未知の職業に無理やり転職させられるんだよお前にこの不安わかるかあぁん? 良いからおかわり持ってこいお前らの大事な神様の嫁だぞ私あーデザートに甘いもの食べたいな!
半ばやけくそ気味に神官たちをこき使ったせいでなんだか最後の方はこの部屋に来る神官が涙目だったような気もするが、おかげで幽閉されていたわりには髪はツヤツヤ肌はプリプリ瞳はキラキラだ。
花嫁になるための湯あみの時も普段は使わせて貰えない薔薇水を使ったからふんわりいい匂いまでする。
ちなみに湯あみの時にも脱走を考えたが湯殿の外にびっちり神官たちが立っていたから諦めた。恥をしのんで素っ裸で飛び出してもすぐに捕まって体力の無駄だと思ったからだ。
だが深夜に行われる神との婚礼の儀に参加するのは高位の神官だけだから今よりも逃げる隙が有るはずだ。
「こう、やっぱ狙うなら急所かな……」
ぶつぶつと呟きながら拳を握り締めるアリシアへついに運命の声がかけられた。
「花嫁アリシア。婚礼の儀を始めます」
何か硬いものがぶつかるような音と同時に額がジンジンと痛む。
(人外にも頭突きってできるんだ……)
なんだか妙な達成感を感じた瞬間、そこで世界は暗転した。
* * * * * *
「おめでとうございます巫女アリシア。貴女は三日後の晩に神の花嫁となることが決まりました」
何がおめでとうございます。だ。
何が神の花嫁だ。
そんなもの、ただの生贄ではないか。
そう目の前にいる老人を罵ろうとしたのに喉が引き攣って上手く声が出てこない。
紫の瞳を怒りに染め上げ唇を震わせるアリシアの両腕を無表情な神官たちが拘束する。
縛めを解こうともがきながらも射殺さんばかりに睨みつけてくる少女の姿を、老人……この国の大神官は慈愛に満ちたまなざしで見つめていた──。
*
「っだあぁぁぁぁっもう!! なんで、なんでなの私! 声が出ないのならせめて履いてた靴飛ばしてあのハゲジジイ(※大神官)の頭にぶつけてやれば良かったのにっっ!」
そう叫びながら粗末なベッドを殴りつける少女は、三日間幽閉されていたとは思えぬ程に生命力に溢れていた。
少女の名前はアリシア・メルギス。
月を神の象徴として信仰するこの国の巫女だ。
青い月の夜が七晩続いた時に神の花嫁は選ばれる。
それは古から伝わる神の言葉。
そして神はこう続ける。
もしも花嫁を捧げなければこの国は滅びるだろう。
花嫁などと言葉を飾っているが要は生贄だ。七晩目の青の月夜に神殿で毒を飲まされるのだ。
本来は七晩目の青の月夜に神殿で花嫁が祈りを捧げると神のもとへ呼ばれその姿は忽然と消え国に繁栄と平和が約束される。と言うのが正式な言い伝えらしい。
祈りが届かず神のもとへ召されなかった場合は自ら毒をあおり魂を肉体から解き放つ。
しかし6才の時に両親を事故で亡くし孤児として神殿に身を寄せただけのアリシアは他の巫女たちと違って神の存在など信じていなかった。
(神様が本当にいるのなら父さんも母さんも事故でなんか死ななかった。それにそんなの、例え神のもとに呼ばれたって、突然消えて二度と戻って来ないなんて死んじゃうのと同じようなものじゃない……)
大国ユーンブルグ。この国は青い月夜が続くたびに少女を犠牲にしてきた。
(お守り、人気有ったのになぁ……)
毎晩月に祈りを捧げ、けが人の治療と神殿の清掃をする。それが巫女に課せられた責務だったが生涯を巫女として終える気などさらさらないアリシアは18になったら神殿を飛び出すためにあの手この手で小銭を稼ぎ貯めこんでいた。最近もっとも稼ぎが良かったのが神殿に懺悔に訪れる人にこっそり販売していたアリシアお手製のお守りだ。
信仰心を持つ者はみなが平等。そう説きながらも優遇されるのは例え神殿においても王族や貴族で。町の人々が救いを求めて苦悩や後悔を口にしても、神官たちはもっと神殿に寄付をして月に祈りを捧げなさいと言うだけだった。
きっかけはそんな神官の態度に不満げだったパン屋のおかみさんの夫への愚痴を清掃中のアリシアが親身に聞いたことだった。「あの娘と話すと心が軽くなるのよ!」そうおかみさんが宣伝し神官にではなくアリシアに話を聞いて貰うことを目的に神殿へ訪れる人が増えた。
治療と清掃以外の仕事をしているのが神官に見つかると説教をされたので十分に話を聞けなかった時はお詫びにと手作りのお守りを渡した。信仰心などちっとも持ち合わせていないアリシアの作ったものでも「こんな美人の巫女様の手作りなんてきっと御利益が有るね」と人々は喜んでくれた。
そうして今度はお守りを目的にアリシアのところへ訪れる人が増えてそれが商売になった。お守りを手にした人の笑顔を見るのが好きだった。
それなのに何故成人として認められる18才まで後2年という時に20年ぶりの青い月が現れるのか。
そして何故自分が花嫁に選ばれるのか。
(まぁそれは年頃の巫女の中で孤児なのが私だけだからだろうけど。信仰が足りないってよく怒られてたし……)
ベッドを殴るのに疲れたアリシアは自分に着せられた青いドレスを見下ろした。
神のための花嫁衣装。腰まである銀髪も顔周りを残し複雑に結いあげられている。
こんなうなじを露わにする髪型も肩を出したデザインのドレスも巫女になってから初めてだ。ずっと堅苦しい巫女の格好しかさせて貰えなかった。
後ろに長く伸びた裾もこんな時でなければお姫様のようだと嬉しかっただろう。
今日はアリシアが花嫁に選ばれてから三日目の晩。
この部屋に閉じ込められたのが四晩目の青の月夜だったからつまりは今夜が七晩目の青の月夜だ。
(でも私は絶対諦めないわ。なんとか隙をついて逃げ出してやる……)
閉じ込められた最初の晩はただ茫然と格子越しに青い月を見上げた。もしかしたら元の白い月に戻るかもしれない。そうしたらごめんごめん神の花嫁は間違いでしたなんて言って扉が開かれるかもしれない。そうしたら扉を開けた神官の胸ぐらを掴んで慰謝料請求して大金持ってこの神殿からおさらばできるかもしれない。
しかしアリシアの願い(現実逃避)も空しく月は青いままだった。
次の日はなんとか物理的にどこか破壊して外に出られないかと暴れまわってみたが鉄の扉も石の壁もビクともせずに寝不足と貧血で目眩がした。
だからアリシアは決意した。
こりゃぁ落ち込んでる場合じゃないぞ出された食事はモリモリ食べて、なんならおかわりもして眠れるだけ眠って体力つけないとな。脱走はなんてたって体力勝負だからね。
え? なに? おかわり3回目は食べすぎだって? こちとら神の花嫁なんて未知の職業に無理やり転職させられるんだよお前にこの不安わかるかあぁん? 良いからおかわり持ってこいお前らの大事な神様の嫁だぞ私あーデザートに甘いもの食べたいな!
半ばやけくそ気味に神官たちをこき使ったせいでなんだか最後の方はこの部屋に来る神官が涙目だったような気もするが、おかげで幽閉されていたわりには髪はツヤツヤ肌はプリプリ瞳はキラキラだ。
花嫁になるための湯あみの時も普段は使わせて貰えない薔薇水を使ったからふんわりいい匂いまでする。
ちなみに湯あみの時にも脱走を考えたが湯殿の外にびっちり神官たちが立っていたから諦めた。恥をしのんで素っ裸で飛び出してもすぐに捕まって体力の無駄だと思ったからだ。
だが深夜に行われる神との婚礼の儀に参加するのは高位の神官だけだから今よりも逃げる隙が有るはずだ。
「こう、やっぱ狙うなら急所かな……」
ぶつぶつと呟きながら拳を握り締めるアリシアへついに運命の声がかけられた。
「花嫁アリシア。婚礼の儀を始めます」
0
お気に入りに追加
380
あなたにおすすめの小説
【R18】帰るための材料に××ください!
茅野ガク
恋愛
ある日突然異世界トリップした薬剤師のハルカ。
彼女は日本での調剤の知識を活かして宮廷錬金術師の地位を手に入れる。
恵まれた生活。しかし彼女にはどうしても日本に帰りたい理由があった。
そして遂に見つけた日本へ帰るためのアイテムの作成方法。
そのアイテムの材料は──高貴な人物の体液!
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
☆表紙はまるぶち銀河さん(Twitter→ @maru_galaxy )に描いて頂きました!
【R18】制裁!淫紋!?~嵌められた とりまき令嬢、助けを求めたのは隠し攻略対象(※王弟)でした~
茅野ガク
恋愛
悪役令嬢のとりまきに転生したけどこっそりヒロインを助けていたら、それがバレて制裁のために淫紋を刻まれてしまった伯爵令嬢エレナ。
逃げ出した先で出会ったのは隠しキャラの王弟で――?!
☆他サイトにも投稿しています
【R18】乙女ゲーム転生! ◆前世で同性(男同士)だった親友に囲い込まれたヒロインな私◆
茅野ガク
恋愛
乙女ゲームの主人公に転生したヒロインが、前世で同性の親友だったヒーローに食べられる話。
※ヒロインの前世が男(現世での意識はほぼ女の子)です
※ヒーローは前世(男同士の時)からヒロインに執着してました
※Rシーンでヒーローがヒロインのお尻を叩く描写があります
他サイトにも投稿しています。
【R18】白と黒の執着 ~モブの予定が3人で!?~
茅野ガク
恋愛
コメディ向きの性格なのにシリアス&ダークな18禁乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私。
死亡エンドを回避するためにアレコレしてたら何故か王子2人から溺愛されるはめに──?!
☆表紙は来栖マコさん(Twitter→ @mako_Kurusu )に描いていただきました!
ムーンライトノベルズにも投稿しています
黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました
Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。
そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて――
イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)
【R18】ちっぱい発育大作戦
茅野ガク
恋愛
「おっぱい大きくしたいから合コンしたい」
そう幼なじみに相談したら何故かマッサージされることになった話。
表紙と挿し絵はかのさん(Twitter→@kano_ran_yon )に描いていただきました!
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる