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そう叫び、アロイスの絶望に染まった青い瞳が自分の方を向いたことを確認する。
そして――――。
「どっせええぇぇぇいっっっ!!」
思い切りバケツを振りかぶり、ルクレティアはその中身を頭上から浴びた。
ザバァ! という音と共に、汚水が彼女の髪と制服を勢いよく濡らす。
丁寧に巻かれた手入れの行き届いた黄金の髪も、素材にこだわり一般生徒とは違う特別な店で仕立てさせた白の制服も。
灰色に濁った水で染められていく。
ルクレティアの行動に、彼女のとりまきたちだけでなく、他の生徒たちからも悲鳴や動揺の声が上がった。
だがルクティアはそんな声にも揺るがず堂々と胸を張る。
「――殿下! この水は、学園の玄関ホールを拭きに拭きまくった雑巾をゆすいだ水で、それはそれは汚いんですのよ!」
高笑いをするルクレティアの動きに合わせて、それはそれは汚いという水の雫がポタポタと前髪から垂れる。
その笑顔はとても晴れ晴れとしていて、びしょ濡れの姿とのギャップが激しい。
この女は何を考えているのか。
アロイスは混乱し、まるで珍獣を見る目でルクレティアを凝視した。
「そして殿下! わたくしは、つい先日この学園に13歳で入学するまで、公爵家で蝶よ花よと両親から甘やかしに甘やかされまくって育てられた正真正銘の超箱入り娘の公爵令嬢ですわ! 殿下も王太子としてそれはそれは特別な環境でお育ちになったことは存じておりますが、騎士としての訓練も受けてお育ちになった殿下と深窓の令嬢であったわたくしとでは、圧倒的にわたくしの方が肉体面では虚弱でしょう!」
そのルクレティアの生い立ちと肉体が、先ほど自ら汚水を被った突拍子もない行動にどう関係あるのか。
まさかルクレティア=マディーノ公爵令嬢は気でも触れてしまったのだろうか。
ルクレティアに名指しで呼ばれたアロイスも、彼を護衛するために控えていた少年騎士も、ルクレティアのとりまき達も、たまたま居合わせた大勢の生徒も。誰もが身じろぎすらできず、固唾を呑んでルクレティアの言動を見守る。
昼休みの喧騒に包まれていた学園の中庭が、シン……と静まり返った。
「ですから殿下! このわたくしがこのまま風邪などをひかなかれば、少しの不潔さならば人体に大した影響はないという証になるはずです! 何故ならわたくしは、とってもとってもか弱い公爵令嬢ですからね! そのわたくしを倒せない汚れなど、殿下の敵ではないということです。わたくし、殿下を不潔恐怖症から解放するため、この身をもって証明してみせますわー!」
髪からも顎からも。制服のスカートの裾からも水滴を垂らしながら。
ルクレティアは胸を張り左手を腰にあて、右手の指を突き立てビシィッとポーズを決める。
指を突き立てると言っても、誰かを指差すことは失礼だしアロイス相手では不敬になるので、指の向きは誰もいない上に向けている。
数年前からある症状……不潔恐怖症に悩まされていたアロイス。
彼は先ほど、昼休みが始まった直後に消毒をしていないベンチに素手をついてしまい、パニックを起こしかけていた。
――そう、そのパニックからアロイスの気を逸らすためにルクレティアが選んだ行動が、自ら汚水を被ることだったのだ。
多少の汚れなら怯えることはないと、自分の行動を通して彼にそうわかってほしかった。
ルクレティアの突飛な言動は自分を気遣ってのことだった。それに気がついたアロイスはサファイアブルーの瞳を極限まで見開き、そして大きな声で笑い始める。
その朗らかな笑い声を聞きながら、ルクレティアはホッと胸を撫で下ろした。
良かった。ヒロインの登場を待たなくても、メインヒーローを救うことができそうだ、と――――。
* * *
そして――――。
「どっせええぇぇぇいっっっ!!」
思い切りバケツを振りかぶり、ルクレティアはその中身を頭上から浴びた。
ザバァ! という音と共に、汚水が彼女の髪と制服を勢いよく濡らす。
丁寧に巻かれた手入れの行き届いた黄金の髪も、素材にこだわり一般生徒とは違う特別な店で仕立てさせた白の制服も。
灰色に濁った水で染められていく。
ルクレティアの行動に、彼女のとりまきたちだけでなく、他の生徒たちからも悲鳴や動揺の声が上がった。
だがルクティアはそんな声にも揺るがず堂々と胸を張る。
「――殿下! この水は、学園の玄関ホールを拭きに拭きまくった雑巾をゆすいだ水で、それはそれは汚いんですのよ!」
高笑いをするルクレティアの動きに合わせて、それはそれは汚いという水の雫がポタポタと前髪から垂れる。
その笑顔はとても晴れ晴れとしていて、びしょ濡れの姿とのギャップが激しい。
この女は何を考えているのか。
アロイスは混乱し、まるで珍獣を見る目でルクレティアを凝視した。
「そして殿下! わたくしは、つい先日この学園に13歳で入学するまで、公爵家で蝶よ花よと両親から甘やかしに甘やかされまくって育てられた正真正銘の超箱入り娘の公爵令嬢ですわ! 殿下も王太子としてそれはそれは特別な環境でお育ちになったことは存じておりますが、騎士としての訓練も受けてお育ちになった殿下と深窓の令嬢であったわたくしとでは、圧倒的にわたくしの方が肉体面では虚弱でしょう!」
そのルクレティアの生い立ちと肉体が、先ほど自ら汚水を被った突拍子もない行動にどう関係あるのか。
まさかルクレティア=マディーノ公爵令嬢は気でも触れてしまったのだろうか。
ルクレティアに名指しで呼ばれたアロイスも、彼を護衛するために控えていた少年騎士も、ルクレティアのとりまき達も、たまたま居合わせた大勢の生徒も。誰もが身じろぎすらできず、固唾を呑んでルクレティアの言動を見守る。
昼休みの喧騒に包まれていた学園の中庭が、シン……と静まり返った。
「ですから殿下! このわたくしがこのまま風邪などをひかなかれば、少しの不潔さならば人体に大した影響はないという証になるはずです! 何故ならわたくしは、とってもとってもか弱い公爵令嬢ですからね! そのわたくしを倒せない汚れなど、殿下の敵ではないということです。わたくし、殿下を不潔恐怖症から解放するため、この身をもって証明してみせますわー!」
髪からも顎からも。制服のスカートの裾からも水滴を垂らしながら。
ルクレティアは胸を張り左手を腰にあて、右手の指を突き立てビシィッとポーズを決める。
指を突き立てると言っても、誰かを指差すことは失礼だしアロイス相手では不敬になるので、指の向きは誰もいない上に向けている。
数年前からある症状……不潔恐怖症に悩まされていたアロイス。
彼は先ほど、昼休みが始まった直後に消毒をしていないベンチに素手をついてしまい、パニックを起こしかけていた。
――そう、そのパニックからアロイスの気を逸らすためにルクレティアが選んだ行動が、自ら汚水を被ることだったのだ。
多少の汚れなら怯えることはないと、自分の行動を通して彼にそうわかってほしかった。
ルクレティアの突飛な言動は自分を気遣ってのことだった。それに気がついたアロイスはサファイアブルーの瞳を極限まで見開き、そして大きな声で笑い始める。
その朗らかな笑い声を聞きながら、ルクレティアはホッと胸を撫で下ろした。
良かった。ヒロインの登場を待たなくても、メインヒーローを救うことができそうだ、と――――。
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