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「――――で、俺を買ったのにまだなにも命令しないんですかオジョーサマ」

 オークションから数日。
 パウゼヴァングの屋敷にライアスを連れて帰ったハイデマリーは、彼のことを執事見習いとして側に置いていた。
 しかし、まずは闇の組織で充分に取れていなかった栄養状態を改善するのが重要だと考え、特にライアスに仕事を与えていない。

「今はあなたがパウゼヴァング家に馴染んでくれるのが一番の目標だから、命令したいことは何もないわ」
「何もない?」

 ハイデマリーの返答に、ライアスのピクリと形の良い眉が痙攣する。

「自分で言うのもなんだけど、俺けっこう何でもできるんすよ。なのに、この俺に命じたいことが何もない?」

 ライアスの言うとおり、うみチカでの彼は万能だった。おかげで学園の生徒たちはどれほど苦しめられたことか。

(でもだからこそすごい存在感のあるキャラクターで、王太子メインヒーローのレイモンドも人気だったけれど、ライアスには特に熱心なファンが多かった印象よね)

 ゲームのハイデマリーは王太子に執心していたが、前世を思い出した今の自分にとってはライアスのほうが魅力的な気がする。

 すらりとした長身に作りものめいた完璧な美貌で優秀。
 そんなライアスは隠し攻略対象にも関わらず、常に人気投票ブッチ切りナンバーワンキャラクターだった。

 しかしライアスが有能だからこそ、ハイデマリーにその能力を利用されてしまうのだ。

 学園の女王として君臨し、思うがままに振る舞っていたハイデマリー。
 学園最高学年に進級し、あとはレイモンドの婚約者として選ばれるのを待つだけの日々。

 けれど、そのハイデマリーの思い描く未来を脅かす存在が現れる。
 それが学園に転入してきたゲームヒロインのアイラだ。

 アイラは18歳で白魔法の能力に突然目覚め、魔法学園に転入することになる。
 転入初日からゲームはスタートし、可憐な容姿に慈愛に満ちた性格のアイラは、攻略対象たちの悩みを癒やし彼らとの絆を深めていく。

 メインヒーローのレイモンドはもちろん、ライアスもアイラに心を救われた一人だ。

 日に日にアイラに惹かれていくレイモンドの様子に、当然ハイデマリーは面白いはずがない。

 ――あんな平民の娘ごときが私の邪魔をするなんて許せない。

 嫉妬に狂ったハイデマリーの強力な呪いがアイラを襲う。
 その絶対絶命の危機に一番仲を深めていた攻略対象が駆けつけ、エンディングを迎えるのがゲームの流れだ。

 ヒロインが誰かと恋愛EDを迎えられるほどの正しい道を歩んでいれば、誰のルートでもライアスがハイデマリーを告発し、ハイデマリーは断罪される。

 彼はアイラに心を救われたことで彼女のために主のハイデマリーを裏切るのだ。

 ある意味、盲信的とも言えるライアスのキャラクターはヤンデレ好きの乙女たちに刺さりまくっていたに違いない。

「……本当にこれからはライアスのしたいように、自由に生きていいのよ」
「今さら自由にって言われたって、そんな生き方わかんねーよ」
「なら私が、ライアスが自由にやりたいことを思いつけるように手助けするわ」
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