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のけもの

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「このかんざし、私の言ったものと違うじゃない! 花耶、お前は言われたものを持ってくることすらできないわけ?! この愚図グズ!」

 耳が痛くなるほどの怒声。
 黙っていれば陶磁器の人形ビスク・ドールのようにも見える容姿の少女が、その顔を醜悪なまでに憤怒で歪め怒鳴り散らしている。

「申し訳ございません、茉莉乃まりのさま」
 花耶は罵りの言葉を受けながら、少女……常守つねもり茉莉乃が畳へ投げつけた簪を拾った。

 ほんの数分前、茉莉乃が持ってくるように言いつけたのは確かに『藤の花の簪』だったはずだが、花耶が戻ってくるまでに気が変わってしまったらしい。

 花耶よりも一歳下で十七歳の従妹。
 親戚であるはずの茉莉乃の花耶への態度は、女中に対するそれだ。
 いや、雇用主と使用人の関係だってもっとマシかもしれない。

 まるで花耶が記憶違いをしたかのように茉莉乃は花耶を責め立てているが、これが茉莉乃のいつものやり方だ。
 花耶が茉莉乃に逆らえないのを良いことに言いがかりをつけ、どんな些細なことでも花耶をなじりネチネチといたぶる。

 茉莉乃がこの屋敷に来てから八年近く。
 彼女が花耶に悪意をぶつけなかった日はない。

「本当に、お前みたいな役立たずを家に置いてやっているのだから、私たちに感謝しなさいよ!」

 愚図グズ鈍間ノロマ。能無し。邪魔物。
 花耶が茉莉乃の罵声に耐えていると、襖が開き男と女が入って来た。

「おぉ茉莉乃どうしたんだ。そんなに大きな声を出して」
「お父さま! 花耶のやつがあまりにも愚鈍だから私の着替えがいつまでも終わらなくて出かけられないの!」

 茉莉乃が出かけられないのは花耶を罵倒し続けている時間が長すぎるからだが、娘の主張を聞いた男……叔父はでっぷりとした腹を揺らし、蔑む視線を花耶へ向けた。

「本当にお前は無能だな花耶」
「申し訳ありません」

 花耶が頭を下げると、叔父と一緒に氷のように冷たい目で花耶を見ていた叔父の妻が、猫なで声で茉莉乃に話しかける。

「いけませんよ茉莉乃、大きな声を出してあなたの喉が傷んだらどうするの。あなたが風邪などひいてしまったら、お母さま悲しいわ」
「それもそうね。こんなに優しいお母さまがいて私はなんて幸せ者なのかしら。お母さまの娘に生まれて良かった」
「お母さまも、お父さまも、茉莉乃を置いていなくなるなんてこと絶対にしませんからね。そうだわ、今日は和装ではなく洋装にしたら? 先日お母さまが買った舶来の麗糸レースの手袋を貸してあげるわ」
「お母さま大好き!」

 自分を除け者にしたわざとらしい茶番劇が終わるまで、花耶は黙って耐え続けた。
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