3 / 11
よく噛んで食べましょう
しおりを挟む
欲望の熱に浮かされた視線が私の全身に絡みつく。
目の前で跪く男の頭には、最早私への渇望を満たすことしかないだろう。
ハァハァと荒い息を吐きながら、待ちきれなくなった犬のように男が手を伸ばした。
上手く人目につかない建物の影に誘導できたから、私の『食事』に邪魔が入ることはない。
イケる。イケる気がする。
今日こそ精気を吸える気がする。
『あっちの世界』では誰の精気でも不味くて飲み込むことができなかったけど、ここは現世の記憶よりも長く暮らした日本。
そして目の前の人物は標準的(に見える)日本人男性。
前世では当時の彼氏のアレをアレしたりソレを口で受け止めたり、逆に自分のナニかをナニして貰ったりしてた覚えがある。
だから日本人の精気なら飲み込める自信が有った。
きっと魔界の住人の精気は私には濃い口過ぎたのだ。
──が。
『食事相手』の指が私に触れる寸前、腐った牛乳の臭いが鼻をついた。
いや、腐ってるどころじゃない。腐った上にそれを鍋で煮詰めてそこにクサヤだのドリアンだのシュールストレミングだのを加えたような臭いだ。
つまり、とんでもなくクサイ。
え? ちょっと待って。もしかしてコレ、この人の精気の臭い?
たらり。と冷や汗が伝う。
こんな可能性はまったく考えてなかった。これならまだ、魔界の住人の精気の方がマシだった。
この臭いの発生源が『食事相手』なら飲み込むどころの騒ぎじゃない。
目に染みるほどの悪臭に意識を保つのが精いっぱいだ。
だいたい自分で誘惑しといてあれだけど、いくら淫魔のフェロモンに引きずられたからって、園児相手に欲情する現代日本の成人男性ってアウトじゃない?
魔界ではなんとなく流してた犯罪臭に元日本人の感覚が警鐘を鳴らす。
あ、無理。生理的に無理。
でも。でも。
私はもうあっちへ帰れないんだから、なんとかこの人の精気を吸うしか────
覚悟を決めた私の頬に指が触れる。
その指は、じっとりと汗ばんでいた。
やっぱり無理ぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃっっ!!!!!
お母さん、もう好き嫌い言わないからお家に入れてぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!
半泣きで脳内絶叫した瞬間、王様に指を置かれたおでこがカッと熱くなった。
そして訪れる二度目の浮遊感。
同時に周囲が白く発光して、眩しさに目を開けていられない。
状況が好転することを願って手を組んだ。
「え、女の子?!」
驚いたような声に瞼を上げればそこはもう公園ではなかった。
そして魔界でもなかった。
屋内のプールだった。
そして私はそのプールの上に浮いていた。
驚愕の声を上げた人物と目が合う。
──と、私を押し上げていた力が突然消えた。
あとはもう、引力に任せて水中に落ちるだけ。
突然の事態に手足が言うことを聞かない。
打ち付けられた身体が痛い。息ができない。
何より『食事』に失敗したせいで体力の限界だ。
バチャバチャと無様にもがく私の耳に別の水音が響く。
水面をかく力も尽きた時、何かにぐっと胴体を引き寄せられた。
「おい! 大丈夫か?!」
ぺちぺちと頬を叩かれるが、もう応える気力も目を開ける気力も無かった。
ああ、お腹が空いた。
「……くそ!」
焦れた声が聞こえたと思ったら顎に手が添えられ頭を後ろに反らされる。
同時に鼻をつままれた。
ちょっと、いきなり何す──?!
さすがに飛び起きようと思った時、温かく湿った感触に口を覆われた。
空気と一緒に、何か甘いものが入ってくる。
甘い甘いキャラメルみたいな味。
(美味しいって、久しぶりに感じたな──)
お酒を飲んだ時みたいに胃が熱くなるのがわかる。
もっと。もっと『コレ』を飲みたい。
本能に従ってそれに触れる。
全身の細胞が跳ねた気がした。
「……ごちそうさまでした」
思わずそう呟いて私を満腹にしてくれた相手を見ると、驚くほど端正な顔立ちをした男性だった。
「どう、なってるんだ……?」
正に呆然と言った表情でその人は私を見下ろす。
そんな顔になるのも無理はない。
何故なら、溺れているところを助けたと思った女の子が、一瞬で成長したのだから。
目の前で跪く男の頭には、最早私への渇望を満たすことしかないだろう。
ハァハァと荒い息を吐きながら、待ちきれなくなった犬のように男が手を伸ばした。
上手く人目につかない建物の影に誘導できたから、私の『食事』に邪魔が入ることはない。
イケる。イケる気がする。
今日こそ精気を吸える気がする。
『あっちの世界』では誰の精気でも不味くて飲み込むことができなかったけど、ここは現世の記憶よりも長く暮らした日本。
そして目の前の人物は標準的(に見える)日本人男性。
前世では当時の彼氏のアレをアレしたりソレを口で受け止めたり、逆に自分のナニかをナニして貰ったりしてた覚えがある。
だから日本人の精気なら飲み込める自信が有った。
きっと魔界の住人の精気は私には濃い口過ぎたのだ。
──が。
『食事相手』の指が私に触れる寸前、腐った牛乳の臭いが鼻をついた。
いや、腐ってるどころじゃない。腐った上にそれを鍋で煮詰めてそこにクサヤだのドリアンだのシュールストレミングだのを加えたような臭いだ。
つまり、とんでもなくクサイ。
え? ちょっと待って。もしかしてコレ、この人の精気の臭い?
たらり。と冷や汗が伝う。
こんな可能性はまったく考えてなかった。これならまだ、魔界の住人の精気の方がマシだった。
この臭いの発生源が『食事相手』なら飲み込むどころの騒ぎじゃない。
目に染みるほどの悪臭に意識を保つのが精いっぱいだ。
だいたい自分で誘惑しといてあれだけど、いくら淫魔のフェロモンに引きずられたからって、園児相手に欲情する現代日本の成人男性ってアウトじゃない?
魔界ではなんとなく流してた犯罪臭に元日本人の感覚が警鐘を鳴らす。
あ、無理。生理的に無理。
でも。でも。
私はもうあっちへ帰れないんだから、なんとかこの人の精気を吸うしか────
覚悟を決めた私の頬に指が触れる。
その指は、じっとりと汗ばんでいた。
やっぱり無理ぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃっっ!!!!!
お母さん、もう好き嫌い言わないからお家に入れてぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!!
半泣きで脳内絶叫した瞬間、王様に指を置かれたおでこがカッと熱くなった。
そして訪れる二度目の浮遊感。
同時に周囲が白く発光して、眩しさに目を開けていられない。
状況が好転することを願って手を組んだ。
「え、女の子?!」
驚いたような声に瞼を上げればそこはもう公園ではなかった。
そして魔界でもなかった。
屋内のプールだった。
そして私はそのプールの上に浮いていた。
驚愕の声を上げた人物と目が合う。
──と、私を押し上げていた力が突然消えた。
あとはもう、引力に任せて水中に落ちるだけ。
突然の事態に手足が言うことを聞かない。
打ち付けられた身体が痛い。息ができない。
何より『食事』に失敗したせいで体力の限界だ。
バチャバチャと無様にもがく私の耳に別の水音が響く。
水面をかく力も尽きた時、何かにぐっと胴体を引き寄せられた。
「おい! 大丈夫か?!」
ぺちぺちと頬を叩かれるが、もう応える気力も目を開ける気力も無かった。
ああ、お腹が空いた。
「……くそ!」
焦れた声が聞こえたと思ったら顎に手が添えられ頭を後ろに反らされる。
同時に鼻をつままれた。
ちょっと、いきなり何す──?!
さすがに飛び起きようと思った時、温かく湿った感触に口を覆われた。
空気と一緒に、何か甘いものが入ってくる。
甘い甘いキャラメルみたいな味。
(美味しいって、久しぶりに感じたな──)
お酒を飲んだ時みたいに胃が熱くなるのがわかる。
もっと。もっと『コレ』を飲みたい。
本能に従ってそれに触れる。
全身の細胞が跳ねた気がした。
「……ごちそうさまでした」
思わずそう呟いて私を満腹にしてくれた相手を見ると、驚くほど端正な顔立ちをした男性だった。
「どう、なってるんだ……?」
正に呆然と言った表情でその人は私を見下ろす。
そんな顔になるのも無理はない。
何故なら、溺れているところを助けたと思った女の子が、一瞬で成長したのだから。
0
お気に入りに追加
264
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【R18】フッて追われておとされて
茅野ガク
恋愛
初恋の人魚の王子に執着されて絡め取られるお姫様の話。
※触手注意です。
※ムーンライトノベルズにも投稿中。
表紙はウメコさんに作っていただきました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる