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歌姫

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「――そしてシスカさんには、その収穫祭の舞台で歌っていただきたいんです」

「っ?! 何を言ってらっしゃるんですかっ?! そんなの、絶対に無理です……!」

 初対面の男性が相手だということも忘れて、反射的にシスカの口から悲痛な叫びが漏れる。

 現在のこんな自分が大勢の人の前で舞台に立つなんて、しかも歌うだなんて!

(想像しただけで気絶する――!)

「……無理じゃありません」

「無理ですっ!!」

「シスカさん、貴女が子供の頃に収穫祭の小さな歌姫だったことは有名な話ですよ」

「――!」

 確かにウィルドの言う通り、マグルと婚約するまでのシスカは物心ついてからずっと、秋の収穫祭も春の収穫祭もあの噴水広場の舞台で歌っていた。

「でもそんなの、6年前――12歳の時までの話です……!」

「ですから、この機会に前の貴女に戻りましょう。私はシスカさんに自信と笑顔を取り戻して欲しいんです。歌姫が復活したとなれば、面と向かって貴女を嘲笑う人間は減るはずだ」

「……どうして、どうしてそこまで私なんかのことを気にかけてくださるのですか……?」

 自分とウィルドが会うのは今日が初めてのはずだ。
 シスカが大勢の前で惨めな目にあわされたことも、アルバレット家の今後のことも、王家に重用される宮廷医のウィルドが気にする道理はない。

「……かつての貴女の歌声の支持者だったと言ったら、納得していただけますか?」

「……!」

 驚いて口に手を当てるシスカとは反対に、親馬鹿な両親は当然だという風に頷いた。

「小さい時のシスカの歌声は天使のようだって評判でしたものね」

「本当に自慢の娘でなぁ。……それを、それを! あのマグルめ……っ!!」

「お父様っ落ち着いて……!」

 再び怒りに拳を震わせ始めた父を慌てて宥める。穏やかな父がこんなにも怒るところを初めて見た。
 それだけ、今日の出来事は父にショックを与えてしまったのだ。

「……ね、シスカ。私はニクス侯爵の提案に賛成よ。お金のことではなく、私も貴女に前みたいな笑顔を取り戻して欲しいの。貴女の美しい歌声をお母様もまた聞きたいわ」

 そっとシスカの手を握る母の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
 父も、込み上げるものを我慢しているようだった。

「……わかりましたニクス侯爵。まだ舞台に立つかどうかは決められないけど、あなたのお手伝いはさせていただきます」

 父と母のために変わりたい。
 でも、すぐには変われない。
 だから今決められるのはウィルドの手伝いをすることだけ。

 そんな気持ちを込めて、自分を見つめる青い瞳に返事をした。

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