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「じゃあ俺はここまでだ。……悪く思うなよ」

 覆面で顔を隠した男はそう言うと、マリアベルの方を見もせずにそそくさと御者台に乗り込んだ。

 エルライド侯爵家の屋敷からこの目的地まではけっこうな距離があったはずだが、ここへ着くまでに男は一言も話さなかった。きっとマリアベルに素性を知られたくないのだろう。

 ガラガラと車輪の音を響かせながら去って行く馬車を見送り、マリアベルはため息をつく。

「今日――森に連れて来られる日まで、あっと言う間だったわね……」

 アデックに王宮へ呼び出され婚約解消を告げられてから3日。

 マリアベルはシスキア王国に語り継がれる“呪いの森”に置き去りにされていた。

 人を惑わし喰らう魔物が住むという呪いの森。
 そんな薄暗く鬱蒼とした森への流刑。
 それがアデックが『王太子の愛する女性を殺そうとした大罪人』であるマリアベルに言い渡した処遇だった。

 あの一方的に婚約を解消された日から今日まで。
 どんなに無茶苦茶で馬鹿馬鹿しい証拠と糾弾でも、マリアベルの疑いを晴らし、庇ってくれる人はあの国にはいなかった。

 貴族たちは元々アデックとマリアベルの婚約を快く思っていなかったし、マリアベルの両親は王太子妃になれない娘にはもう用はないと忌々しげに吐き捨てた。
 それどころか、マリアベルが呪いの森に行けばエルライド家は取り潰しにしないとアデックに言われると、早く娘を連れて行ってくださいとばかりに差し出した。

『お前は我が家の恥で汚点だよマリアベル。二度とエルライド家に、いや、王都に戻って来るんじゃないぞ』

 使用人が着るような質素なワンピースに1日ぶんの食料と水。それだけを娘に押し付けて、父と母は大きな音を立ててを扉を閉めた。

(お父様とお母様は私がアデック様と婚約するまでは、お兄様とお姉様に夢中だったものね)

 冷たく閉ざされた屋敷のドア。
 目の前の扉の奥に、マリアベルの温かな思い出は一つも無かった。
 父と母はいつも、優秀な兄と姉のことばかりを優先して、要領の悪いマリアベルのことを疎んでいたからだ。

 しかし2年前。アデックの18歳の誕生祭の夜。

 王宮には『王太子の婚約者を選ぶため』と、彼に年齢の近い貴族の娘達が集められ、それは当時16歳のマリアベルも例外ではなく。アデックがねっとりと見回す娘達の列の中に並ばされた。

 他の娘達はどうだか知らないが、マリアベルはどうか自分だけは選ばれませんようにと祈りながらアデックの視線が通り過ぎるのを待った。
 アデックが極上なのは外見だけで、女性に対してだらしのないところがあるという噂を知っていたからだ。

 ふわふわとした淡い金の髪に緑の瞳。
 儚げで可憐な外見のマリアベルは屋敷に出入りする画家に「妖精姫のようだ」などと称賛されることはあったが、噂によればアデックの好みは成熟した女性だという。

(だからきっと選ばるのは私じゃないはず――っ)

 しかし、何故か先ほどからアデックの琥珀色の瞳がずっとこちらを見ている気がする。

(殿下、どうか私を選ばないでください……!)

 淡いロゼ色のドレスの上で、震える手を握り祈る。

 けれど――――――

『おい、そこの金髪の娘。お前を俺の婚約者にしてやる。お前が、この娘達の中で一番胸がデカいからな』

 そんな理由で。マリアベルはアデックの婚約者にされてしまった。

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