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嫌いにならないで
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凹んでいる。
私は、今、とても凹んでいる。
魔王城に就職して3週間──ヴァルシュが私を避け始めてから1週間が過ぎた。
最初は気のせいかと思っていたけれど、あの日、私が処女だと口走ってしまってから、ヴァルシュの姿をまともに見ることがなくなった。
専属メイドのはずなのに、彼の執務室に呼ばれない。当然、お茶を淹れろとも言われない。私が掃除をしている姿を見つければ踵を返す。
ついさっきも、二階の窓辺にいたヴァルシュに中庭から手を振ったけれど無視された。
「凹む……」
ピエレオスに召喚された時に人間を苦しめる悪だと、魔族を統べる王だと、私が倒すべき敵だと説明された魔王ヴァルシュ。
出会ったのだってつい3週間前で。初対面の時には『この程度の聖女サマ』呼ばわりされて。なんて生意気なクソガキだと思った。
それなのに。
あの少年の声を聞けないことに。
あの皮肉な言葉をかけられないことに。
自分でも信じられないくらいダメージを受けている。
「いつの間にこんなにヴァルシュが大きな存在になってたのよ……」
とぼとぼと噴水の近くを歩いていると見覚えのある黄色いモフモフが目に入った。ヒナだ。
「ヒナちゃんまたお水飲んでるの。好きだね」
プルポルヌフォンッと不思議な鳴き声を発してヒナが私をジッと見つめる。……心配、してくれているのだろうか。
「ありがと……。ヒナちゃん、もし良かったらギュッてさせてくれないかな。モフモフに癒されたい……」
同じくらいの身長のヒナを抱き締めると、ボフン! と予想以上に弾力があった。ヒナもその羽根を伸ばして私を包んでくれる。
「温かい……」
──と、顔まで埋めてヒナのモフモフを堪能していたら、急に辺りが暗くなった。噴水に、大きな影が差す。
「ん、何。曇ってきた? まだお昼だから陽が沈むには早いよね。シーツ取り込むようにクミンに言わないと……ってオオオオオオオオオオィィィィィィィィッッ?!」
てっきり雨が降る前兆かと空を見上げた私が目にしたもの。
それは、全長がヘリコプターくらい有りそうな大きな鳥。
ヒナの親鳥だった。
*
「ワー……高い所から見る夕陽って、キレー……」
皆さんお元気ですか。
私は今、魔王城から数キロ離れた谷に生えている大樹の上にいます。断崖絶壁で周りにほぼ何もないので、地平線に沈む夕陽がとてもとても綺麗に見えます。
ヒナのモフモフとした羽毛もオレンジに染まって、なんてフォトジェニックなんでしょう。
「映えー……。ヒナちゃん、超映えー……。君のお母さん(お父さん?)帰ってこないねぇ……」
私が今こんな所にいることになった原因。ヒナを迎えに来た親鳥は、そのヒナに抱きついていた私ごと巣まで連れて帰って来て、またどこかへ飛んで行ってしまった。
柔らかい葉っぱと木の枝で出来た怪鳥の巣は、座っていても意外にお尻は痛くならないけど、長時間居るのはさすがにキツイ。足が痺れてきた。あと高層ビルの最上階くらいの高さだから普通に怖い。
「ここに連れて来られた時はまだお昼だったから、もう五時間くらいは経ってるのかなぁ。お城の誰か、私がいないことに気がついてくれるかなぁ……」
そこそこの広さのある巣の中でヒナと寄り添って今後のことを考える。
「自力でお城に帰る……のはまず不可能でしょ。ヒナちゃんもまだ飛べないからヒナちゃんに連れて行って貰うのも無理。……と、なるとやっぱりヒナちゃんのお母さん(お父さん?)にまたお城まで行って貰うか、お城の誰かに迎えに来て貰うしかないよね……」
お城の誰か。
額から角の生えた執事のシュロウ。一つ目のメイド長のカーサ。メイド仲間のクミン。──そして、ヴァルシュ。
「ヴァルシュ、やっぱり私のこと、嫌いになっちゃったのかなぁ」
初めて会った時に『人間なんて嫌い』だと言った魔王。
きっとヴァルシュは人間の生々しい性事情なんて聞きたくなかったのだろう。
元から好感度の低い人間が、些細なきっかけで嫌われてしまってもおかしくない。
ジワリと滲んだ夕焼けを誤魔化すようにヒナに抱きついても、浮かぶのはあのお人形みたいな少年の顔だ。
ヴァルシュ。ヴァルシュ。ヴァルシュ。
ねぇ、声が聞きたい。
ねぇ、顔が見たい。
その皮肉な音で私を呼んで。
その意地悪な笑顔で私に笑いかけて。
「会いたいよ。ヴァルシュ……っ」
──と、ヒナの羽毛に顔を埋めていたら辺りが暗くなってバサバサと音がした。
覚えのあるこの展開。きっと親鳥が帰って来たんだ。
そう思って顔を上げた私が目にしたもの。
夕陽に染まる銀色の髪。青と碧の不思議な瞳。渓谷から吹き上げる風ではためく、聖職者のような白いコートの裾。
「迎えに来たよお姫様。……何? そのマヌケな顔。僕が王子様役じゃ不満だって言いたいの?」
顔を上げた私が目にしたもの。
それは、空に浮かぶ黒いドラゴンの背中に立ち、私へ向かって手を差し出すヴァルシュの姿だった。
私は、今、とても凹んでいる。
魔王城に就職して3週間──ヴァルシュが私を避け始めてから1週間が過ぎた。
最初は気のせいかと思っていたけれど、あの日、私が処女だと口走ってしまってから、ヴァルシュの姿をまともに見ることがなくなった。
専属メイドのはずなのに、彼の執務室に呼ばれない。当然、お茶を淹れろとも言われない。私が掃除をしている姿を見つければ踵を返す。
ついさっきも、二階の窓辺にいたヴァルシュに中庭から手を振ったけれど無視された。
「凹む……」
ピエレオスに召喚された時に人間を苦しめる悪だと、魔族を統べる王だと、私が倒すべき敵だと説明された魔王ヴァルシュ。
出会ったのだってつい3週間前で。初対面の時には『この程度の聖女サマ』呼ばわりされて。なんて生意気なクソガキだと思った。
それなのに。
あの少年の声を聞けないことに。
あの皮肉な言葉をかけられないことに。
自分でも信じられないくらいダメージを受けている。
「いつの間にこんなにヴァルシュが大きな存在になってたのよ……」
とぼとぼと噴水の近くを歩いていると見覚えのある黄色いモフモフが目に入った。ヒナだ。
「ヒナちゃんまたお水飲んでるの。好きだね」
プルポルヌフォンッと不思議な鳴き声を発してヒナが私をジッと見つめる。……心配、してくれているのだろうか。
「ありがと……。ヒナちゃん、もし良かったらギュッてさせてくれないかな。モフモフに癒されたい……」
同じくらいの身長のヒナを抱き締めると、ボフン! と予想以上に弾力があった。ヒナもその羽根を伸ばして私を包んでくれる。
「温かい……」
──と、顔まで埋めてヒナのモフモフを堪能していたら、急に辺りが暗くなった。噴水に、大きな影が差す。
「ん、何。曇ってきた? まだお昼だから陽が沈むには早いよね。シーツ取り込むようにクミンに言わないと……ってオオオオオオオオオオィィィィィィィィッッ?!」
てっきり雨が降る前兆かと空を見上げた私が目にしたもの。
それは、全長がヘリコプターくらい有りそうな大きな鳥。
ヒナの親鳥だった。
*
「ワー……高い所から見る夕陽って、キレー……」
皆さんお元気ですか。
私は今、魔王城から数キロ離れた谷に生えている大樹の上にいます。断崖絶壁で周りにほぼ何もないので、地平線に沈む夕陽がとてもとても綺麗に見えます。
ヒナのモフモフとした羽毛もオレンジに染まって、なんてフォトジェニックなんでしょう。
「映えー……。ヒナちゃん、超映えー……。君のお母さん(お父さん?)帰ってこないねぇ……」
私が今こんな所にいることになった原因。ヒナを迎えに来た親鳥は、そのヒナに抱きついていた私ごと巣まで連れて帰って来て、またどこかへ飛んで行ってしまった。
柔らかい葉っぱと木の枝で出来た怪鳥の巣は、座っていても意外にお尻は痛くならないけど、長時間居るのはさすがにキツイ。足が痺れてきた。あと高層ビルの最上階くらいの高さだから普通に怖い。
「ここに連れて来られた時はまだお昼だったから、もう五時間くらいは経ってるのかなぁ。お城の誰か、私がいないことに気がついてくれるかなぁ……」
そこそこの広さのある巣の中でヒナと寄り添って今後のことを考える。
「自力でお城に帰る……のはまず不可能でしょ。ヒナちゃんもまだ飛べないからヒナちゃんに連れて行って貰うのも無理。……と、なるとやっぱりヒナちゃんのお母さん(お父さん?)にまたお城まで行って貰うか、お城の誰かに迎えに来て貰うしかないよね……」
お城の誰か。
額から角の生えた執事のシュロウ。一つ目のメイド長のカーサ。メイド仲間のクミン。──そして、ヴァルシュ。
「ヴァルシュ、やっぱり私のこと、嫌いになっちゃったのかなぁ」
初めて会った時に『人間なんて嫌い』だと言った魔王。
きっとヴァルシュは人間の生々しい性事情なんて聞きたくなかったのだろう。
元から好感度の低い人間が、些細なきっかけで嫌われてしまってもおかしくない。
ジワリと滲んだ夕焼けを誤魔化すようにヒナに抱きついても、浮かぶのはあのお人形みたいな少年の顔だ。
ヴァルシュ。ヴァルシュ。ヴァルシュ。
ねぇ、声が聞きたい。
ねぇ、顔が見たい。
その皮肉な音で私を呼んで。
その意地悪な笑顔で私に笑いかけて。
「会いたいよ。ヴァルシュ……っ」
──と、ヒナの羽毛に顔を埋めていたら辺りが暗くなってバサバサと音がした。
覚えのあるこの展開。きっと親鳥が帰って来たんだ。
そう思って顔を上げた私が目にしたもの。
夕陽に染まる銀色の髪。青と碧の不思議な瞳。渓谷から吹き上げる風ではためく、聖職者のような白いコートの裾。
「迎えに来たよお姫様。……何? そのマヌケな顔。僕が王子様役じゃ不満だって言いたいの?」
顔を上げた私が目にしたもの。
それは、空に浮かぶ黒いドラゴンの背中に立ち、私へ向かって手を差し出すヴァルシュの姿だった。
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