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1話

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 時は西暦20XX年、スポーツの祭典の熱は冷め始め、多くの人が疫病とか国際的な争いにうんざりしながらも惰性的な日常に戻りつつある現代。世の中ではスマートフォンが普及し、学生の中では普及率九割九分を超えたという。今やガラケーやケータイ非所持者を探すことの方が困難となった。
 世の中だけでなく、学校内だけでも人々はスマホに目を落とし、真っ直ぐと前を向いて歩く者は少ない。自転車に乗っている人さえも、視線はスマホに向けられている。拘束性の高いチャットアプリや中毒性の高いゲームアプリによって、現代の学生の目からは輝きが失われている。そんな時代になって、もはや久しくない。


 そんな時代ではあるが、私、牧名まきな譜織ふおりは二つ折りケータイー―いわゆるガラケー―の最終型である【SP‐07D】という機種を使っている。【SPシリーズ】はおろか、ガラケーのユーザーは少なくとも学年には私しかいないだろう。【SPシリーズ】を制作していたソニックパンサー社も今では次世代型スマートフォン【ゴズミック】シリーズを手がけている大手スマホメーカーだ。私の同級生にもゴズミックユーザーは少なくない。そんなスマホ社会となった街で、人との衝突を避けるという苦難にさいなまれながら登校していると、

「おはよ、ふー!」
「おはよう、あーちゃん」

 親友の元宮もとみや朱実あけみちゃんが声をかけてきた。中学生にしては長身の彼女は、黒いセミロングの髪を今日も無造作に結い上げ、うなじを晒している。美肌に気を使う年齢に達してないとはいえ、あーちゃんの健康的に日焼けした肌からは荒れが見えない。こればかりは天性のものだと思う。そんな、あーちゃんの愛称で親しまれている彼女はスマホユーザー。以前は【MGシリーズ】という二つ折りケータイを作っていた会社が手がける【メガノイド】シリーズの一種を愛用している。あーちゃんは私がガラケーに固執する理由を知っているから、絶対にスマホ関連の話題を振ってこない。ガラケーユーザーである私が学校で孤立しないのは、偏にあーちゃんのおかげである。

「今年もふーと同じクラスだといいね」

 そう言ったあーちゃんの頬に桜を載せた風が通り過ぎる。季節は春、私たちが通う戸上第二中学校の始業式の日でもある。去年はあーちゃんのおかげで多くの友達が出来た。もし、あーちゃんがいなかったとなると、凄くぞっとする。

「さてと、緊張してきたね」

 風に舞う桜の花弁が増えてきた。学校に植えられた桜の木が近付いている証拠だ。

「ふー、違うクラスになっても泣くんじゃないよ?」
「泣かないよ! もぅ、あーちゃんはイジワルなんだから!」

 そんなやり取りを交わしながら校門を抜けてテニスコートにあるクラス表を見る。ただ、何人もの人がそこに集まるせいで、小柄な私からは全く見えない。

「あーちゃん、見える?」

 私より15センチ以上身長が高いあーちゃんに尋ねてみる。

「うーん。違うクラスになっちゃったみたい。あたしは2組、ふーは6組だね」

 ……そうかぁ。結構遠いなぁ。体育の時間とかでも一緒になることもないし。部活も違うし。あとは、委員会くらいかなぁ。

「でもさ、6組には去年の4組女子、多いからさ……大丈夫だよ。ね、心配しないの! 先生も気だるげなのが残念だけど、面白いって有名な先生だし」
「そうだね、私……頑張るよ! あーちゃんにばかり心配かけられないし」
「よし、その調子! 大丈夫、譜織は明るくて優しい女の子なんだから」

 そう言って頭を撫でてくれるあーちゃん。あーちゃんから譜織と呼ばれることは少ないから、いつもドキッとしてしまう。撫でてくれる時間は短いけど、だからこそ大切って感じがする。最後に頭を二回だけぽんぽんとして、あーちゃんは手を下ろした。穏やかな笑みを浮かべるあーちゃんと一緒に昇降口へと向かった。靴を履き替えて二年生の階へ。中学生生活も二年目、あーちゃんがいなくても大丈夫だって、ちゃんと教えてあげないと。そんなことを思いながら、あーちゃんのいない6組へと足を踏み入れた。
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