剣の閃く天命の物語

楠富 つかさ

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魔力暴走と生きる覚悟

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 教室の片隅で渡瀬綾音は困惑していた。彼女には分からなかった。何故、この状況で皆が落ち着いていられるのか、いつも通りでいられるのか。彼女にとって愛が起こしたヒステリックは他人事とは思えなかった。普段以上に彼女と通じ合えたと思っていた。だが、今の彼女は弓を扱い、敵を射抜いた勇ましい少女なのだ。綾音は愛のようにはなれないと悟った。綾音の心は揺れていた。先の襲撃のせいで、この教室の安全性を疑問視する彼女は、死にたくないと懸命に願っていた。そして、その願いは生への執着となっていた。綾音は、この状況で自分を支える何かを欲していた。そして彼女は、力の根源の奥へ手を伸ばす……。

「う……ぅぐぁ!!」

 だが、その膨大な魔力が、綾音の精神状況に追い討ちをかけた。溢れそうな魔力に綾音は恐れを抱いてしまったのだ。

「いやぁぁぁ!!」

 恐怖に満ちた心が魔力の制御などできるわけも無く、綾音は意識を失った。
 そんな綾音の、比較的近くにいたのが、砦人と宗平だった。砦人は、この状況を魔力絡みも問題と判断した。

「まずいっ。宗平、屋上に行くよ! 倉科を呼びに行く!」
「分かった! ちょっくら行ってこようぜ」

 少女を想う彼の後姿を、彼女は知らない。


 綾音が次に目を覚ましたのは、教室ではなく保健室だった。起き抜けの綾音の鼻に薬品の臭いがつく。

「綾音、平気?」

 彼女の側には学級委員、山田梓が。少しずつ何が起きたのか思い出した綾音。だが、肝心の部分が思い出せない。そう、いかにして暴走を抑えたのか。

「梓ちゃん……。何が……起きたの?」
「えっと、委員長と小野寺くんが屋上に倉科くんを呼びに行って、彼がなんか……うぅん。そう、その杖に魔力を移動させて暴走を止めたって感じかな。ほら、その杖」

 梓が指差した方向を向き、ベッドの側に立て掛けられた杖を見る。

「これが私の武器……すごい魔力ね」
「私には分からないけど……倉科くんも同じこと言ってた」
「ねぇ梓ちゃん、私にも戦うことが出来るかな?」
「え? あぁ。大丈夫、出来ないことなんてないよ。私だって頑張るよ。この槍と一緒にね」

 そう言って梓が取り出したのは槍だった。柄の部分が淡い水色になっており、その不思議な美しさに綾音が思わず言葉を失う。

「あ、そうそう。倉科くんから伝言。綾音は魔法の才能があるから、覚悟が決まったら屋上にって」
「分かった。大丈夫、これが覚悟なんだと思う」

 少女は生きる覚悟を決めたのだ。

「梓ちゃんは?」

 保健室を後にする際、尚も椅子に座ったままの梓に綾音が尋ねる。

「なんだか……ええと、ちょっと考えたいことがね」

 そう答えた梓を心配に思いながらも、綾音は屋上へ向かった。その覚悟を形にするために。
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