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それはまさしくデスティニー

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 それは間違いなく運命的な瞬間フェイトフルモーメントだった。その者、紫の長髪を風にたなびかせながら、縮地のごとき速度で接近してくる。その姿に余の左腕に宿る名も無き荒ぶる神が武者震いし始める。ヤツは並大抵の使い手ではない。大いなる闇の力を宿しているのやもしれない。そんな人間を聖域たる我が学び舎に入れてはならないと右眼が警告する。分かっているとも、我が右眼に宿る全知全能の神ゼウスよ。

「止まれ! 汝は如何なる者ぞ」

左手を突き出し、闇色のオーラを纏う彼女の行く手を阻む。すると彼女は俯きそして右腕を高々と掲げこう名乗った。

「我が名はアビスのネクロマンサー=アルケー・ツィターである! 汝は……ふむ、緑(エルフィングリーン)の校章(バッジ)……中等部二年ミドルセカンドか」

 余の校章を指して笑みを浮かべると、自らの校章を親指でアピールする。なるほど、黄色の校章……彼女に倣って言えば高等部二年ハイセカンド……先輩だ。しかし、視線は縮地の正体であるローラースケートの高さを踏まえてもそう変わらない。余にはまだ伸び代がある。

「さぁ、我は名乗ったぞ。こちらも誰何といこう。名乗れ」
「命じられるまでもない。余は荒神世音、名も無き荒ぶる神と最高の神ゼウスを宿す……正義の御使いである!!」

 制服の上に纏う漆黒のマントロード・オブ・ジャッジメントをはためかせ、左人差し指を小さな死霊使いの眉間にあてる。

「校内ではローラースケートやキックボードは禁止されている。即刻、脱ぎなさい。それからウィッグも外してもらう!」
「ふふふ……それは困るなおチビちゃん」
「誰がチビか! 大差ないじゃないか!!」
「ふふふ……ふふ、ふ……」
「いや、涙目にならなくたって……」

 いくらもう伸び代がないからって、泣かれると正義の使者としての余の尊厳が……。

「まぁ、いい。この姿も我にとってはかりそめ。この髪も瞬歩も没収はご免だよ! ふはは、追いつけま……なに! 速い!!」

 右眼の力を使えばこの程度は造作もないのだ。そもそも彼女は余を避けないことには走り出せないのだから、そこに遅れが生じる。出足が遅ければ脚力に自信のある余ならば追いつけるのは道理だ。

「分かった。降参だ。靴は履き替えよう。ウィッグも外す。ただねぇ、君こそそのマントはいいのか?」
「笑止。これは風紀委員の優秀者が受け継ぐロード・オブ・ジャッジメントであるぞ。許可なら下りている」
「か、かっこいいじゃないか」
「そうだとも。汝は卑賤な死霊使いネクロマンサーにしては話が早い。それから、きちんとした所属と氏名を名乗って貰おうか。せ、ん、ぱ、い」
「仕方あるまい。全知全能である君に敬意を表し真名を名乗ろう。我は高等部二年三組、長浜琴子だ。にしても、このアビスのネクロマンサーを捕まえて卑賤とは……心外だな」

 靴を履き替え、ウィッグを外した長浜先輩は本当に余と大差無い身長で髪も真っ黒だった。傍から見れば姉妹に見えるかもしれないくらい、雰囲気が似ていた。

「ではまたいずれ、逢魔が時に会おう。荒神世音……君とは何らかの縁を感じる」

 先輩はそう言い残して昇降口へ向かった。余はこの時まだ知らなかった。大いなる運命の渦が余と彼女を導こうとしていることに――――
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