拳撃の聖女が送る人生三度目の正直

楠富 つかさ

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020 Food chain 川沿いでの野営

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 翌日、幸いにも雨は上がったが体力の回復が万全とは言いがたかった。取り敢えず朝食と朝風呂でかなり精神的には回復しているのだけれど、流石に今日中にエヒュラ村まで駆け抜けるというのはちょっと無理。

「ゆっくりでも着実に進もうか」

 そう言ってドリュエイ村を出て歩き出す。道は多少ぬかるんでいた。

「そういえば、畑を復活させる時に雨を待っていたから、ちょうどよかったのかもね」
「確かにそうね。でも綿は水を与えすぎてはいけないから、この先は要注意かもね。短いけど雨季に入るのよ。それから暑くなって、じきに涼しくなるの」

 流石に日本人を転生させるだけあって日本みたいな季節の流れ方だなあ。あれ? でも確か草原の覇者の毛皮を剥ぐ時に、おじさんたちもうじき寒くなるみたいなこと言ってなかったっけ? そんなことをリーナに尋ねると、

「そうね。雨季は少しだけ肌寒くなるの。ただ、草原の覇者の毛皮がきちんと乾燥して、獣臭さが無くなった頃にはとっくに寒い時期だから、おじさまたちはそういう意味で言ったんじゃないかしら」

 どこの世界に行っても年を重ねた人の体感時間が若者より早いのは一緒なのかな。
 あと、雨季が肌寒いってことは日本より湿気が少ないのかな。害虫とか湧かなさそうで嬉しいわ。

「ねえライカ、あれ」

 草原の道を歩いていると、リーナがふと木立の奥を指差した。緑と茶色の自然で目立つ白い毛皮。あれは……ウサギ?

「ヤミーラビットよ。ねぇライカ、あれ捕まえられない?」

 身長差的に全くもって上目遣いではないのだけれど、イメージ的にはそう。そんな感じ。つまり何が言いたいかって? 可愛い。そして可愛いは正義。
 私は音もなく地面を蹴り、ヤミーラビットに肉薄する。名前を聞いただけで、確実に美味しいということが分かる。体長はおよそ30センチくらいだろうか。その小さな頭に拳を振り下ろす。あくまでも寸止め。拳から放たれる衝撃波でヤミーラビットを昏倒させる。
 そのもふもふとした身体は重さで言って1キロあるかないかくらい。小脇に抱えてリーナのところに戻る。

「これで今夜の食事には困らないわ」

 リーナ……可愛い顔してけっこうえぐいこと言うんだよなあ。流石異世界サバイバー……なのかな。食う食われるの世界だものね。そういえばこのウサギちゃんは、聖印を持っている私が近付いても逃げなかったけど、私の接近が早すぎたのか野生生物と魔物に厳密な違いがあるのか……。多分、校舎なんだろうな。羊とか馬とか牛とか、普通にいたし。

「この子、まだ気絶しているだけで死んでないんだけど、どうする?」
「え? うーん……昨日はさ、人を殺さないで欲しいなんて言っていた私が動物を殺すなんて、虫の良い話だと思うかもしれないけれど……取り敢えず今はそのまま逆さ吊りにして運んで。血生臭くなっちゃうから」
「傷んじゃうもんね。分かった。あの、気にしないから。私は。ていうかあれだよね、食べる前に血抜きとか内蔵の処理とか必要だもんね。私、知識さっぱりないけど、やれって言われたらやるからさ」

 正直、ウサギ肉なんて食べたことないから、少しだけワクワクしている自分がいる。倫理観の磨り減りを感じるなぁ。世界に順応するって、そういうことなのかもしれないけれど。
 夕暮れが近付くと、私とリーナは川沿いの道へ向かって歩いた。私が最初にこの世界に来た時に居た山が水源で、ここまで流れているらしい。エヒュラ村に帰る最短ルートではないけれど、野宿をするのにここの方がいいだろうということで、こっちまで来た。なんだか林間学校みたいで楽しい。そう思っていられるのも、私が聖印を持っていて魔物に襲撃される心配がないからだろうけど。

「せっかくだからライカも覚えて。まずはこういう手頃な石を割る」

 手に収まるようなサイズの石を、めちゃめちゃ大きい石に向かって投げつける。そうすると石は綺麗に割れて、鋭い部分が現われる。

「ヤミーラビットは毛皮もいい素材なんだけど、ちゃんと剥ぎ取る技術がないから今回は諦めるね。まず、首筋を切る。そしたら逆さに吊して血を抜くの」

 ある程度血が抜けたヤミーラビットを川に浸してさらに入念に血を抜く。引き上げたヤミーラビットの今度はお腹を割く。

「内蔵も食べちゃおうか」

 鮮度がいいから食べられるのだろう。続けて毛皮を剥ぐ。難しいのか、皮部分にもけっこう肉がついてしまっていた。

「でも、リーナったら狩人みたいだね」
「そうよ。父も祖父も若い頃はこうやって得物を仕留めていたの。知識だけ聞かされていたけれど……実際にやると、けっこう辛いわね。私、自分で思っているより血が苦手なのかも」
「そう、なんだ……」

 ふと、光剣で切り裂いた盗賊のことが脳裏にちらつく。あぁするより他なかったとはいえ、やはり後悔はたやすく消えてはくれない。

「あとはもう焼いちゃいましょう」

 ある程度集めた木の枝に、リーナが既に火を灯している。太めの枝を串のように使ってウサギ肉を貫いて、二人で持ちながらゆっくりと火に掛ける。

「残酷ね。とっても美味しそう」
「生きるって、そういうことよ。可愛い野生生物も、凶悪な魔物も……それぞれ生きていて、それらを私たちが殺して、食べちゃうの。人ってね、生きているだけで罪を重ねているの。知る知らないに関わらず。だから、善い行いをしなくちゃいけないの。誰かのために生きる人は、いつか救われるんじゃないかな」

 前世で聖女として教育される上で聞かされた説法だ。なんとなく、性悪説にもにたその話を、かつての私はわりとすっと聞き入れた。それを語ってくれた先生が、凄かったんだろうなと自分で話してみて分かった。リーナはこれで理解してくれるかな?

「なんだかライカ、シスターって感じね。……あ、焦げちゃう!」

 二人で木の串を回して焦げ付かないようにする。ほどほどに脂も垂れて、火がちょっと強くなっちゃったようだ。
 ほどなくして、ウェルダン並の焼け具合になったヤミーラビットを食すことになった。食前のお祈りをきちんと済ませ、骨付きのままかぶりついたヤミーラビットは、草原の覇者には劣るものの、ため息が出るほど美味しかった。
 今世はゆったりと生きる。その短いようで長い、その時間の中で命について深く考えることも……いいのかもしれない。そう思えた夜だった。
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