その口づけに魔法をかけて

楠富 つかさ

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#10 実践練習

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 訓練施設のモニターで部屋を予約し、更衣室でジャージに着替える。一見しただけじゃただのジャージに見えるけれど、魔導産業技術によって作られた高性能ジャージなのだ。デザインは少しダサいが、耐刃・耐魔性能があり、それでいて着用者の行動を阻害しない軽量さと、かなり幅広い分野で導入されている素材だ。

「じゃあさっそく準備運動から始めようか」

 魔導士の戦い方はただ魔法に頼るだけじゃない。魔法の杖代わりにもなる警棒を用いた近接戦闘も行う。この技能だって新人戦で評価される項目の一つだ。当然、魔法構築技術の方が評価の割合は高いのだけれど。バスケットコートくらいの広さがある訓練場でまずはストレッチを行う。

「綾乃ちゃん、ちょっと身体固いんじゃない?」
「うーん、寿奈が柔らかいだけだと思うけど?」

 開脚して前に身体を倒す寿奈、大きな胸が床で潰れて目の毒だ。足も180度近く開いていて、むっちりとした太ももがまぶしい。
 一方の私も開脚なら120度くらいまでは開くし、肘だって床にべったりつけられる。柔軟性で言えばまぁ普通だ。

「少しだけ、もらってくね」

 屈伸や腰を回すなど一般的な準備運動を終えたら、寿奈と少しだけキスを交わす。身体強化に用いる魔力すら私は不十分だから、こうして寿奈からもらわないと戦うことすらままならない。

「身体強化、できるにはできるんだけど……やった後すっごく疲れたり筋肉痛になったりするんだよね……」

 身体強化は生来の魔力を身体中に巡らせ筋力や瞬発力を高める魔導士の初歩中の初歩の技術、特殊な術式とかは一切なく魔力をコントロールして用いる技法だから、魔力量の多い寿奈の場合どこかに無理があるか、それともムラがあるかで筋肉痛や疲労につながっているのだろう。このあたりも訓練しなければ、戦闘継続能力にかかわってくる。
 そんなことを考えつつも互いに魔導警棒を構えて相対する。

「いつでもいいよ」

 いつもはふわふわとした寿奈の構えに隙はない。護身術はみっちりやったという話は本当らしい。
 右手に警棒を構えながら、左手の指先に火球を灯す。

「拡散!!」

 すぼめた指先を広げるように、五つの火球をばらばらに飛ばす。寿奈の視線が火球を追うのと同時に、私も警棒を構えて飛び出す。

「収束!!」

 警棒を上段から振り下ろしながら、火球を四方から収束させ寿奈を狙う。

「それ、えい!!」

 そんな私に対して寿奈は前に転がって火球を回避しつつ、私の左足を払う。鋭い足払いで私が片膝をつくと、ガラ空きの左肩めがけて警棒を振るう。咄嗟に左手に持ち替えた警棒で受け止めるが、体勢が悪く威力を殺しきれない。

「――やぁ!!!」

 立ち上がれずにいる私に寿奈は蹴りを繰り出し、私は無様に転がるよりほかなかった。立ち上がりなんとか体勢を整え、間合いを切る。呼吸を鎮め、左手に集めた風の魔力で警棒に風の刃を纏わせる。

「寿奈は足癖が悪いのね」
「これでも昔はお転婆でね」

 寿奈が踏み込む。ムラのある魔力強化による恐ろしいほどの加速、おそらく警棒は牽制で本命は掌底、しかも属性が発現していないほど未熟で……しかし純粋な魔力の塊をぶつけてくるつもりだ。
 そんなものを受け止めきれるほど、私の魔力強化は強靭じゃない。ならば、その前に決着をつけるしかない。受け取った魔力の残り全てに、私が生来持つわずかな魔力も上乗せして、警棒にまとわせた風を強めていく。風が嵐になるかのように。

「唸れ、ストームセイバー!!」

 振りぬいた一閃、その軌跡に翠緑の魔力が輝く。吹き荒ぶ風に寿奈どころか私まで飛ばされる。

「う、ぐ……」
「……あいたた、うへぇ、負けちゃった」

 尻もちをついて軽くうめくと、寿奈は大の字になって転がっていた。
 ……こうして実践練習をするまでは、寿奈を魔力タンクにして私が強力な魔法を使っていればいいと思っていたけれど、私は間違っていたかもしれない。

「寿奈」

 仰向けの彼女に右手を差し出しながら私は――

「二人で、勝ちを取りに行こうか」
「うん!!」

 決意を新たに寿奈の手を握り返した。
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