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近付く夏と二人の距離

#28 生徒会選挙(1)

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 梅雨空が少しずつ夏の空気を引き連れてきた雰囲気がある六月末。ボクたちが通っている星鍵学園高等部は生徒会選挙の話題でもちきりだった。部活の時間でもそうだ。この時期は湿気が多くてカビや腐敗の心配があるから調理はあんまりしていない。のんびりとしたお茶会の時間が多い。参加が義務づけられているわけじゃないけど、ついつい足が向いてしまう。第二家庭科室へ向かう廊下で、見覚えの無い人とすれちがった。綺麗な黒髪の人だった。……一瞬、目が合ったような。

「ゆーうーちゃーん!」
「うわっと」

 後ろから勢いよく美夏ちゃんが抱きついてきた。美夏ちゃんは調理部の同級生でクラスは五組だ。

「今の生徒会長だったね」
「え? そうだったんだ。何か用があったのかな?」
「さぁねぇ? ま、取り敢えずお茶会だよ!」

 美夏ちゃんに促されるように二人揃って教室に入ると、ふんわりと香ばし匂いが鼻をくすぐる。今日はスコーンとそれぞれ好きな飲み物で過ごしているようだ。席に着くと他の部員たちはやはり生徒会選挙を話題に話していた。

「三組の川藤さんが出馬するんだってね。二組からも書記に立候補する人がいるんだけど、四組からはいないの?」
「いないらしいよ。って、希名子ちゃんも川藤さん知ってるの?」
「川藤さん、ユウちゃんと同じくらい有名だと思うよ?」

 ……ボクまで有名な人扱いなのってどういうことなんだろうか。

「川藤さん、学年首位だからねぇ。どうしても有名になっちゃうよね」
「あ、確かに。テストの度に最高得点者で名前聞いてるかも。そっかそっかぁ。いつも明音さんの次席に凄いなぁって感心してばかりで更に上がいるってちょっと忘れてたかも」
「あぁなるほど。次席の支倉さんは四組だったね。で、川藤さんは陸上部でも有力選手らしいしのよ」

 調理部の一年生、もう一人――六組の片岡美夏ちゃん――も、やっぱり川藤さんのことを知っているらしい。クラス遠いから体育とかでも接点ないのに……。なんだか、ボクのアンテナが低いみたいな感じで嫌だなぁ。まぁ、この前の合宿でちょっとだけ見かけたけど。スレンダーで綺麗な人、っていう印象だったかな。

「二年生後期から会長になる可能性の高い副会長に立候補する人、だね。けっこう優秀な人って聞いてるけど、ほんとにすごいっぽいねぇ」
「あ、あまほ先輩?」

 一年生が集まっていたテーブルにひょっこり、その小柄な姿を現したのは部長の高須あまほ先輩だ。なんで三年生の先輩が生徒会選挙に立候補する一年生のことを知ってるんだろう。

「ふふん、私は今の会長と同級生でね。しかもなかなか仲いいから教えてもらえちゃうんだよねぇ。さっきもお茶会にいたし」
「今の生徒会長さんもすっごく美人ですよね。びっくりしちゃいましたよ」
「確か弓道部でしたよね。大会でも上位になったって」

 そうか思い出した。入学式で挨拶をしていたっけ。まっすぐで綺麗な髪を高く結ったすらっとした和風美人の、落ち着いた声で凄く上手な話と一緒に記憶がリフレインする。名前は確か……。

「実村碧海先輩、でしたっけ?」

 前に千歳ちゃんから話を聞いたこともあったっけ。忙しくて弓道部に来ることは少なかったけど、来たら一二年生がすごくそわそわしちゃう程のカリスマの持ち主だって。

「そうそう。私はきよちゃんって呼んでるの。もうじき生徒会長のお仕事が終わっちゃうからけっこう寂しそうな顔するんだよねぇ。そんな時は私がお菓子をあげるの。えへへ、元気になってくれるんだよぉ」

 今度の選挙で任期を終えるから一年生にとってはやっぱり入学式くらいでしか会わないけど、それだけでも凄い人だし、生徒会の仕事を誇りに思っていたことが伝わってくる。

「今度の生徒会長って今の副会長さんなんですよね?」
「そういうことになるね。そっちの子は流歌ちゃんが同じクラスだった気がするや。おわっとっと、私、塾に行かなきゃだ」

 先輩も三年生だし、勉強忙しいんだろうなぁ。名残惜しそうに帰り支度を済ませた先輩が、ふとこっちに戻ってきて、ボクの目を見て、

「姫宮さん。ぎゅっとさせて?」

なんて言うんだ。なんだか可愛くって両腕を広げた。

「じゃ、じゃあ、どうぞ」

    先輩の細い身体を抱き寄せると、胸に顔を埋められる。さほど身長の高くないボクよりもさらに十センチ近く低いあまほ先輩は、しばらくぎゅっとされていると満足したようで、

「うん、元気でたよ!! じゃあ、今日のお茶会はお開き。後は柑菜ちゃんに任せるね」

    そう言って颯爽と家庭科室を去って行った。
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