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かけじやそでの
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星花女子学園の百人一首部はけっこう体育会系だ。練習は一週間に三日、火曜、木曜、土曜だ。週に三日という部活は文化部でもけっこう多いが、特徴は木曜日の練習。校舎一階の更衣室で体操服に着替える。うちのクラスは木曜日に体育がないおかげで、一度着た体操服をまた着たり、一日のために二着持ってきたりする必要がなくて助かる。
競技カルタは畳の上の格闘技なんて言われることもあるが、実際に武道のごとく心技体の三要素を重視している。
ジャージの上着だけを羽織って昇降口から校舎を出る。
「みんなー揃ったかなー?」
小春日和とはいえ11月、それなりに冷えるというのにその人は半袖ハーフパンツの体操服姿で部員たちの点呼を取る。
南ロゼ先輩。百人一首部の先輩で高等部二年生、実質的に部を取りまとめてくれている先輩だ。星花女子学園の百人一首部は部員がだいたい二十人くらいいるが、全員が全員、率先して練習に来るわけではない。特に、木曜日の走り込みは顕著だ。
「今日は八人かあ。まあ走ろう、Let’s Run」
百人一首……競技カルタはけっこう体力勝負な一面がある。集中力を欠かないためには強靱な精神力がいる。健全な精神は健全な肉体に宿るということで、わたしが入部するずっと昔から慣例的に木曜は体力トレーニングの日になっているようだ。
まぁ、百人一首部が火曜と土曜に使用する校内の離れは和風の他部活、それこそ華道部や茶道部、書道部だって活動に使っているから、練習量を維持しつつ他部活との練習場所を融通しあうためにも必要なのだろうけど。
グラウンドは運動部が当然練習に使用しているため、わたしたちは校舎の周りをぐるぐると走る。おしゃべりはOKだけれど、耳が命なカルタ選手なのでイヤホンを使って音楽を聴くというのはNGになっている。
趣味が読書なインドア派のわたしだけれど、幸い走ることは苦にならないし汗をかくのも嫌いじゃない。ウェーブがかった栗色の髪が眩いロゼ先輩の後ろを走る。わたしより少し背が低い先輩が軽快なステップで走っていく。
「ねぇねぇ紅凪ちゃん」
走りながら声をかけてきたのは、わたしのすぐ後ろを走っていた同級生の松山香子ちゃん。ランニングの日にもちゃんと来る数少ない部員の一人だ。
「ロゼ先輩ってさ、恋人いないのかな?」
「急にどうしたの?」
少し温かくなったからって、脳内に桜を咲かせるのは少し早いんじゃないかな。わたしがちょっと怪訝な目をしたのか、香子ちゃんはまぁまぁと言いながら、姉から聞いたと前置きして話し始めた。
「ほら、うちの姉ちゃんバスケ部のOGって話したら? あんまし熱心な部員じゃなかったらしいんだけど、ロゼ先輩のお姉さんのことけっこう知ってて、二年前に彼女が出来たらしいって言ってたんだよ」
星花女子、どれだけの数のカップルがいるんだろうか。いっそ香子ちゃんにも彼女がいるのかな? 聞いたら答えてくれるかな。
「香子ちゃんは彼女いないの?」
「お、口説かれてる? でも残念、私は誰か一人に決められるタイプじゃないからさ。あちこちのファンクラブに参加して、たまーに遊んでくれるお姉さま方とワンナイトするのが楽しみなんだよね」
香子ちゃんの言っていることが分からず走っている最中なのに首をひねってしまう。
「ファンクラブの存在を知らないでいたのかな? それともワンナイトの方かな。ワンナイトはまだ紅凪ちゃんには早いかもね。ファンクラブはほら、アイドルみたいにその人に憧れている人の集まりで、実際お茶会と大差ないかな。高等部一年の武村美弾様とか、生徒会副会長の日塔氷舞理様とか、茉莉花様も欠かせないよね。あとはまぁエヴァ様、咲瑠様、宮子様とかね。それから歴代の生徒会長は欠かせないよね」
香子ちゃんの喋りに熱が入って声が大きくなったのか、先頭を走っていたロゼ先輩がこちらをちらりと向いた。
「二人とも生徒会に興味あるの?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃないです」
「あぁわたしも、今より忙しくなるとちょっと……」
先輩はまた前を向きながら少し声を張って、
「紅凪ちゃんとか真面目だし生徒会向いてそうなのに」
と言ってくれた。あれ、わたしだけ? 隣で香子ちゃんが不満そうな声を漏らす。すると先輩は、
「だって香子ちゃん、私のお尻ばっかり見てるでしょ」
と、こちらを見もせず言った。香子ちゃんは図星だったようで、すっとわたしの背中に隠れた。声をかける時にはわたしのすぐ後ろにいて、話している間に横並びになった香子ちゃんは確かに先輩の真後ろにいた。最初は風よけにして楽をしているのかと思ったら、全然違う理由だったとは。
「あはは、まぁロゼ先輩スタイルいいし……ねぇ紅凪?」
「え、わたしに振らないでくれる?」
「なんて言う紅凪も大人っぽい身体してて羨ましいわぁ」
お尻に注がれる視線に思わず背筋に寒いものが奔る。わたしはじわじわとわたしたち、というより香子から距離を開けようとペースを上げる先輩に追いつくべく、少し疲れ始めた身体にむち打って駆けだした。
「はぁ……はぁ……疲れた」
結局ランニングを終えた頃にはくたくたになってしまった。汗ばんでしまった額を、ついつい袖で拭ってしまうほどに。
まぁ、これで少しでも体重が減ってくれたら御の字なのかもしれないけれど。
競技カルタは畳の上の格闘技なんて言われることもあるが、実際に武道のごとく心技体の三要素を重視している。
ジャージの上着だけを羽織って昇降口から校舎を出る。
「みんなー揃ったかなー?」
小春日和とはいえ11月、それなりに冷えるというのにその人は半袖ハーフパンツの体操服姿で部員たちの点呼を取る。
南ロゼ先輩。百人一首部の先輩で高等部二年生、実質的に部を取りまとめてくれている先輩だ。星花女子学園の百人一首部は部員がだいたい二十人くらいいるが、全員が全員、率先して練習に来るわけではない。特に、木曜日の走り込みは顕著だ。
「今日は八人かあ。まあ走ろう、Let’s Run」
百人一首……競技カルタはけっこう体力勝負な一面がある。集中力を欠かないためには強靱な精神力がいる。健全な精神は健全な肉体に宿るということで、わたしが入部するずっと昔から慣例的に木曜は体力トレーニングの日になっているようだ。
まぁ、百人一首部が火曜と土曜に使用する校内の離れは和風の他部活、それこそ華道部や茶道部、書道部だって活動に使っているから、練習量を維持しつつ他部活との練習場所を融通しあうためにも必要なのだろうけど。
グラウンドは運動部が当然練習に使用しているため、わたしたちは校舎の周りをぐるぐると走る。おしゃべりはOKだけれど、耳が命なカルタ選手なのでイヤホンを使って音楽を聴くというのはNGになっている。
趣味が読書なインドア派のわたしだけれど、幸い走ることは苦にならないし汗をかくのも嫌いじゃない。ウェーブがかった栗色の髪が眩いロゼ先輩の後ろを走る。わたしより少し背が低い先輩が軽快なステップで走っていく。
「ねぇねぇ紅凪ちゃん」
走りながら声をかけてきたのは、わたしのすぐ後ろを走っていた同級生の松山香子ちゃん。ランニングの日にもちゃんと来る数少ない部員の一人だ。
「ロゼ先輩ってさ、恋人いないのかな?」
「急にどうしたの?」
少し温かくなったからって、脳内に桜を咲かせるのは少し早いんじゃないかな。わたしがちょっと怪訝な目をしたのか、香子ちゃんはまぁまぁと言いながら、姉から聞いたと前置きして話し始めた。
「ほら、うちの姉ちゃんバスケ部のOGって話したら? あんまし熱心な部員じゃなかったらしいんだけど、ロゼ先輩のお姉さんのことけっこう知ってて、二年前に彼女が出来たらしいって言ってたんだよ」
星花女子、どれだけの数のカップルがいるんだろうか。いっそ香子ちゃんにも彼女がいるのかな? 聞いたら答えてくれるかな。
「香子ちゃんは彼女いないの?」
「お、口説かれてる? でも残念、私は誰か一人に決められるタイプじゃないからさ。あちこちのファンクラブに参加して、たまーに遊んでくれるお姉さま方とワンナイトするのが楽しみなんだよね」
香子ちゃんの言っていることが分からず走っている最中なのに首をひねってしまう。
「ファンクラブの存在を知らないでいたのかな? それともワンナイトの方かな。ワンナイトはまだ紅凪ちゃんには早いかもね。ファンクラブはほら、アイドルみたいにその人に憧れている人の集まりで、実際お茶会と大差ないかな。高等部一年の武村美弾様とか、生徒会副会長の日塔氷舞理様とか、茉莉花様も欠かせないよね。あとはまぁエヴァ様、咲瑠様、宮子様とかね。それから歴代の生徒会長は欠かせないよね」
香子ちゃんの喋りに熱が入って声が大きくなったのか、先頭を走っていたロゼ先輩がこちらをちらりと向いた。
「二人とも生徒会に興味あるの?」
「あ、いや、別にそういうわけじゃないです」
「あぁわたしも、今より忙しくなるとちょっと……」
先輩はまた前を向きながら少し声を張って、
「紅凪ちゃんとか真面目だし生徒会向いてそうなのに」
と言ってくれた。あれ、わたしだけ? 隣で香子ちゃんが不満そうな声を漏らす。すると先輩は、
「だって香子ちゃん、私のお尻ばっかり見てるでしょ」
と、こちらを見もせず言った。香子ちゃんは図星だったようで、すっとわたしの背中に隠れた。声をかける時にはわたしのすぐ後ろにいて、話している間に横並びになった香子ちゃんは確かに先輩の真後ろにいた。最初は風よけにして楽をしているのかと思ったら、全然違う理由だったとは。
「あはは、まぁロゼ先輩スタイルいいし……ねぇ紅凪?」
「え、わたしに振らないでくれる?」
「なんて言う紅凪も大人っぽい身体してて羨ましいわぁ」
お尻に注がれる視線に思わず背筋に寒いものが奔る。わたしはじわじわとわたしたち、というより香子から距離を開けようとペースを上げる先輩に追いつくべく、少し疲れ始めた身体にむち打って駆けだした。
「はぁ……はぁ……疲れた」
結局ランニングを終えた頃にはくたくたになってしまった。汗ばんでしまった額を、ついつい袖で拭ってしまうほどに。
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