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第8話 めぐり合わせ

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 40日ほどの夏休みが終わった九月一日、全校生徒は行動に集まり始業式に参加している。理事長の話はビジネスに少し絡めた分かりやすく聴いていて苦にならない程に短くまとまったものだった。その後、教頭先生から各部や個人の表彰なんかが行われ、最後に校歌を斉唱して終わった。
 教室へ戻ると、やはりどこか浮かれた雰囲気が教室を支配していた。それもそうだろう、夏休みの間には臨海林間学校や部活の合宿や星花祭の準備も行われており、想い人との距離が大いに縮まったり、恋仲になったりした人も多くいるだろう。特に高校二年は恋の季節と言っても過言ではない。高等部からの入学であっても一年の時間を経て積み重ねた想いが結実するかのように。そんな浮かれた雰囲気の中、浅くだがため息をつく生徒が一人。

「恵玲奈? どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ」

 西恵玲奈であった。恵玲奈から見た叶美は、どこか自信なさげで隠れ美少女の代表格的存在だった。そんな彼女が今は眩いほどに輝いて見える。立場が人を変えるとはよく言われるが、年下の女の子二人から愛されて叶美は随分と大人びた魅力を放つようになった。恵玲奈にとって自分自身でその輝きを磨き上げられなかったことを悔いるばかりである。

「何かあったら言ってね。力になるから」
「叶美に頼るのはちょっと難しい内容かもしれないなぁ」
「そうなの? あ、やっぱり部活のこと?」

 教室に掲示された校内新聞の増刊号を見ながら話す叶美に曖昧に返事をしていると、ふいに恵玲奈を呼ぶ声がした。

「西さん、少しいいかしら?」
「え、赤石さん? いいけど、何?」

 赤石燐は恵玲奈の去年のクラスメイトで、今年も授業によっては同じ教室になることもあるが、そこまで仲良いわけでもないというような距離感の生徒。
 夏になる少し前からどこか角が取れて取っつきやすくなったと評される少女だが、恵玲奈はその理由が恋であることを知っていた。叶美が前に中等部の生徒と仲良さげに過ごしているのを見たとの情報を共有しており、ゴシップは守備範囲ではないがなんとなく裏どりしてあったのだ。そんな燐に言われるがまま食堂にやってきたが、座るといきなり

「かつてローマの哲学者フェルロック・マーシャルソートはその著書『フィロソフィアの紙片』にて「目に見えるものに手が届かないのならば、見えない障害を排除し損なっている」と記しているわ。至極当然のことよね」
「えっと……どゆこと?」

 文学少女である燐はたびたび書籍から引用した文言を会話に含ませる。柔らかく微笑む彼女の表情に魅せられてつい聴いてしまったが恵玲奈だが、何のことだかさっぱり分からない。

「後輩がね、貴女のことを知りたがっているのよ。どこか辛そうな目をしていう貴女のことをね……」
「ひょっとして……須川さんのこと、かな?」

 同じ文芸部に所属している二人。美海にとって燐は、ちょうど女の子同士の恋が成就させたばかりということもあってか相談しやすい先輩であった。

「赤石さんはさ、どうやって彼女と付き合うようになったの? 年の差もそこそこあるし、考えなかったの?」
高二と中学生だと叶美と紅葉とかおりの例が恵玲奈にとって身近だが、燐の恋人である夜ノ森響は今年この学校に入学したばかりの中等部一年生だ。
「私は……彼女から猛烈にアプローチを受けたから。そういえば響はどうして私のことを好きなんだろう? 考えてもみなかったわね。理由なんてどうでもいいわ。フェルロックと同時代を生きた天文学者のサーディラ・オーフェンはその手記に――――」
「あぁ、そういうのはもういいから! 頭痛くなっちゃうから! そもそもフェルロックもサーディラも誰だか知らないし。言いたいことは何となくわかるけど難しいってば」

 角が取れたとはいえ、とっつきやすいかどうかは再考の余地があるなと判断する恵玲奈が、席を立とうとすると――

「いえ、帰るのは私の方ね。そうでしょう?」
「え?」
「……西先輩、ごきげんよう」

 恵玲奈を制して立ち上がった燐の視線の先には美海が立っていた。ごきげんようと言って立ち去る燐を、どこか困り顔で見送る恵玲奈はなぜ自身が困惑しているのか、それを正確には理解できていなかった。
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