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#1 世界樹の巫女

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「お嬢ちゃん、そろそろだよ」

 馬車の揺れに微睡んでいると、御者台から声がかけられた。どうやら目的地が近付いてきたらしい。

「にしたって、どうしてお嬢ちゃんみたいな若い娘が一人で旧魔王領に?」

 そう、私の目的地は長らく魔王が支配していた領地。砂と岩石の大地、アレテートだ。

「まぁ、色々あって」

 そう言いながら私は日除けに着ていたマントのフードを脱いで御者さんに素顔を晒す。

「あ、あんたは……いや、貴女様は世界樹の巫女殿じゃありませんか!? む、なら尚更どうしてお一人で……」

 私、植野弥茶は日本で茶農家の娘として生まれ、園芸部で花を愛でる普通の女子高生だった。あの日も学校帰りに友達とコンビニに立ち寄って……そこでアクセルとブレーキを間違え暴走した車に押しつぶされて命を落とした。それを思い出したのは、この世界で世界樹の巫女に選ばれた時だった。
 あらゆる生命の根源とされる世界樹、その生命エネルギーを狙って独占しようとしていたのが、荒廃した土地で魔族を統治していた魔王だった。世界樹は危機を察し、世界樹のお膝元にあるユグドール王国に根を伸ばし、新芽から一振りの杖を生み出した。そしてその杖が選んだのが私だったのだ。
 紆余曲折あって魔王を討ち滅ぼした私の次なるお仕事が、魔王領の統治というわけだ。

「一人で移動した方がなにかと気楽ですから」

 そう言って御者に小金貨1枚を握らせる。運賃だけなら大銀貨二枚でも充分だが、その五倍も持たせれば口止め料としても通用するだろう。

「お、お達者で……」

 すごすごと帰る御者を見送りながら、私は旧魔王城を目指して歩き出す。魔王の死後、統率の取れなくなった一部の魔物が暴れており、その掃討戦に参加している冒険者も多数見かけられるが、私に気付く者は多くない。だが、要所要所に詰めているユグドール王国の騎士たちは私が通ると一礼する。彼らは私の見張り役でもあるのだろう。

「ご苦労」

 城に掛かる橋の前にいる番兵に挨拶して登城する。場内には敗戦を受け入れた魔族たちが奔走している。魔族と一口に言ってもヤギに似たツノが生えている一般的にイメージする悪魔に似たデーモン種族、額に一本角が生えたオルグ種族、ヴァンパイア種族やサキュバス種族なんかもいるのだが……。

「お待ちしておりました、巫女殿」

 私にとって最も身近なのはアルラウネ種族だ。彼女たちは世界樹の枯れた枝葉から生まれたと伝わる種族で、先の人魔対戦では絶対中立を掲げ、戦後は講和のためによく働いてくれている。
 うっすら緑みがかった肌を除けばほぼ人間の女の子と同じ姿をしているのだが、服を着る文化がないせいで、同じ女性といえど非常に目のやり場に困る。

「ネリネ、久しぶり」

 髪飾りのように咲いた花の色と形で、ふわりと近づいてきた彼女がネリネだと気づく。アルラウネ種族も一枚岩というわけではないらしく、巫女派と族長派という二大派閥があるという。彼女は巫女派の長で私の秘書みたいに動いてくれている。

「もうじきエーリス様が来ます。さぁ、玉座へ」
「いいのかなぁ。私が玉座に座っても……」

 エーリスというのは私が倒した魔王の一人娘で、彼女からすれば私は親の仇なのだが……。思い起こすのは二か月ほど前、私が初めてエーリスと出会った日のことだ。
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