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アンソロジー
失恋もまた想い出になる。 向日葵&美海 立成18年11月
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私には憧れの先輩がいる。所属する文芸部の部長、須川美海先輩だ。文化祭が終わり、部室にほとんど来てくれなくなってしまったが、大好きで大好きでたまらないのだ。
あの芯の強そうな鋭い眼差しで見つめられるだけで、胸がどきどきして苦しくなってしまう。でも、その苦しさすら愛おしくて心地良い。
「須川先輩はね、すっごく綺麗だし書く詩や小説も上手だし……それにね、ドSらしいの。ねぇ、うみのん聞いてる?」
「ひまちゃん、それ何度も聞いてる。半年以上ずっと」
今日もルームメイトの”うみのん”こと|番匠谷(ばんしょうたに)海乃に、いかに須川先輩が美人でかつ憶測の範囲だがサディスティックかを熱弁する。そう、私は齢13にして既にマゾ沼にどっぷりとつかったマゾマゾのマゾ人間なのだ。まぁ、むやみやたらに口外できる趣味じゃないから知っている人は限られているけど。なおうみのんには緊縛ものの同人誌で即バレだった。いやぁ、ジャンルは違えどヲタク文化に理解のあるルームメイトと暮らせてラッキーだ。
私たちの通う星花女子学園は全寮制というわけじゃないが、二人部屋の桜花寮と一人部屋の菊花寮がある。菊花は学業や部活で優秀な生徒が入れるのだが、憧れの須川先輩は菊花寮生。才色兼備で素敵。
「SもMもBLもGLもわりと二次元のものだと思ってたからなぁ……。私も若干の腐だけどSMは理解できないよ……」
「うぅん……うみのんも女王様の素質あると思うけどなぁ」
「え!? 私、わりとふわっとした人間だと思うんだけど」
うみのんはわりと可愛らしい系統の容姿をしているが、そういう女の子が逆にSで鞭を振るったり甘ったるい声で言葉責めしたりするのが、つまるところのギャップ萌えで最高の最高なのだ。
「にしても、ドS川先輩のウワサ? は、ひまちゃん経由で聞くけど本当なの? 言葉責めだけで絶頂させるとか、首締めに拘ってるとか、古今東西の拷問に精通しているとか」
「そのはずなんだよねぇ。でも先輩は高3だし、そろそろ卒業じゃんね。退寮の時のフリマで何かつかめないかな?」
「……流石にそういったものは出品されないと思うよ」
文芸部に入ったのはただただヲタクだったからだけど、須川先輩に出会えたのは本当に最高の想い出になった。けれど……やっぱり一年弱じゃ短いよ。
「……伝えようかな」
「好きですって?」
「違うよ。……調教してくださいって。短期間で先輩好みに仕上がりますって」
うみのんが流石にちょっとひいたような表情を浮かべている。けれどもう、十歳くらいで性に目覚めてしまった私は止まれないのだ。
「決めたよ。次に先輩が部活に来たら伝える! じゃなきゃ時間だけが過ぎてっちゃうもん」
「まぁ……応援はするけど。取り敢えず、寝よっか」
ともあれ応援してくれるのは、うみのんの人の良さだ。私たちは部屋の電気を消して眠りに就いた。
11月末、久しぶりに先輩が部室にやってきた。けれど、少し残った私物を引き上げるためですぐに出て行ってしまった。ほおけていた自分の頬を叩いて、急いで追いかける。
「先輩!」
「馬場さん。どうかしたの?」
「あ、えっと。荷物お持ちします」
「必要ないわ。少しのことだから」
あぁ、何てクール。この馬場向日葵、そのクールさに憧れております。けれどもう後には退けない。
「先輩! 私、先輩の……愛玩奴隷にしてほしいんです! 先輩に痛めつけられてぐちょぐちょにされて、服従させられたいんです!!」
伝えてしまった。他に誰か通るかもしれない廊下で!! 先輩……どんな反応を?
「えっと……私そういう趣味ないんだけど」
「は、はい!? え、う……ウソだ!!」
そんな馬鹿な。だってあのドS川先輩だよ?
「私はただ、好きな人の要望に応えたいだけなの。だから、痛めつけることに快感を覚えているわけじゃないのよ」
なんだか自分に言い聞かせるような言い方をする先輩。……好きな人の要望に応えたいだけ、か。先輩の恋人さんとは馬が合いそうだなぁ。
「えっと、拷問に詳しいとか、えぐいおもちゃを集めているとか」
「事実だけど……その、えっと……」
「先輩の部屋から許しを請う声が聞こえたとか」
「……菊花寮でも喘ぎ声はちょくちょく聞こえるわよ。にしても許しを請う声、かあ。心当たりが無いと言えば嘘になるけれど……えれ、うぅん。彼女の在学中、あなたまだ入学してないはずなのにどこからウワサが?」
うわさの出所、かぁ。姉のいる同級生や部活内、たまに寮とかだろうか。
「とにかく、私は彼女以外とそいうことするつもりは無いから。分かってくれた?」
私の返事を待たずにまた寮へ向けて歩き出す先輩。その背中を追いかけながら、せめて何か想い出が欲しいとねだる。……キスくらい、してくれたっていいじゃないかな。
「私はね、彼女に絶対に浮気をするなって叩き込んであるの。ご主人さまである私が、約束を破るわけにはいかないの。だからキスもしてあげられない。でも、気持ちは嬉しかったから……何か、そうね。部屋まで着いてらっしゃい。何かあげるわ」
そう言われ、嬉しいような悲しいような、せめぎあう気持ちを引きずりながら先輩の寮部屋に向かう。初めて入る菊花寮は造りこそ桜花とさほど変わらないが、なんだか心なしか広々としているように思えた。
「中に入る?」
「い、いえ。ここで待っている間だけは先輩の犬でいさせてください」
「……外聞が悪いわ。これは命令よ、ハウス!」
命令なら仕方ない。ひとまず上がらせてもらおう。それに、先輩の部屋だし、きっと何かえげつないものがあるに違いない。
「失礼しまーす」
個室はさほど改造されておらず、取り敢えずの印象としては本やノートが多いといったところだ。
「お座り。待て」
あぁ、犬のように扱われてなんだか納得してしまう自分がいる。さっきはあんなこと言っていたけど、先輩のこれはきっと生来のものだろう。彼女さんが引き出した須川先輩の素質だ。
命令の通りしばらく待っていると、須川先輩は一冊のノートを持ってきた。
「これは、えれ……彼女を縛るときのメモよ。他にも喜んでくれたプレゼントやプレイのことがつぶさに書かれているわ。なんというか、そう……飼育日誌みたいなものよ。これを、貴女のご主人さまが見付かったら渡すといいわ」
「わ!! ありがとうございます!! 一生大切にします!!」
これは私の失恋の想い出。けれど……きっと未来への道標になる。そう、思ったんだ。私も誰か……運命の人の加虐性を引き出すことができるだろうか??
あの芯の強そうな鋭い眼差しで見つめられるだけで、胸がどきどきして苦しくなってしまう。でも、その苦しさすら愛おしくて心地良い。
「須川先輩はね、すっごく綺麗だし書く詩や小説も上手だし……それにね、ドSらしいの。ねぇ、うみのん聞いてる?」
「ひまちゃん、それ何度も聞いてる。半年以上ずっと」
今日もルームメイトの”うみのん”こと|番匠谷(ばんしょうたに)海乃に、いかに須川先輩が美人でかつ憶測の範囲だがサディスティックかを熱弁する。そう、私は齢13にして既にマゾ沼にどっぷりとつかったマゾマゾのマゾ人間なのだ。まぁ、むやみやたらに口外できる趣味じゃないから知っている人は限られているけど。なおうみのんには緊縛ものの同人誌で即バレだった。いやぁ、ジャンルは違えどヲタク文化に理解のあるルームメイトと暮らせてラッキーだ。
私たちの通う星花女子学園は全寮制というわけじゃないが、二人部屋の桜花寮と一人部屋の菊花寮がある。菊花は学業や部活で優秀な生徒が入れるのだが、憧れの須川先輩は菊花寮生。才色兼備で素敵。
「SもMもBLもGLもわりと二次元のものだと思ってたからなぁ……。私も若干の腐だけどSMは理解できないよ……」
「うぅん……うみのんも女王様の素質あると思うけどなぁ」
「え!? 私、わりとふわっとした人間だと思うんだけど」
うみのんはわりと可愛らしい系統の容姿をしているが、そういう女の子が逆にSで鞭を振るったり甘ったるい声で言葉責めしたりするのが、つまるところのギャップ萌えで最高の最高なのだ。
「にしても、ドS川先輩のウワサ? は、ひまちゃん経由で聞くけど本当なの? 言葉責めだけで絶頂させるとか、首締めに拘ってるとか、古今東西の拷問に精通しているとか」
「そのはずなんだよねぇ。でも先輩は高3だし、そろそろ卒業じゃんね。退寮の時のフリマで何かつかめないかな?」
「……流石にそういったものは出品されないと思うよ」
文芸部に入ったのはただただヲタクだったからだけど、須川先輩に出会えたのは本当に最高の想い出になった。けれど……やっぱり一年弱じゃ短いよ。
「……伝えようかな」
「好きですって?」
「違うよ。……調教してくださいって。短期間で先輩好みに仕上がりますって」
うみのんが流石にちょっとひいたような表情を浮かべている。けれどもう、十歳くらいで性に目覚めてしまった私は止まれないのだ。
「決めたよ。次に先輩が部活に来たら伝える! じゃなきゃ時間だけが過ぎてっちゃうもん」
「まぁ……応援はするけど。取り敢えず、寝よっか」
ともあれ応援してくれるのは、うみのんの人の良さだ。私たちは部屋の電気を消して眠りに就いた。
11月末、久しぶりに先輩が部室にやってきた。けれど、少し残った私物を引き上げるためですぐに出て行ってしまった。ほおけていた自分の頬を叩いて、急いで追いかける。
「先輩!」
「馬場さん。どうかしたの?」
「あ、えっと。荷物お持ちします」
「必要ないわ。少しのことだから」
あぁ、何てクール。この馬場向日葵、そのクールさに憧れております。けれどもう後には退けない。
「先輩! 私、先輩の……愛玩奴隷にしてほしいんです! 先輩に痛めつけられてぐちょぐちょにされて、服従させられたいんです!!」
伝えてしまった。他に誰か通るかもしれない廊下で!! 先輩……どんな反応を?
「えっと……私そういう趣味ないんだけど」
「は、はい!? え、う……ウソだ!!」
そんな馬鹿な。だってあのドS川先輩だよ?
「私はただ、好きな人の要望に応えたいだけなの。だから、痛めつけることに快感を覚えているわけじゃないのよ」
なんだか自分に言い聞かせるような言い方をする先輩。……好きな人の要望に応えたいだけ、か。先輩の恋人さんとは馬が合いそうだなぁ。
「えっと、拷問に詳しいとか、えぐいおもちゃを集めているとか」
「事実だけど……その、えっと……」
「先輩の部屋から許しを請う声が聞こえたとか」
「……菊花寮でも喘ぎ声はちょくちょく聞こえるわよ。にしても許しを請う声、かあ。心当たりが無いと言えば嘘になるけれど……えれ、うぅん。彼女の在学中、あなたまだ入学してないはずなのにどこからウワサが?」
うわさの出所、かぁ。姉のいる同級生や部活内、たまに寮とかだろうか。
「とにかく、私は彼女以外とそいうことするつもりは無いから。分かってくれた?」
私の返事を待たずにまた寮へ向けて歩き出す先輩。その背中を追いかけながら、せめて何か想い出が欲しいとねだる。……キスくらい、してくれたっていいじゃないかな。
「私はね、彼女に絶対に浮気をするなって叩き込んであるの。ご主人さまである私が、約束を破るわけにはいかないの。だからキスもしてあげられない。でも、気持ちは嬉しかったから……何か、そうね。部屋まで着いてらっしゃい。何かあげるわ」
そう言われ、嬉しいような悲しいような、せめぎあう気持ちを引きずりながら先輩の寮部屋に向かう。初めて入る菊花寮は造りこそ桜花とさほど変わらないが、なんだか心なしか広々としているように思えた。
「中に入る?」
「い、いえ。ここで待っている間だけは先輩の犬でいさせてください」
「……外聞が悪いわ。これは命令よ、ハウス!」
命令なら仕方ない。ひとまず上がらせてもらおう。それに、先輩の部屋だし、きっと何かえげつないものがあるに違いない。
「失礼しまーす」
個室はさほど改造されておらず、取り敢えずの印象としては本やノートが多いといったところだ。
「お座り。待て」
あぁ、犬のように扱われてなんだか納得してしまう自分がいる。さっきはあんなこと言っていたけど、先輩のこれはきっと生来のものだろう。彼女さんが引き出した須川先輩の素質だ。
命令の通りしばらく待っていると、須川先輩は一冊のノートを持ってきた。
「これは、えれ……彼女を縛るときのメモよ。他にも喜んでくれたプレゼントやプレイのことがつぶさに書かれているわ。なんというか、そう……飼育日誌みたいなものよ。これを、貴女のご主人さまが見付かったら渡すといいわ」
「わ!! ありがとうございます!! 一生大切にします!!」
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