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創作60分一本勝負
社交ダンス Side:美咲×舞華 立成14年7月
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私、大隈美咲の通う私立星花女子学園には社交ダンス部がある。部員はそう多くないが、基本中の基本から習うことが出来、人気は高い。体験に来る人の多さからそれは分かる。ただ本格的な練習はもちろん厳しさが伴う。だからこそ、十数名で落ち着いているのだろう。
それから、この部にはカップルが多い。女子校だけれど。ダンスのパートナーとしてだけでなく、私生活のパートナーとして結ばれる二人もいる。
けれど……私と舞華は違う。そう思ってた。舞華は名前ほど華やかな女の子じゃない。名前ほど舞える女の子じゃない。もともと習ってた私と体格が近いからというだけでパートナーになっただけの相手だ。基本としての女性パートを教え、それから男性パートのダンスを教えた。もちろん基礎を踏まえた上での教えだったが、舞華の本領は男性パート……男役にあった。めきめきと上達し、あっという間に私と対等に踊れるほどに成長した。
嬉しかった。彼女の成長が。足を踏まれる不安から解放され、ただただ踊りに集中できる。それが嬉しかった。だから別に、舞華に特別な感情を抱いているなんて思いもしなかった。
なのに。
舞華とペアを組んで二年、中等部の三年生になってしばらくたった頃。幸いにして私と舞華の成長は同じくらいのスピードで一方の背だけが図抜けて伸びることはなかった。これから先もずっとペアだと思っていた。菊花寮に住む私は桜花寮に住む舞華を部屋に招いて、休日も練習した。舞華は決して嫌がらなかった。
けれど……切欠は些細なものだった。私が階段で躓き、足首をひねってしまった。全治二ヶ月のケガだった。
毎日のように踊っていた私に、二ヶ月は長い。舞華はその間、一年生の指導にあたることになった。今の彼女は入部当初と別人のように成長しており、指導にもそつがなかった。私の教えたコツを余さず伝えていた。時には手を取り、ステップを実際に披露する。そんな舞華の様子を、体育館の隅で眺めていた。
遠くから見て初めて気付いた。舞華は……キラキラしていた。その煌めきをずっと独り占めにしてきたのは私だ。
やだなぁ
不意にそう思ったんだ。舞華を他の人に取られたくない。ルームメイトがいることも承知だし、クラスではクラスの友達がいることも承知の上だ。けれど部活だけは……ダンスのパートナーだけは、私がいい。舞華の手を取るのは私だけがいい。舞華の腕の中は私だけの場所だ。
一度気付いてしまえば、感情に蓋をするなんて出来なかった。
「アンタの旦那、モテモテじゃん」
部長が私に飲み物を差し出しながらそう言った。動いていないとはいえ七月の体育館だ。水分補給は必要で、ありがたく受け取った。
「妬けますね……」
「お、ついに認めたか」
「さっき気付いちゃいました」
部長はにやにやと笑みを浮かべながらダンスのパートナーで副部長で彼女でもある先輩のもとへ行ってしまった。部長は前に副部長との社交ダンスは当然好きだが、夜のダンスも好きだなんて言っていたっけ。夜のダンスが何か私はまだ知らないけれど、私はきっと舞華とダンス以外の繋がりを欲しているのかもしれない。運悪く三年間クラスは別々だし、寮も違うし、私が舞華と会うには社交ダンスしかないから。だから今、その繋がりが薄らいでいる気がしてならないのだ。
手放したくない。そのキラキラした才能を。……違う。私が求めているのは、才能だけじゃない。斉藤舞華という一個人だ。友達だと思ってる。親友かもしれない。でも、もっと先に進まなきゃいけないんだ。
練習後、私は舞華を呼び出した。
「足、大丈夫?」
「うん。すぐ治すから。直ったら、また踊ってくれる?」
「当然だよ。でも、無理しちゃだめだからね」
長かった髪をばっさり切った舞華は、美しくそして麗しかった。無意識に舞華の手を握っていた。なんだか無性に落ち着くんだ。彼女に身を預けると、優しく受け止め包み込んでくれる。鍛えた体幹は人一人受け止めても小揺るぎもしない。それがますます安心感をくれる。
「あの……さ。足が治ったら」
声が震える。舞華の手を強く握って、勇気を奮い立たせる。
「私と……恋人になって」
「ダメだよ」
瞬間的に、血の気が引いた。浮かれていたのは私だけ。やっぱり私と舞華の繋がりはダンスだけ……?
「今からじゃなきゃ、ダメ。今日さ、一年生の指導してて気付いた。美咲ちゃんが特別だって」
「え?」
世界が再び色づくような、そんな気分だった。舞華のやわらかな声が耳朶をうつ。抱きしめられたまま、囁くようなその声に身体中がざわつく思いだった。引いた血の気が全身を迸り、沸騰するかと思う程だ。
「あんなに上手に教えてもらったのに、教えるのは難しい。ステップも綺麗に教えてあげられない。それに……美咲ちゃん以外と踊っても楽しくないの。ドキドキしない」
もう泣いてしまいそう。むしろ既に泣いていた。より強く抱きしめる。きっとこれなら泣き顔なんて見えないはずだから。
「大好きだよ、舞華」
「私も、美咲ちゃんが大好きだよ」
後日、夜のダンスについて部長副部長に執拗に訊ねたが中学生にはまだ早いと言われ、そのまま卒業まで逃げ切られてしまった。けれど時の流れとともに、自然と互いを求めるようになり、高校生になった私たちは、先輩は随分としょうもないことを言っていたんだなと笑い合うのだった。……裸で。
それから、この部にはカップルが多い。女子校だけれど。ダンスのパートナーとしてだけでなく、私生活のパートナーとして結ばれる二人もいる。
けれど……私と舞華は違う。そう思ってた。舞華は名前ほど華やかな女の子じゃない。名前ほど舞える女の子じゃない。もともと習ってた私と体格が近いからというだけでパートナーになっただけの相手だ。基本としての女性パートを教え、それから男性パートのダンスを教えた。もちろん基礎を踏まえた上での教えだったが、舞華の本領は男性パート……男役にあった。めきめきと上達し、あっという間に私と対等に踊れるほどに成長した。
嬉しかった。彼女の成長が。足を踏まれる不安から解放され、ただただ踊りに集中できる。それが嬉しかった。だから別に、舞華に特別な感情を抱いているなんて思いもしなかった。
なのに。
舞華とペアを組んで二年、中等部の三年生になってしばらくたった頃。幸いにして私と舞華の成長は同じくらいのスピードで一方の背だけが図抜けて伸びることはなかった。これから先もずっとペアだと思っていた。菊花寮に住む私は桜花寮に住む舞華を部屋に招いて、休日も練習した。舞華は決して嫌がらなかった。
けれど……切欠は些細なものだった。私が階段で躓き、足首をひねってしまった。全治二ヶ月のケガだった。
毎日のように踊っていた私に、二ヶ月は長い。舞華はその間、一年生の指導にあたることになった。今の彼女は入部当初と別人のように成長しており、指導にもそつがなかった。私の教えたコツを余さず伝えていた。時には手を取り、ステップを実際に披露する。そんな舞華の様子を、体育館の隅で眺めていた。
遠くから見て初めて気付いた。舞華は……キラキラしていた。その煌めきをずっと独り占めにしてきたのは私だ。
やだなぁ
不意にそう思ったんだ。舞華を他の人に取られたくない。ルームメイトがいることも承知だし、クラスではクラスの友達がいることも承知の上だ。けれど部活だけは……ダンスのパートナーだけは、私がいい。舞華の手を取るのは私だけがいい。舞華の腕の中は私だけの場所だ。
一度気付いてしまえば、感情に蓋をするなんて出来なかった。
「アンタの旦那、モテモテじゃん」
部長が私に飲み物を差し出しながらそう言った。動いていないとはいえ七月の体育館だ。水分補給は必要で、ありがたく受け取った。
「妬けますね……」
「お、ついに認めたか」
「さっき気付いちゃいました」
部長はにやにやと笑みを浮かべながらダンスのパートナーで副部長で彼女でもある先輩のもとへ行ってしまった。部長は前に副部長との社交ダンスは当然好きだが、夜のダンスも好きだなんて言っていたっけ。夜のダンスが何か私はまだ知らないけれど、私はきっと舞華とダンス以外の繋がりを欲しているのかもしれない。運悪く三年間クラスは別々だし、寮も違うし、私が舞華と会うには社交ダンスしかないから。だから今、その繋がりが薄らいでいる気がしてならないのだ。
手放したくない。そのキラキラした才能を。……違う。私が求めているのは、才能だけじゃない。斉藤舞華という一個人だ。友達だと思ってる。親友かもしれない。でも、もっと先に進まなきゃいけないんだ。
練習後、私は舞華を呼び出した。
「足、大丈夫?」
「うん。すぐ治すから。直ったら、また踊ってくれる?」
「当然だよ。でも、無理しちゃだめだからね」
長かった髪をばっさり切った舞華は、美しくそして麗しかった。無意識に舞華の手を握っていた。なんだか無性に落ち着くんだ。彼女に身を預けると、優しく受け止め包み込んでくれる。鍛えた体幹は人一人受け止めても小揺るぎもしない。それがますます安心感をくれる。
「あの……さ。足が治ったら」
声が震える。舞華の手を強く握って、勇気を奮い立たせる。
「私と……恋人になって」
「ダメだよ」
瞬間的に、血の気が引いた。浮かれていたのは私だけ。やっぱり私と舞華の繋がりはダンスだけ……?
「今からじゃなきゃ、ダメ。今日さ、一年生の指導してて気付いた。美咲ちゃんが特別だって」
「え?」
世界が再び色づくような、そんな気分だった。舞華のやわらかな声が耳朶をうつ。抱きしめられたまま、囁くようなその声に身体中がざわつく思いだった。引いた血の気が全身を迸り、沸騰するかと思う程だ。
「あんなに上手に教えてもらったのに、教えるのは難しい。ステップも綺麗に教えてあげられない。それに……美咲ちゃん以外と踊っても楽しくないの。ドキドキしない」
もう泣いてしまいそう。むしろ既に泣いていた。より強く抱きしめる。きっとこれなら泣き顔なんて見えないはずだから。
「大好きだよ、舞華」
「私も、美咲ちゃんが大好きだよ」
後日、夜のダンスについて部長副部長に執拗に訊ねたが中学生にはまだ早いと言われ、そのまま卒業まで逃げ切られてしまった。けれど時の流れとともに、自然と互いを求めるようになり、高校生になった私たちは、先輩は随分としょうもないことを言っていたんだなと笑い合うのだった。……裸で。
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