星空の花壇 ~星花女子アンソロジー~

楠富 つかさ

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アンソロジー

後悔 Side:えり&??? 立成19年11月

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 秋風と言うには少々寒さが厳しくなってきた頃、金指えりこと私シェリー・ゴールドフィンガーは囲碁将棋部の部室で一年生と将棋盤を挟んでいた。あの一件から半年ほど。なんとなく……誰かに話してみたかった。けれどこんな話をするような相手を見付けるのは難しく、抱えたままであったがふと、目の前の彼女にならと思ったのは、どこか似た雰囲気の持ち主だからだろうか。
 横山美織。今年から創設された7組に通う一年生で、何年か前に姉を事故で失っていると聞いた。両親がその後、離婚して横山姓になったと。出席番号がかなり後ろになった、なんてことも口にしていた。
 そんな彼女と駒を並べて対局を始める。といってもチェスクロックを置かない気楽な将棋だ。待った無しについては事前に確認を取っている。受験勉強の息抜きだ、実は久しぶりで定跡が英文や社会科の知識に追い出されてしまっている。振り駒をして先攻は横山さんになった。角道を開ける普通の出だしだ。

1 7六歩
2 3四歩
3 6六歩
4 4四歩
5 7八銀
6 3二銀
7 6七銀
8 4二飛
9 6五歩
10 4三銀


 とまぁ挨拶のような手番を消化しながら、私が彼女に問いかけた。

「横山さんはこれまでに大きな後悔はあるかしら?」
「え、盤外戦術ですか?」
「世間話よ」
 
11 5六歩
12 6二王
13 4八銀
14 3五歩
15 5七銀
16 3二飛
17 6八王
18 7二王
19 7九王
20 8二王

 互いに王の位置を確定させながら、横山さんが口を開く。

「お姉ちゃんとの喧嘩、ですかね」

21 6六角
22 1四歩
23 5八金
24 9二香
25 7五角
26 6二銀
27 8八王
28 7二金
29 7七桂
30 7四歩

 少し定跡から外れただろうか。序盤の準備が整ってきた。

「お姉ちゃんが死んじゃった日に、映画を見る約束してたんです。でも文化祭の準備で忙しいからって、それで喧嘩して、それっきりです」

31 8六角
32 4二飛
33 6四歩
34 同 歩
35 同 角
36 7三金

 初めて互いに持ち駒が発生した。だからというわけではないが私は話題を変えた。

「横山さんは双子に会ったこと、あるかしら?」
「まぁ、小中の同級生で二組、近所の年下に一組。それが?」
「似てる方かしら?」

37 4六角
38 3四銀
39 7八金
40 4五歩
41 5五角
42 同 角
43 同 歩

 角交換で手に入れた角を弄ぶ。振り飛車党の私だがこの局ではあまり飛車を活用できていない気がする。

「一組は男女でしたし全然。年下の双子はそこそこ似てましたね。まぁ、男子の顔を見分ける力がないだけかもしれませんけど。女子はまぁ、あんまり似てない双子でした」

44 5二飛
45 4四角打
46 2二角打
47 同 角成
48 同 飛
49 4四角打
50 1二飛
51 4六歩
52 同 歩
53 同 銀
54 5二金

 盤面は私が有利……だと思う。私はいよいよ、私自身の後悔について話し始めた。

「私ね、双子の片方と付き合ってたのよ。とてもよく似ている双子」
「へぇ。先輩、恋人いたんですか。で、間違えて振られたとか?」

55 4八飛
56 7二金
57 6四歩打
58 4二飛
59 4五銀
60 同 銀
61 1一角成
62 4一飛
63 1二馬
64 4六歩打
65 2三馬
66 4三飛

 角攻めを好む彼女に馬を作られてしまったのは、少し失態かもしれない。……間違えて振られたならまだ納得がいったかもしれないわね。

「逆よ。あの二人の違いを見抜いてしまったのが私の後悔」

67 2二馬
68 4一飛
69 6六香打
70 6九銀打
71 3二馬
72 4四飛
73 2一馬
74 2四飛
75 6五馬
76 2七飛成

 竜が盤面に現れた。

「あの双子は似ていることが誇りというか、お互いを区別しないで生きていたの。それを私が引き裂いた。私自身、彼女……彼女らを愛していたのに」
「先輩の言うことは分からないですが、私の不利はうっすら伝わってきます……」

77 4九飛
78 5八銀成
79 同 銀
80 2八歩打
81 6一銀打
82 7一金打

 お互いに持ち駒を駆使して攻めていく。序盤の挙動が似ていたこともあり、二枚の金を銀で狙う打ち方を真似されてしまった。一先ず防御に金を打つ。それと、これは確かに盤外の戦術かもしれない。

「横山さんは性交渉の経験があるかしら?」
「はいぃ? ないですよ、まだ十六ですよ?」
「私があの子としたのは、そのくらいの頃だったはずだけれど」

83 7二銀成
84 同 金
85 3二馬
86 2九歩成
87 4一馬
88 5一金

「へぇ。星花って盛んですね。私もまぁ、先輩とだったらしてもいいですけど」
「私に勝てたら、好きにしていいわよ?」

89 7四馬
90 1九と
91 同 飛
92 2八龍
93 5九飛
94 7三歩打
95 6五馬
96 4八龍
97 4九金打
98 3七龍

「それ今言います? 敗色濃厚なんですけれど」
「勘が鈍ったみたいね。もう少し前なら百手以内に詰めたでしょうに」
「ひどい。私が上達したという可能性を一瞬も検討しない」
「……なるほど」

99 8五桂
100 9五角打
101 6九飛
102 7七銀打
103 同 金
104 同 角成

 もう詰む直前だ。彼女が最後まで投げないのは性分だ。いつもそう。王を端へ逃がすが、もうどうにもならない。

「隣に金を打って詰みよ」
「参りました。……先輩の後悔は晴れますか? 私はその、姉より年を重ねて、少し和らいだ気がするんですけど」
「どうかしらね。多分ずっと……抱え続けると思うわ。でもいいの、今の私には目標があるの。他のことは考えないようにするの。楽しかったわ。さようなら」

 その日を境に、私は自分から金指えりと名乗らなくなった。別れを告げたかったのは、この花園に住まう無垢な自分自身に、だったのかもしれない。
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