恋の泉の温もりよ

楠富 つかさ

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 夢みたいな時間はあっという間に過ぎて行って、三月中旬。この辺りにはすっかり桜が咲いている時期になった。高校の合格発表が送られてきた。
 私は制服を作るために再び温泉街へとやってきた。お疲れ様会を兼ねたお泊り会以降、週に二回くらいは電話で話す日々を過ごしていた。ゆもりちゃんと彩織ちゃんも無事に合格していて、私たち三人は四月から晴れて湯乃宮高校の高校生になるのだ。制服を仕立てるためのお店は、ゆもりちゃんたちに紹介してもらうのでこのあと合流することになっている。会うのは二か月ぶり……だね。

「お久しぶりです!」
「おっす!」
「元気だった?」
「はい! 二人は?」
「あたしは元気! 彩織もな」
「そうそう、元気だよ~。心ちゃん、なんかちょっと大人っぽくなった?」
「あはは、そうかな? そうだと、ちょっと嬉しいかな」

 他愛もない会話をしながら歩くこと数分、目的の場所にたどり着いた。
 お店の中に入ると、カウンターにいたおばあさんが声をかけてきた。

「あら、いらっしゃい。これから高校生になるお嬢さんかしら?」
「はい! よろしくお願いします!」
「えぇえぇ、それでは採寸するわね。ささ皆さん、どうぞこちらへ」

 私たちは案内されるがままに採寸から生地選びを冬服、夏服、それぞれこなしていく。制服は受け取りにこなくてはならないが、支払いは銀行での払い込みらしいのでこの辺りはお母さんに任せて大丈夫そうだ。

「ねえ、この後さ心の家に行ってみようよ。場所知っておきたいし」
「え? まだ鍵もらってないし引っ越しもしてないよ? 確か、二十七日に鍵もらって荷物も入れてもらうはず」
「けっこうギリギリじゃん。でもほら、場所だけでもさ」

 うーん、確かに。お母さんからもらった地図を見る限りだと、ここから十分くらいで着くみたいだし、ちょっとだけ見てみるのも良いかもしれない。内見の時に一回行ったきりだから、まだ引っ越し先から学校までの距離とかも確認してないし。お店を出た後の予定もないから、私はゆもりちゃんの提案に乗っかって、アパートを目指すことにした。

「あれ? ねぇゆもり。一昨日だからにこの辺りで火事なかったっけ?」
「そういえばあったっけね……確か、木造の古いアパートで大家さんのうっかりで出火したんじゃなかったっけ?」

 歩きながら話していると、ゆもりちゃんがそんなことを言い出した。たしかに、このあたりは木造のアパートが多いとは聞いていたけど、まさか……ねぇ?

「私の記憶がよっぽど間違ってなければ、引っ越し先……あそこなんだよね」

 遠目に見える規制線に慌てて駆け寄ってみれば、内見の時に目印にしていた円筒型の懐かしいポストが近くにあり、私はがっくりと項垂れてしまった。

「心――うちにおいでよ」
「ゆもりちゃん……うん! 一緒に、働きたい!」
「心ぉ! えへへ、よろしくね!!」

 花菱心15歳、期待と不安の一人暮らしはふいになっちゃったけど、高校入学前から友達ができて、その友達の家が旅館で、住み込みで働くことになりました! やっぱり不安は少しあるけれど、それ以上に楽しみで……いつか、ゆもりちゃんに好きだって伝えられるように、私、頑張ります!!




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