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ファイル１６ 人の一生と不動産屋 ４月２２日金曜日

　 明日はいよいよ寺島さんのオレンジハイツの契約なのだが、三咲ちゃんは他にもあれこれと契約を抱えて大忙しの雰囲気だった。社長からはだいたいの人が引っ越しを終えて閑散期に入る頃合いだって言っていたというのに。

「今、三咲ちゃんが抱えている契約の中には気分転換で引っ越す人のも含まれているからね。そう言った人たちは引っ越し業者を安く使える繁忙期後のタイミングを狙って引っ越すんだよ。気分転換が一番の理由だから、逆に物件が減っている時の方が探しやすいし、なんなら退去したお部屋が募集を開始するようなタイミングが今だからね」

　三咲ちゃんが抱える契約に使うちょっとした書類や資料を集めながら処理をしていると、社長がひょいっと私の顔を覗き込むように話しかけてきた。

「気分転換でお引越しされる方なんているんですか？」
「たまにだけどね。今よりちょっと家賃が安くなるからとか、あるいは近所との関係が億劫になったとか、バイト先が変わって通勤が大変とか、こまごまとした理由を一緒くたにまとめた時にふっと出てくる理由が、気分転換かなぁ。あとは交際相手と別れて住所を変えたい、みたいな理由もあるかもね。でもそれを馬鹿正直に伝える人もいないだろうからね、そういう人も転居理由に気分転換って書くかもね」

　なるほど。とりわけ最後の理由は、正直に書いたらDVとかストーカーとか、そういう面倒ごとが生じちゃいそうだというリスクを隠せるわけだし、不動産屋側で気分転換っていう引越し理由があることを承知していて、かつ認めてくれるのであれば嬉しい話かもしれない。

「お仕事とか学校とか、どうしてもそこに引っ越さないといけない理由が、必ずしもない方たちっていうのは多いよ。ちょっと一人暮らししたくなったとか、そういうのもあるし。そう言った方って、ひょんなことからすぐ転居を考える方たちだから、そういった方からのクレームこそ気を付けた方がいいかもね。あっさり出ていってしまうから。未然に防ぐくらいの心構えじゃないと。まぁ、逆に不動産屋としては同じ物件に長らく住まれるよりは、一定の周期で引っ越してもらった方がありがたいんだけど」
「それは、仲介手数料が入るからですか？」
「もちろん。だからこそ、そういう方にうちのリピーターになってもらうことが大事だよね。うちは不動産屋としてはまだまだひよっこだからさ、リピーターらしいリピーターっていうのはそれこそ駐車場の方くらいしかいないけど、お住まいでもテナントでも、あるいは売買でも、同じお客様と一生涯のお付き合いをしていけるお仕事なんだよ、不動産屋さんってさ」

　カップルに賃貸のお部屋を借りてもらい、子供が生まれたらより広い賃貸物件に、ほどなくしてまた手狭になれば今度は家の購入で携わり、子供が独り立ちする頃にはまたその子へ賃貸を紹介する、子供が遠方で独立してそちらに両親も引っ越すとなれば、地元に残った家を中古住宅として売買するか賃貸として貸し出す。
　賃貸、売買、管理どれもやるリリィエステートなら、これだけ携わる機会があるのだと社長は力説する。

「人の一生に携わるってすごく重大だよね。だからやりがいがあるんだよ。ふふ、いいこと言うでしょ？」

　最後に社長はお茶目にウィンクするのだった。