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ファイル07 入居申込書を書いてもらおう 4月9日土曜日
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入社当初、社長はこの時期にはみんな物件を決めちゃってるから暇、なんて言っていたけれど、土曜日になれば電話は何件もくるし、中には内見を希望するお客様もいるので、そういった問い合わせは三咲ちゃんに代わってもらって、今も実際に三咲ちゃんは物件に出かけてしまった。
……そう、三咲ちゃんは今不在なのだ。そんな中、あるお客様が来店された。
「あれぇ、この前お部屋見せてくれたおっぱい大きいお姉さんいないの?」
「こら菜月っ」
繰り返す。三咲ちゃんは今不在なのだ。
来店したのはオレンジ色のワンピースを着た明るい茶髪の女性と、その人より少し年上っぽい黒髪をきちっとお団子にしたお姉さん、そして二歳になるかならないかくらいの女の子だった。女の子は社長に案内されて店内のキッズコーナーで遊んでいる。
「私は寺島花月。こっちが妹の菜月。あの子は菜月の娘で」
「姫菜ちゃんだよ。可愛いでしょう。もうね、最近は――」
「菜月っ!」
……どうしたらこんなに似ない姉妹が育つんだろう。というか、菜月さんの声には聞き覚えがあるような。そうだ、この前の日曜に電話で問い合わせをしてきたお客様だ。朝からこのハイテンションボイスで頭がうぎゃってなったんだった。
「えっと、申し遅れました。賃貸営業を担当しております有働七瀬と申します」
私が名刺を出すと、花月さんも名刺を出してくれた。受け取った名刺を見ると……なるほど、地元の銀行の名前が印字されていた。
「ありがとうございます。寺島様は先日オレンジハイツ南町を内見されたお客様でお間違いないでしょうか?」
「あ、そうそう。あのオレンジ色の建物ね。あたしオレンジ色大好きで、なんかビビッときちゃったんだよね」
「そうなんですね、ありがとうございます。あ、お飲み物お持ちしますが何にしますか?」
「ん、じゃあ、あたしと姫菜ちゃんはオレンジジュースでお姉はどうせコーヒーでしょ?」
「どうせとか言わないでよね。コーヒー、ブラックでお願いします」
飲み物を出すことを口実にいったん接客ブースを離れ、飲み物を用意しつつ専務に今後の対応をどうしたらいいか尋ねる。
「借りる前提なら申込書を書いてもらいなさい。もし他の物件も見たいようなことを言うなら、資料を提示してあげればいいわ。内見希望なら私も同行するから、頑張って」
専務からのありがたい応援を受け、取り敢えず飲み物をサーブする。社長から私の分は?と聞かれたけど、今はスルーしておく。
一応、昨日も一昨日も物件を見るだけじゃなくて契約前に何が必要かはちゃんと教わっているのだ。大丈夫、きっと大丈夫。
「先日ご覧いただいた物件、気に入っていただけましたか?」
「はい。きっかけは菜月の好みでしたが、私の職場からも車なら近い距離ですし、駐車場も一台は無料のようですし、このお部屋に決めようと思います」
「ありがとうございます。こちらが申込書なのですが、二種類ございまして――」
実際にお客さんに説明するのは初めてなんだけど、賃貸物件への申込書は二種類書いてもらっている。片方がリリィエステートへの申込書で、もう片方は保証会社といって連帯保証人の代わりみたいなことをする会社への申込書だ。厳密には連帯保証人とは違う部分も多々あるらしいが、そこまでまだ覚えきれていない。
「本日、印鑑はお持ちでしょうか?」
「えぇ、持ってます。朱肉をお借りしても?」
「はい、ご用意いたします」
朱肉とゴムマット、あと印鑑をぬぐうティッシュを取りに席を離れる。流石銀行マン。印鑑持ってるんだ。……銀行マンだからってこともないだろうけど。
その後も順調に書類を書きすすめてもらう。菜月さんが娘さんの方へ行ったので社長はもう席に戻っているようだ。
「お引越しの理由を一応聞いてもよろしいですか?」
「……妹が離婚して、私の住んでいるワンルームに転がり込んできたのよ。だからあんな男やめなさいって言ったのに。……ごめんなさい、そうね可愛い妹と姪のためにも広い部屋に引っ越したかったのよ」
似てないなりに仲のいい姉妹なんだなぁと、優しそうに微笑む花月さんを見て思った。まぁ、あんな男やめなさいって言ったのにって部分では苦々しそうな表情をしていたけれど。いろいろあったんだろうなぁ。
「今のワンルームはセキュリティにこだわって割高だったし、駐車場も別料金でほぼ五万円だったから保証会社の審査は通ると思うわ。あとはシングルマザーとその姉で大家さんの理解が得られるか、かしら?」
「……寺島様、この四月から働き始めた私よりよっぽど賃貸契約に詳しそうですね」
「あら、ありがとう」
私から見て書類の不備はなく、何かあったら連絡しますということで寺島様一行は帰っていった。驚いたのが花月さんが私や三咲ちゃんと同い年で、菜月さんがまだ二十歳ということだ。いろいろあるんだなぁ。
「ただいま戻りました」
テーブルの飲み物を片付けたり、キッズコーナーのお掃除を終えた頃、三咲ちゃんが戻ってきた。
「わぁ三咲ちゃん!! 待ってたよぉ」
「ちょっと七瀬ちゃん、仕事中に三咲ちゃんって呼ばないでって――あぁ、もうつられちゃったじゃない」
そんなやり取りをはさみつつ、書いてもらった申込書を見える。
「これをなな――有働さんが対応してくれたのね、ありがとう! 不備もないし、さっそく保証会社に送って結果を見てから貸主さんに連絡取ろうね」
三咲ちゃんに頭を撫でられて褒めてもらう私だったのだ。
……そう、三咲ちゃんは今不在なのだ。そんな中、あるお客様が来店された。
「あれぇ、この前お部屋見せてくれたおっぱい大きいお姉さんいないの?」
「こら菜月っ」
繰り返す。三咲ちゃんは今不在なのだ。
来店したのはオレンジ色のワンピースを着た明るい茶髪の女性と、その人より少し年上っぽい黒髪をきちっとお団子にしたお姉さん、そして二歳になるかならないかくらいの女の子だった。女の子は社長に案内されて店内のキッズコーナーで遊んでいる。
「私は寺島花月。こっちが妹の菜月。あの子は菜月の娘で」
「姫菜ちゃんだよ。可愛いでしょう。もうね、最近は――」
「菜月っ!」
……どうしたらこんなに似ない姉妹が育つんだろう。というか、菜月さんの声には聞き覚えがあるような。そうだ、この前の日曜に電話で問い合わせをしてきたお客様だ。朝からこのハイテンションボイスで頭がうぎゃってなったんだった。
「えっと、申し遅れました。賃貸営業を担当しております有働七瀬と申します」
私が名刺を出すと、花月さんも名刺を出してくれた。受け取った名刺を見ると……なるほど、地元の銀行の名前が印字されていた。
「ありがとうございます。寺島様は先日オレンジハイツ南町を内見されたお客様でお間違いないでしょうか?」
「あ、そうそう。あのオレンジ色の建物ね。あたしオレンジ色大好きで、なんかビビッときちゃったんだよね」
「そうなんですね、ありがとうございます。あ、お飲み物お持ちしますが何にしますか?」
「ん、じゃあ、あたしと姫菜ちゃんはオレンジジュースでお姉はどうせコーヒーでしょ?」
「どうせとか言わないでよね。コーヒー、ブラックでお願いします」
飲み物を出すことを口実にいったん接客ブースを離れ、飲み物を用意しつつ専務に今後の対応をどうしたらいいか尋ねる。
「借りる前提なら申込書を書いてもらいなさい。もし他の物件も見たいようなことを言うなら、資料を提示してあげればいいわ。内見希望なら私も同行するから、頑張って」
専務からのありがたい応援を受け、取り敢えず飲み物をサーブする。社長から私の分は?と聞かれたけど、今はスルーしておく。
一応、昨日も一昨日も物件を見るだけじゃなくて契約前に何が必要かはちゃんと教わっているのだ。大丈夫、きっと大丈夫。
「先日ご覧いただいた物件、気に入っていただけましたか?」
「はい。きっかけは菜月の好みでしたが、私の職場からも車なら近い距離ですし、駐車場も一台は無料のようですし、このお部屋に決めようと思います」
「ありがとうございます。こちらが申込書なのですが、二種類ございまして――」
実際にお客さんに説明するのは初めてなんだけど、賃貸物件への申込書は二種類書いてもらっている。片方がリリィエステートへの申込書で、もう片方は保証会社といって連帯保証人の代わりみたいなことをする会社への申込書だ。厳密には連帯保証人とは違う部分も多々あるらしいが、そこまでまだ覚えきれていない。
「本日、印鑑はお持ちでしょうか?」
「えぇ、持ってます。朱肉をお借りしても?」
「はい、ご用意いたします」
朱肉とゴムマット、あと印鑑をぬぐうティッシュを取りに席を離れる。流石銀行マン。印鑑持ってるんだ。……銀行マンだからってこともないだろうけど。
その後も順調に書類を書きすすめてもらう。菜月さんが娘さんの方へ行ったので社長はもう席に戻っているようだ。
「お引越しの理由を一応聞いてもよろしいですか?」
「……妹が離婚して、私の住んでいるワンルームに転がり込んできたのよ。だからあんな男やめなさいって言ったのに。……ごめんなさい、そうね可愛い妹と姪のためにも広い部屋に引っ越したかったのよ」
似てないなりに仲のいい姉妹なんだなぁと、優しそうに微笑む花月さんを見て思った。まぁ、あんな男やめなさいって言ったのにって部分では苦々しそうな表情をしていたけれど。いろいろあったんだろうなぁ。
「今のワンルームはセキュリティにこだわって割高だったし、駐車場も別料金でほぼ五万円だったから保証会社の審査は通ると思うわ。あとはシングルマザーとその姉で大家さんの理解が得られるか、かしら?」
「……寺島様、この四月から働き始めた私よりよっぽど賃貸契約に詳しそうですね」
「あら、ありがとう」
私から見て書類の不備はなく、何かあったら連絡しますということで寺島様一行は帰っていった。驚いたのが花月さんが私や三咲ちゃんと同い年で、菜月さんがまだ二十歳ということだ。いろいろあるんだなぁ。
「ただいま戻りました」
テーブルの飲み物を片付けたり、キッズコーナーのお掃除を終えた頃、三咲ちゃんが戻ってきた。
「わぁ三咲ちゃん!! 待ってたよぉ」
「ちょっと七瀬ちゃん、仕事中に三咲ちゃんって呼ばないでって――あぁ、もうつられちゃったじゃない」
そんなやり取りをはさみつつ、書いてもらった申込書を見える。
「これをなな――有働さんが対応してくれたのね、ありがとう! 不備もないし、さっそく保証会社に送って結果を見てから貸主さんに連絡取ろうね」
三咲ちゃんに頭を撫でられて褒めてもらう私だったのだ。
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