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ファイル01 初勤務 4月1日金曜日
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四月一日金曜日。内定から一週間程度の期間しかなかったが、その間に諸々の準備のために奔走した。就業規則には、制服はないのでオフィスカジュアルでお越しくださいと書いてあったので、それっぽい服を買いそろえたり(結局スーツが安かったのでスーツを買った)通勤用の定期を買ったりその他もろもろだ。
「おはようございまーす」
緊張もありおそるおそる会社に入る。営業時間は午前十時から午後六時で就業時間は午前九時半から午後六時半かつ休憩一時間の八時間労働となる。朝がゆっくりなのは助かる。
定休日は火曜と水曜だけどお客さんの都合で変動もある、そんな感じらしい。
「おはよう七瀬ちゃん」
「社長! おはようございます」
社長に案内されて事務スペースへ通される。上座に高そうな木製の机が二つあって、下座側には一般的な金属の事務机が四つくっつけて島が形成されている。
「七瀬ちゃーん!!」
私を見るなりぎゅっと抱き着いてきたのは……え、まさか!?
「うそ、三咲ちゃん!? なんで、え? 東京で仕事してるんじゃないの??」
建原三咲ちゃんは私の高校時代の同級生。東京にある大学に進学して、そのままそっちで働いていると聞いたのだが……。
「彼女がうちの営業係長だよ。東京の不動産屋でセクハラに悩まされているっていうから、引き抜いてきちゃった」
三咲ちゃんは高校時代からナイスバディでお馴染みだったから、正直東京の大学しかも共学校に行くと聞いた時はかなり驚いた。自分が就活にこけてからほとんどメッセージのやり取りをしなくなっちゃったけど、三咲ちゃんも三咲ちゃんで悩んでいたんだなぁ。なんか、過去の自分がちっぽけでちょっとブルーになる。
「これからよろしくね。あ、でも一応先輩後輩というか上司と部下になるわけで……仕事中は三咲ちゃんって呼んじゃ、めっだよ。う、有働さん!」
なんだか生き生きとしてるなあ。三咲ちゃん……もとい、建原係長。うわぁ、言いづらいな。
「ぜ、善処します」
そんな私たちを眺めているのが面接の日はすっかり社長だと思っていたマダム専務ともう一人若い女性。二歳から五歳くらい年上だろうか。三十にはなっていないだろうといった感じだ。
「彼女がうちの総務部長。人事も経理もなんでもできるから、働いていて困ったら彼女を頼りなさい。ちょっと人見知りだけど半年もすれば慣れるわ。私は慣れた。ちなみに専務とは親子よ」
社長による紹介でとりあえずこの職場で働く仲間たちがよく分かった。
「じゃあ七瀬ちゃん初仕事、外の電光掲示板をオンにしてきて。営業中って出るから」
社長に言われてお客さん用の自動ドアを抜けて外に出る。キャスターのついた縦長の電光掲示板をコロコロと押して外の電源にコンセントを挿す。
白を基調としたおしゃれな一軒家みたいな外観の店舗、駐車場もけっこうな台数あるし植栽と呼ぶには立派すぎる楠もあるし、不動産屋さんというよりカフェみたいな建物だ。……というか昔、ここカフェだったような……。カフェというよりもっと硬派な喫茶店というか。学生じゃ入らないような感じだったから、覚えてないけど。
外から戻ると社長がデスクでコーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいた。横顔なんて幼いとかあどけないと表現しても差し支えなさそうだけど、社長……何歳なんだろう。というか、そんな暇そうにしてていいのかな?
「あ、七瀬ちゃん。来てもらって悪いんだけどさ、四月って新生活のためにお部屋を探す人が探し終わったタイミングだから実は暇なの。まあ、楽にしていて。もしお客さんが来たら三咲ちゃんとツーマンセルで動いてね」
「え、なんか朝礼とかないんですか」
「ないよー。ぬるっと来てぬるっと仕事してぬるっと帰る会社だから。ちなみに給料は月末締めの十五日支払いだから、七瀬ちゃんの初任給は五月十五日だね。遠いね。頑張ってー!」
そういわれたところでお客さんはなかなか来ず、一時間に一本か二本鳴る電話の取り方をひたすら三咲ちゃんに教わりつつ、コピー取ったりごみ捨てしたり、書類のファイリングをしたり、こまごまとした作業をこなしていたら、あっという間に夕方になっていた。
「お、お電話ありがとうございます。リリィエステート有働が承ります」
『あら、新人さんかしら。第七生命の乾といいます。建原さんはいるかしら』
電話の相手は生命保険の会社さん。落ち着いた女性の声だ。三咲ちゃんに繋ごうとしたら、ちょうど別の電話に出てしまった。電話番は新人のお仕事らしいから、出るのは私か三咲ちゃんだけだ。気まぐれに社長が出るときもあるけど。
「ただいま建原は別の電話に出ておりまして――」
『なら伝言でお願い。借りている駐車場を二台追加したい。使用開始日は週明け月曜日、契約もその日の午後二時くらいがいわね。時間については月曜の午前にまた連絡ください』
メモがミミズののたうち回ったような字になってしまうが、重要な部分だけ丁寧に書き直しながら復唱する。
「お借りしている駐車場を二台、追加ですね。月曜から使用開始で同じく月曜の午後二時に契約をご希望、はい。申し伝えます。……はい、有働が承りました」
ふぅ……。一年ろくに働いてない人間としてはやはり電話で人と話すというだけで十分疲れる。
「有働さん、今のは第七生命から?」
同じく電話を終えた三咲ちゃんに聞かれる。報告、報告っと。
「はい、借りている駐車場を二台追加したいって。月曜日の二時に契約したいそうです。み……建原係長に言えば分かるって」
「なるほど。ちょうどいいね。じゃあ明日は駐車場の契約書を作ろうか。簡単だから安心して。一台分は私が作るから、それを真似て作ってくれればいいから」
いきなり契約書作るって、簡単と言われてもなかなか緊張するものがある。
「取り敢えず明日からだから、今日はもう共有フォルダの業務日報に今日やったことを書き始めちゃって」
そうして私の勤務初日は、社長風に言えばぬるっと終わったのだった。
「おはようございまーす」
緊張もありおそるおそる会社に入る。営業時間は午前十時から午後六時で就業時間は午前九時半から午後六時半かつ休憩一時間の八時間労働となる。朝がゆっくりなのは助かる。
定休日は火曜と水曜だけどお客さんの都合で変動もある、そんな感じらしい。
「おはよう七瀬ちゃん」
「社長! おはようございます」
社長に案内されて事務スペースへ通される。上座に高そうな木製の机が二つあって、下座側には一般的な金属の事務机が四つくっつけて島が形成されている。
「七瀬ちゃーん!!」
私を見るなりぎゅっと抱き着いてきたのは……え、まさか!?
「うそ、三咲ちゃん!? なんで、え? 東京で仕事してるんじゃないの??」
建原三咲ちゃんは私の高校時代の同級生。東京にある大学に進学して、そのままそっちで働いていると聞いたのだが……。
「彼女がうちの営業係長だよ。東京の不動産屋でセクハラに悩まされているっていうから、引き抜いてきちゃった」
三咲ちゃんは高校時代からナイスバディでお馴染みだったから、正直東京の大学しかも共学校に行くと聞いた時はかなり驚いた。自分が就活にこけてからほとんどメッセージのやり取りをしなくなっちゃったけど、三咲ちゃんも三咲ちゃんで悩んでいたんだなぁ。なんか、過去の自分がちっぽけでちょっとブルーになる。
「これからよろしくね。あ、でも一応先輩後輩というか上司と部下になるわけで……仕事中は三咲ちゃんって呼んじゃ、めっだよ。う、有働さん!」
なんだか生き生きとしてるなあ。三咲ちゃん……もとい、建原係長。うわぁ、言いづらいな。
「ぜ、善処します」
そんな私たちを眺めているのが面接の日はすっかり社長だと思っていたマダム専務ともう一人若い女性。二歳から五歳くらい年上だろうか。三十にはなっていないだろうといった感じだ。
「彼女がうちの総務部長。人事も経理もなんでもできるから、働いていて困ったら彼女を頼りなさい。ちょっと人見知りだけど半年もすれば慣れるわ。私は慣れた。ちなみに専務とは親子よ」
社長による紹介でとりあえずこの職場で働く仲間たちがよく分かった。
「じゃあ七瀬ちゃん初仕事、外の電光掲示板をオンにしてきて。営業中って出るから」
社長に言われてお客さん用の自動ドアを抜けて外に出る。キャスターのついた縦長の電光掲示板をコロコロと押して外の電源にコンセントを挿す。
白を基調としたおしゃれな一軒家みたいな外観の店舗、駐車場もけっこうな台数あるし植栽と呼ぶには立派すぎる楠もあるし、不動産屋さんというよりカフェみたいな建物だ。……というか昔、ここカフェだったような……。カフェというよりもっと硬派な喫茶店というか。学生じゃ入らないような感じだったから、覚えてないけど。
外から戻ると社長がデスクでコーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいた。横顔なんて幼いとかあどけないと表現しても差し支えなさそうだけど、社長……何歳なんだろう。というか、そんな暇そうにしてていいのかな?
「あ、七瀬ちゃん。来てもらって悪いんだけどさ、四月って新生活のためにお部屋を探す人が探し終わったタイミングだから実は暇なの。まあ、楽にしていて。もしお客さんが来たら三咲ちゃんとツーマンセルで動いてね」
「え、なんか朝礼とかないんですか」
「ないよー。ぬるっと来てぬるっと仕事してぬるっと帰る会社だから。ちなみに給料は月末締めの十五日支払いだから、七瀬ちゃんの初任給は五月十五日だね。遠いね。頑張ってー!」
そういわれたところでお客さんはなかなか来ず、一時間に一本か二本鳴る電話の取り方をひたすら三咲ちゃんに教わりつつ、コピー取ったりごみ捨てしたり、書類のファイリングをしたり、こまごまとした作業をこなしていたら、あっという間に夕方になっていた。
「お、お電話ありがとうございます。リリィエステート有働が承ります」
『あら、新人さんかしら。第七生命の乾といいます。建原さんはいるかしら』
電話の相手は生命保険の会社さん。落ち着いた女性の声だ。三咲ちゃんに繋ごうとしたら、ちょうど別の電話に出てしまった。電話番は新人のお仕事らしいから、出るのは私か三咲ちゃんだけだ。気まぐれに社長が出るときもあるけど。
「ただいま建原は別の電話に出ておりまして――」
『なら伝言でお願い。借りている駐車場を二台追加したい。使用開始日は週明け月曜日、契約もその日の午後二時くらいがいわね。時間については月曜の午前にまた連絡ください』
メモがミミズののたうち回ったような字になってしまうが、重要な部分だけ丁寧に書き直しながら復唱する。
「お借りしている駐車場を二台、追加ですね。月曜から使用開始で同じく月曜の午後二時に契約をご希望、はい。申し伝えます。……はい、有働が承りました」
ふぅ……。一年ろくに働いてない人間としてはやはり電話で人と話すというだけで十分疲れる。
「有働さん、今のは第七生命から?」
同じく電話を終えた三咲ちゃんに聞かれる。報告、報告っと。
「はい、借りている駐車場を二台追加したいって。月曜日の二時に契約したいそうです。み……建原係長に言えば分かるって」
「なるほど。ちょうどいいね。じゃあ明日は駐車場の契約書を作ろうか。簡単だから安心して。一台分は私が作るから、それを真似て作ってくれればいいから」
いきなり契約書作るって、簡単と言われてもなかなか緊張するものがある。
「取り敢えず明日からだから、今日はもう共有フォルダの業務日報に今日やったことを書き始めちゃって」
そうして私の勤務初日は、社長風に言えばぬるっと終わったのだった。
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