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#9 復帰
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「お姉さま!!」
いつしか眠ってしまっていた私を起こしたのは、実妹――露辺萌花だった。萌花は私たちの隊に所属する渡辺あやね伍長と同じ初等科の五年生で、授業が終わってすぐに来たのだろう。二時過ぎといった時間帯だ。幸村少佐の姿はない。
「あやねちゃんから聞いて凄く心配だったんだから。また藤城さんが無茶するから……」
「結歌ちゃんのことを悪く言わないであげて」
確かに結歌ちゃんには振り回されている気がするけれど、私がそれを苦に感じたことはない。流石に乙種魔獣と交戦する時は頭を抱えそうになったけれど。
「私ももっと強くなりたい!」
「いい心がけですわね」
私と萌花が話していると、幸村少佐が戻ってきた。何冊もの本を抱えて。
「だ、誰?」
妹の視線が私と少佐の間を行き交う。どう紹介すればいいのか、私には分からない。命の恩人と言えなくも無いが、普通に他校の上級生として紹介すればいいだろうか。私が悩んでいる間に、少佐は普通に自己紹介を始めた。
「初めまして、私は国立第四魔導学園所属、高等部二年の幸村ひかり少佐よ」
幸村少佐は抱えていた本を丸いすの上に置くと、私たちにした時と同じように、スカートの裾をつまんで丁寧に挨拶をした。その上品な挨拶に気圧されつつ、萌花も自己紹介を帰した。
「こちらにいる露辺舞美お姉さまの妹で、露辺萌花と申します。初等科の五年生で、扱いは討伐者見習いです」
討伐者として認定されるためには実際に小型魔獣を討伐しなければならない。萌花は魔力に目覚めているが討伐を経験していない女子児童の一人だ。戦力としてカウントされないため、訓練時のみ帯刀が許可されており今は剣帯を制服の上に装着しているだけだ。
「では、私は自主練がありますから失礼します。お姉さま、お大事に。失礼しました」
萌花を見送ると、一冊の本をわざわざ私のすぐ隣で読み始めた彼女に一声かける。
「にしても……本を読むなら図書館へ居ればいいのに」
目覚めた時もそうだが、彼女はずっと本を読んでいるのだろうか。
「この格好では目立ちますから」
三校は太平洋をイメージさせる淡いブルーと白を基調としたブレザーを制服として採用している。一方で四校は豊かな自然をイメージした濃い緑色のロングワンピース型のセーラー服を制服として採用している。三校の短いスカートに慣れていると、膝下丈の四校のスカートは動きづらそうに思えてならない。
「そもそも貸し出し管理はどうしているんですか?」
「ゲストとしてアカウントを発行してもらったわ。自分のアカウントでも他校の本を借りることは出来るけれど、停学中の身だから。ちなみに、昨晩は貴女と同じ格好で休ませてもらったわ。制服もクリーニングしてもらったし」
なるほど。そう言えば私の私物はどこへ行ってしまったんだろう。腕時計型の通信端末とイヤホンマイク型の通信機器は支給品なので紛失すると始末書ものだ。戦闘時の破損は致し方なしとされるが……。
「貴女の私物なら結歌さん……貴女の前では藤城准佐と呼んだ方が諍いがなさそうね。彼女が部屋に戻しているはずよ。通信機器も刀剣類も」
「貴女は精神干渉か何かそういうタイプのメイガスですか? はぁ……自室に戻ります」
表情に出ていたのだろうか。私はベッドから起きると、全身の怠さをかすかに感じながら、医務官の女性に一声かけて簡易検査をしてもらう。医療系メイガスの彼女のお墨付きを頂いて、医務室を後にする。中学生高校生はまだ授業中ということもあり、医務室のある研究棟には人影が少ない。お陰で人目に触れることなく自室まで戻ることが出来た。
「ただいま」
結歌ちゃんはいないが、二人の部屋だからついそう声に出る。ハンガーに掛けられた制服や、剣立ての置かれた刀と魔剣に胸をなで下ろす。特にグリーディ・メイデンには実戦初投入だというのに無理をさせてしまった。制服に着替え髪を結い上げる。腕時計型の通信端末を身に着け、電源を入れる。結歌ちゃんが充電してくれていたみたい。
魔獣の登場から二百年近く、人類は一時的に文明を後退させたが今は安定成長期に入っているとされている。腕時計型の端末は携帯電話としての役割と、バイタルチェックの役割、インターネットを経由して様々なサービスにアクセスするためのプラットホームとして利用されている。画面の小ささだけが難点なのでパソコンも併用されているのだが。
あと三十分は中等部の授業が終わらない。おそらく結歌ちゃんは医務室に寄っていくだろう。幸村少佐はあそこを根城にしているのだから。とはいえ、医務室に戻って彼女と二人きりというのは非常に居心地が悪い。
「はぁ……結歌ちゃん」
あの時のキスを不意に思い出してしまう。唇が熱い。いくら発情していたとはいえ、流石にやりすぎだった。あんなの、知ってしまったら虜になってもおかしくない。結歌ちゃんの言葉がリフレインする。
――あぁいうこと、私以外にしちゃ、イヤだなぁ――
私も、結歌ちゃんが私以外の誰かとキスしていたらイヤだもの。でも結歌ちゃんのことだから、友愛しかなかろうと同じことを言うんだろう。そういう人だから……。
「やっぱり戻ろう」
たとい気まずかろうと一人でいると鬱屈とした考えに囚われてしまいそうだから。剣帯を装着し、魔剣を佩いて私は自室を後にした。
いつしか眠ってしまっていた私を起こしたのは、実妹――露辺萌花だった。萌花は私たちの隊に所属する渡辺あやね伍長と同じ初等科の五年生で、授業が終わってすぐに来たのだろう。二時過ぎといった時間帯だ。幸村少佐の姿はない。
「あやねちゃんから聞いて凄く心配だったんだから。また藤城さんが無茶するから……」
「結歌ちゃんのことを悪く言わないであげて」
確かに結歌ちゃんには振り回されている気がするけれど、私がそれを苦に感じたことはない。流石に乙種魔獣と交戦する時は頭を抱えそうになったけれど。
「私ももっと強くなりたい!」
「いい心がけですわね」
私と萌花が話していると、幸村少佐が戻ってきた。何冊もの本を抱えて。
「だ、誰?」
妹の視線が私と少佐の間を行き交う。どう紹介すればいいのか、私には分からない。命の恩人と言えなくも無いが、普通に他校の上級生として紹介すればいいだろうか。私が悩んでいる間に、少佐は普通に自己紹介を始めた。
「初めまして、私は国立第四魔導学園所属、高等部二年の幸村ひかり少佐よ」
幸村少佐は抱えていた本を丸いすの上に置くと、私たちにした時と同じように、スカートの裾をつまんで丁寧に挨拶をした。その上品な挨拶に気圧されつつ、萌花も自己紹介を帰した。
「こちらにいる露辺舞美お姉さまの妹で、露辺萌花と申します。初等科の五年生で、扱いは討伐者見習いです」
討伐者として認定されるためには実際に小型魔獣を討伐しなければならない。萌花は魔力に目覚めているが討伐を経験していない女子児童の一人だ。戦力としてカウントされないため、訓練時のみ帯刀が許可されており今は剣帯を制服の上に装着しているだけだ。
「では、私は自主練がありますから失礼します。お姉さま、お大事に。失礼しました」
萌花を見送ると、一冊の本をわざわざ私のすぐ隣で読み始めた彼女に一声かける。
「にしても……本を読むなら図書館へ居ればいいのに」
目覚めた時もそうだが、彼女はずっと本を読んでいるのだろうか。
「この格好では目立ちますから」
三校は太平洋をイメージさせる淡いブルーと白を基調としたブレザーを制服として採用している。一方で四校は豊かな自然をイメージした濃い緑色のロングワンピース型のセーラー服を制服として採用している。三校の短いスカートに慣れていると、膝下丈の四校のスカートは動きづらそうに思えてならない。
「そもそも貸し出し管理はどうしているんですか?」
「ゲストとしてアカウントを発行してもらったわ。自分のアカウントでも他校の本を借りることは出来るけれど、停学中の身だから。ちなみに、昨晩は貴女と同じ格好で休ませてもらったわ。制服もクリーニングしてもらったし」
なるほど。そう言えば私の私物はどこへ行ってしまったんだろう。腕時計型の通信端末とイヤホンマイク型の通信機器は支給品なので紛失すると始末書ものだ。戦闘時の破損は致し方なしとされるが……。
「貴女の私物なら結歌さん……貴女の前では藤城准佐と呼んだ方が諍いがなさそうね。彼女が部屋に戻しているはずよ。通信機器も刀剣類も」
「貴女は精神干渉か何かそういうタイプのメイガスですか? はぁ……自室に戻ります」
表情に出ていたのだろうか。私はベッドから起きると、全身の怠さをかすかに感じながら、医務官の女性に一声かけて簡易検査をしてもらう。医療系メイガスの彼女のお墨付きを頂いて、医務室を後にする。中学生高校生はまだ授業中ということもあり、医務室のある研究棟には人影が少ない。お陰で人目に触れることなく自室まで戻ることが出来た。
「ただいま」
結歌ちゃんはいないが、二人の部屋だからついそう声に出る。ハンガーに掛けられた制服や、剣立ての置かれた刀と魔剣に胸をなで下ろす。特にグリーディ・メイデンには実戦初投入だというのに無理をさせてしまった。制服に着替え髪を結い上げる。腕時計型の通信端末を身に着け、電源を入れる。結歌ちゃんが充電してくれていたみたい。
魔獣の登場から二百年近く、人類は一時的に文明を後退させたが今は安定成長期に入っているとされている。腕時計型の端末は携帯電話としての役割と、バイタルチェックの役割、インターネットを経由して様々なサービスにアクセスするためのプラットホームとして利用されている。画面の小ささだけが難点なのでパソコンも併用されているのだが。
あと三十分は中等部の授業が終わらない。おそらく結歌ちゃんは医務室に寄っていくだろう。幸村少佐はあそこを根城にしているのだから。とはいえ、医務室に戻って彼女と二人きりというのは非常に居心地が悪い。
「はぁ……結歌ちゃん」
あの時のキスを不意に思い出してしまう。唇が熱い。いくら発情していたとはいえ、流石にやりすぎだった。あんなの、知ってしまったら虜になってもおかしくない。結歌ちゃんの言葉がリフレインする。
――あぁいうこと、私以外にしちゃ、イヤだなぁ――
私も、結歌ちゃんが私以外の誰かとキスしていたらイヤだもの。でも結歌ちゃんのことだから、友愛しかなかろうと同じことを言うんだろう。そういう人だから……。
「やっぱり戻ろう」
たとい気まずかろうと一人でいると鬱屈とした考えに囚われてしまいそうだから。剣帯を装着し、魔剣を佩いて私は自室を後にした。
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