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#3 代償
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極力人通りの少ない区画にあるトイレに篭る。ものの本で読んだことはあるけれど、よもやこれほど声を抑えるのが辛いとは思ってもみなかった。一先ず悶々とした気持ちは収まったけれど……脳裏をちらつく結歌ちゃんの痴態に罪悪感と自分への嫌悪感がつらい。
「寮に……戻らなきゃ」
戻ったら多分お風呂の時間だ。戦闘中に汗もかいたし、少し埃っぽい。結歌ちゃんとお風呂……大丈夫、慣れたことだもの。今更、意識することなんてない。
「ただいま」
「おかえり舞美ちゃん。それが魔剣?」
「うん。適合できたよ」
グリーディ・メイデンを渡すと、結歌ちゃんはそれをじっくりと観察する。魔力さえ込めなければただの剣だ。欲望を解放するという代償に反して、象牙色の刀身は美術品のような美しさがあるし、翼の意匠は結歌ちゃんが持つと天使のそれのようにも思える。
「やっぱり魔剣は違うね。私の刀とは全然違う」
結歌ちゃんのようなメイガスは基本的に魔剣と相性が悪い。例外は本人と魔剣、双方の固有魔法が類似していること。だからと言って似た固有魔法の魔剣と必ずしも契約できるとは限らず、結歌ちゃんは魔鋼で出来た一般的な日本刀を得物としている。結歌ちゃんは普段の朗らかな笑顔を引っ込め、剣客の眼差しを浮かべる。
「魔剣と契約した舞美ちゃん、強い?」
この顔だ。私は彼女のこの顔が大好きで大嫌いなんだ。彼女にはただ笑顔でいて欲しいのに。守られるなんて嫌なんだ。
「お風呂の前に、立会する? 勝ったらお願い聞いて貰うなんてどう?」
「いいね。じゃあ、クッキー焼いて貰おうかな」
無邪気な結歌ちゃん。自分の勝ちを疑わない。それは決して驕りじゃない。もし結歌ちゃんが敗北を知ったら、きっと結歌ちゃんは昔の結歌ちゃんに戻ってくれるはず。私の背中にいてくれるはず。結歌ちゃんを守るために、私は結歌ちゃんに勝たないといけない。
腕時計型携帯端末スマートウォッチで訓練場を予約し、魔剣を佩いて向かう。訓練場は十メートル四方で、衝撃が外部に漏れないような設計がなされている。
「準備はいい?」
全身に魔力を行き渡らせる。魔導学園の制服は魔力と相性のいい繊維で、衝撃を受けるとそれを吸収するように性質が変わる。そのおかげで、肋骨が折れる程度までの衝撃から身体を守ることが出来る。
「先に痛打を入れた方の勝ちでいいね」
「うん。始めるよ……」
腰だめに刀を構える結歌ちゃん。グリーディ・メイデンを片手で構え、じりじりと間合いを詰める。踏み込んで斬り上げる。横薙ぎ、刺突、唐竹割り、魔力で強化された連撃を結歌ちゃんは見切って回避する。一度間合いを取って下がるが、そこにすぐさま踏み込んでくる結歌ちゃんではない。カウンターのタイミングを外された。一拍の間をおいて差し込まれる刺突。やるなら……今!
「はぁあ!!!」
魔剣に力を込める。翼を模したエネルギーが刀身から放たれる。完全に出端をくじく一撃になったはず、だというのに。
「せい! やぁ!!!」
衝撃波を上へ弾き、返す刀で袈裟に振り下ろす。迫り来る刀身に、私は縮まらない距離を痛感させられていた。
「……私の、負けだよ」
鳴り響くブザーがほとんど聞こえないくらい、心臓がバクバクしていた。
「寮に……戻らなきゃ」
戻ったら多分お風呂の時間だ。戦闘中に汗もかいたし、少し埃っぽい。結歌ちゃんとお風呂……大丈夫、慣れたことだもの。今更、意識することなんてない。
「ただいま」
「おかえり舞美ちゃん。それが魔剣?」
「うん。適合できたよ」
グリーディ・メイデンを渡すと、結歌ちゃんはそれをじっくりと観察する。魔力さえ込めなければただの剣だ。欲望を解放するという代償に反して、象牙色の刀身は美術品のような美しさがあるし、翼の意匠は結歌ちゃんが持つと天使のそれのようにも思える。
「やっぱり魔剣は違うね。私の刀とは全然違う」
結歌ちゃんのようなメイガスは基本的に魔剣と相性が悪い。例外は本人と魔剣、双方の固有魔法が類似していること。だからと言って似た固有魔法の魔剣と必ずしも契約できるとは限らず、結歌ちゃんは魔鋼で出来た一般的な日本刀を得物としている。結歌ちゃんは普段の朗らかな笑顔を引っ込め、剣客の眼差しを浮かべる。
「魔剣と契約した舞美ちゃん、強い?」
この顔だ。私は彼女のこの顔が大好きで大嫌いなんだ。彼女にはただ笑顔でいて欲しいのに。守られるなんて嫌なんだ。
「お風呂の前に、立会する? 勝ったらお願い聞いて貰うなんてどう?」
「いいね。じゃあ、クッキー焼いて貰おうかな」
無邪気な結歌ちゃん。自分の勝ちを疑わない。それは決して驕りじゃない。もし結歌ちゃんが敗北を知ったら、きっと結歌ちゃんは昔の結歌ちゃんに戻ってくれるはず。私の背中にいてくれるはず。結歌ちゃんを守るために、私は結歌ちゃんに勝たないといけない。
腕時計型携帯端末スマートウォッチで訓練場を予約し、魔剣を佩いて向かう。訓練場は十メートル四方で、衝撃が外部に漏れないような設計がなされている。
「準備はいい?」
全身に魔力を行き渡らせる。魔導学園の制服は魔力と相性のいい繊維で、衝撃を受けるとそれを吸収するように性質が変わる。そのおかげで、肋骨が折れる程度までの衝撃から身体を守ることが出来る。
「先に痛打を入れた方の勝ちでいいね」
「うん。始めるよ……」
腰だめに刀を構える結歌ちゃん。グリーディ・メイデンを片手で構え、じりじりと間合いを詰める。踏み込んで斬り上げる。横薙ぎ、刺突、唐竹割り、魔力で強化された連撃を結歌ちゃんは見切って回避する。一度間合いを取って下がるが、そこにすぐさま踏み込んでくる結歌ちゃんではない。カウンターのタイミングを外された。一拍の間をおいて差し込まれる刺突。やるなら……今!
「はぁあ!!!」
魔剣に力を込める。翼を模したエネルギーが刀身から放たれる。完全に出端をくじく一撃になったはず、だというのに。
「せい! やぁ!!!」
衝撃波を上へ弾き、返す刀で袈裟に振り下ろす。迫り来る刀身に、私は縮まらない距離を痛感させられていた。
「……私の、負けだよ」
鳴り響くブザーがほとんど聞こえないくらい、心臓がバクバクしていた。
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