上 下
2 / 18

#2 魔剣

しおりを挟む
 リノリウムの効いた床にキュッという足音が響く。ラボラトリーには武器職人や研究者が詰めている。乾教官のブースへ行くと、彼女はコーヒーを飲んでいた。

「よく来たね。君ほどの優秀な討伐者が今更どうして魔剣なんかを?」
「追いつきたい人がいるので」

 私が短くそう答えると、乾教官は人の心は難しいと零し立ち上がった。多分……私は単純な方だと思うのだけれど。立ち上がった乾教官に案内され、戦闘訓練すら出来る広い実験室へと通された。私は一階部分へ。教官は二階部分から放送で私に声を送る。

「事前に提出してもらったDNAサンプルで魔剣のデータベースと照合したところ、一番の適合可能性を示した武器がこれだ」

 すると床面の一部が開き、地下から箱がせり出してくる。格納されていたのは象牙色の刀身……およそ金属らしい光沢がないそれは帯びる魔力の属性による影響だった。

「光属性でありながら罪……強欲の名を冠すグリーディ・メイデン。適合率は約80%」

 欲深い乙女、かぁ。魔剣は誰にだって扱える代物ではなく、データベースがはじき出した適合率の一次審査と実際に振るってみてどうかという二次審査を通らないと所有者権限を委譲してもらえない。

「固有魔法は翼状のエネルギー波を放出する魔法。代償は欲望の解放。さあ、持ってみなさい」

 柄は金色、象牙色の刀身はよくよく見れば確かに翼のような形をしている。魔力を流し込んだ途端、身体が熱くなってきた。呼吸が少しだけ浅くなる。欲望の解放? なんの欲だというのだろうか。

「訓練用のドールを出してください」
「あいよ」

 気の抜けた教官の声がしてから、三体のドールが現われた。力を込めて横薙ぎに振るうと固有魔法が発動する。ドールの崩壊を視認すると同時に、心臓が強く脈打つ感覚に襲われる。下腹部がもぞもぞする。なんなの……この感覚は。

「露辺、腹減ったか? 眠くは……なさそうだな」
「空腹感はありませんが、何かを渇望しているような……気分です」
「なるほど、お前の場合は性欲が解放されたわけか。グリーディ・メイデンは持ち主の最も拗らせた欲望を解放する傾向がある。むっつりだったのか。確かにお前、乳でかいからな」
「乾教官!!」

 私が性欲を拗らせている……? まさか。だって私が一番愛しているのは結歌ちゃんだ。彼女に歪んだ感情を抱いているわけがない。この気持ちが欲望であるはずがない……。でも、今……すごく結歌ちゃんに会いたい。彼女を抱きしめて、髪を撫でてあげたい。

「ハァ……ハァ……っく、ふぅ……」

 グリーディ・メイデンを鞘に戻すと、少しだけ気が楽になった。けれど、これでは戦闘どころではないのかもしれない。力は欲しい……欲しいが。これでは二次審査を通るとは思えない。

「適合率は86%と優秀。固有魔法の発動も問題なし。持って行け」
「いいん、ですか?」
「これまでその剣で睡眠欲や食欲を解放された事例は目撃しているが、性欲を解放された事例は見ていない。私が許可する上で、それ以上の理由などないさ」

 ……マッドサイエンティストめ。けれど今は素直に喜ぼう。私の新しい……力。

「通常の武器も携帯することだな。常に魔剣で対応しなければならない敵ばかりではない」
「……それくらいは、分かります」
「私は登録やら諸々の手続きをしておく。下がっていいぞ」
「はい、失礼しました」

 そう言って、やや内股気味になりながら実験室を辞した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君の瞳のその奥に

楠富 つかさ
恋愛
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。それは時に甘く……時に苦い。 失恋を引き摺ったまま誰かに好意を寄せられたとき、その瞳に映るのは誰ですか? 片想いの相手に彼女が出来た。その事実にうちひしがれながらも日常を送る主人公、西恵玲奈。彼女は新聞部の活動で高等部一年の須川美海と出会う。人の温もりを欲する二人が出会い……新たな恋が芽吹く。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

星空の花壇 ~星花女子アンソロジー~

楠富 つかさ
恋愛
なろう、ハーメルン、アルファポリス等、投稿サイトの垣根を越えて展開している世界観共有百合作品企画『星花女子プロジェクト』の番外編短編集となります。 単体で読める作品を意識しておりますが、他作品を読むことによりますます楽しめるかと思います。

恋の泉の温もりよ

楠富 つかさ
青春
 主人公、花菱心は地元を離れてとある温泉街の高校を受験することに。受験の下見がてら温泉旅館に泊まった心はそこで同い年であり同じ高校を受験するという鶴城ゆもりに出会う。  新たな出会いに恵まれた時、熱く湧き上がるのは温泉だけではなくて――  温泉街ガールズラブストーリー、開幕です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

差し伸べられなかった手で空を覆った

楠富 つかさ
ライト文芸
 地方都市、空の宮市の公立高校で主人公・猪俣愛弥は、美人だが少々ナルシストで物言いが哲学的なクラスメイト・卯花彩瑛と出逢う。コミュ障で馴染めない愛弥と、周囲を寄せ付けない彩瑛は次第に惹かれていくが……。  生きることを見つめ直す少女たちが過ごす青春の十二ヵ月。

真紅の想いを重ねて

楠富 つかさ
恋愛
周囲の友達に年上の彼女が出来た主人公、土橋紅凪。彼女自身は恋愛についてよく分からずにいた。 所属している部活は百人一首部。古のラブレターを通して恋に想いを馳せる紅凪。次第に部活の先輩である南ロゼのことが気になり始め……。 星花女子プロジェクト第9弾、始まります!!

君と過ごす16度目の春に

楠富 つかさ
恋愛
幼馴染の二人、始まる高校生活、いつもの距離感が少しだけ変わって……。 両片想いの二人が過ごす百合色の季節。

処理中です...