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Episode4-4 陽炎の新しい目標

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「陽炎ってさ、死神なんだよね」

 橘結芽の居宅を訪ねると、彼女は湯上りだったようで、濡れた髪をタオルで拭きながら私を出迎えた。食事はまだ取っていなかったようなので道中のコンビニエンスストアで購入したおにぎりなどを手渡す。
 それらを食べ終えた橘由芽がふいに尋ねてきたのが先ほどの問いだ。

「あぁ、私は死神として生を受け、死神として生きてきた」
「あの悪魔を倒すのが死神のお役目?」
「厳密に言えば違う。悪魔は人を無作為に襲い、存在の力を奪うことで殺害する。死神はそれらを防ぎ、人があるべき死を迎えられるようにすることを目的にしている」
「なるほど……人の死を守る神様なんだね」

 死神という役職名だが、神と呼ばれる存在とは異なる。むしろ我々は神の被造物にすぎないのだが、この辺りはあまりに世界の真理に触れる部分であるが故においそれと彼女に話し伝えることはできない。

「悪魔たちはどうして存在の力を人から奪うの?」
「悪魔たちは人類の負の感情から生み出されているが、人に感情の波があるように、悪魔の存在もまた不安定なのだよ。だからこそ、存在を保つために人から全ての存在感を奪おうとする」
「人の負の感情から……ねぇ。わりと人みたいな見た目をしていたけど?」
「そうね、悪魔としてかなり脅威を強めている個体よ。シュレイドなんて個体名すら名乗るほどに。名は体を表すなんていう言葉がこの国にはあるようだけれど、実際……名乗る悪魔は強力であるという傾向があるわ」

 人類の感情から生まれる以上、悪魔を根絶することはできない。だが、だからこそ、悪魔の脅威は小さなうちから摘み取らねばならない。我々死神の存在意義は悪魔の討伐……だというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

「弱い悪魔は人の形をしてないってこと? あの毛むくじゃらの化け物みたいに」
「そうね。上級の悪魔は下級の悪魔を使役することがある。あれはシュレイドが使役している悪魔の一体でしょうね」
「なるほどね。そして今、私には悪魔と戦うだけの力がある」
「そうね、私から奪った力よ」
「奪ったなんて人聞きが悪いなぁ。最初にくれたのはそっちじゃん」

 あの時はまさかこれほどの大器だとは思わなかったし、あれほど恐ろしい吸収力だとは思っていなかったのだ。

「ま、協力を惜しむつもりはないし、ここに逗留するなら好きにして。……百合の両親は?」
「死神の力で納得させた。まぁ、いずれ小此木百合の存在は消えてしまうからね……仕方ないことよ」

 仕方ない、か。守れなかった私が何を言うんだという話だが……やはり、私には力が足りないな。だからこそ、目の前の彼女に満ちる力には違和感を覚えずにはいられない。私から注がれた力以外の片鱗を感じる。彼女が戦い方を会得すれば、シュレイドを撃破するのも容易なのかもしれない。

「まぁ、しばらくは世話になる」
「うん。よろしくね、陽炎」
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