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Episode4-2 陽炎の新しい日常(1)

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 一夜明け、私はあの簪で髪を結い非常に淡い赤色の火の粉に包まれる。小此木百合の姿を借りた。今日は月曜日。当たり前だが学生の立場である以上、学校に行かねばならない。悪魔の動きも日中は鈍くなりがちだ。
 小此木百合の記憶を辿ってキッチンに向かい朝食の準備をする。あまりにも力を失いすぎた。食事まで必要になろうとは。基本的に死神は食事を摂る必要が無い。食べれば食材から力を得られるものの、微々たるものであり無理に食事をする必要がない。だが今は違う。体感としての空腹はつらいものがある。

「にしても……この家には食材というものが少なすぎるな」

 ブロック状の携行食糧がいくつか常備されている。それは確かに合理的で陽炎としての私は理解、共感、納得が出来るが小此木百合の記憶……感性がそれを否定する。おそらく、橘結芽と食事を共にした記憶からもたらされる感情なのだろう。食事はきちんとしたものを摂るべきだ。……だが、朝は時間がない。ひとまず家主を起こさなくては。彼女の部屋へ向かい、襖を開ける。

「おはよう、陽炎。なに? 朝ご飯? ……ん、食べるわ」

 どうにも橘結芽は朝に弱いらしい。記憶を辿ってコーヒーの用意をするが……そもそも何故こんなことをしているのかと客観的な自分が悩み始める。一宿一飯の恩義といえばいいのか……。そもそも吸い取られてしまった力が回復するまでは録に身動きが取れない。悪魔はその間にもこの街を荒らしかねないというのに。

「学校、行こうか」

 力がない以上は無理な行動もできない。そもそもここまで弱体化してはやはり支援機構にも出入りできないだろう。なんとか力を取り戻すまでは小此木百合として生活するしかない。
 私たちが通う学校は比較的橘結芽の家から近い。周囲に悪魔が残した形跡がないかを辿りながらも、あっという間についてしまった。

「……なんか、避けられがちね」

 記憶の中にある橘結芽という生徒は、なれ合うわけでもないが表面的な付き合いはちゃんとあるし避けられているような雰囲気というものはなかったのだが……。なるほど、存在感が高まりすぎた影響だろう。強い存在感を放つ人間に対して、そうでない人間は近寄りがたいと感じる傾向があるのだ。

「ねぇ、陽炎? その姿のままで大丈夫なの?」
「な、そんなはずはない。簪をしているじゃないか……そうか、君の力が強くなりすぎて私の変装を看破してしまうんだ」

 一体どれほどの力を有しているというのか。おそらく私から吸い取った力を元手に、さらに大きな瓶を満たすように存在の力が高まっているのだろう。にしても、どうしてそんな大器が普通に存在しているのだろうか。……謎は深まるばかりか。

「存在感、力……分からないけれど、満たされた気分は味わえたわ。多少の協力はするつもりよ?」

 本人がそう言っているのだ。取り敢えずこの街に巣くう悪魔を討伐し、力が元に戻る方法を探るとしよう。使いすぎただけなら時間経過で回復するはずなのに、奪われた力が回復する気配がしないのは心配だからな。

「そういえば陽炎は教育を受けたことあるの?」
「……戦闘訓練の間に多少の座学があった程度だ。こうした学び舎できちんとした授業を受けたことはない。小此木百合の記憶に頼りすぎず、自らも多少は学ぼうと思ってはいる」

 あまりこの生活に馴染みたくはないが、今は仕方が無い。学校というものを、せめて満喫させてもらうとしよう。
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