雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第30話 Side:雪絵

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 文化祭前日、準備も万端な美術室に二枚だけ布で覆われた絵が飾られている。私の作品と白雪さんの作品だ。年末で退任するという顧問の緒方先生が、部長とエースの作品だから当日まで隠しておこうと言い出したのだ。
 先生は先週くらいから時折、私の作品にいろいろと質問をしてきた。画題を決めた経緯とか、こだわりとか。私のつたない説明で何かを察したらしく、なんやかんやで白雪さんの絵と並べて置かれている。

「先輩、お待たせしました」
「ううん、いいの」

 そんな二枚の絵の前に、私は白雪さんを呼び出した。想いを伝えるために。
 正直、受け入れてもらえるかどうかは五分五分といったところだけれど、私なりの決意というか覚悟というか、プライドってやつだった。聞けば叶美も恵玲奈も告白された側らしい。だから私は砕けようがなんだろうが、自分から告白すると決めていた。
 それに、もし受け入れてもらえたら……文化祭を一緒に回れるから。もう三年生なのだ、恥をおそれて後悔なんてしている暇はない。

「一足先に、私の絵を……白雪さんに見てほしくて」

 そう言って絵にかけてある布を取り払う。私が描き続けた空、場所も時間も違うその空で、今回選んだのは……。

「タイトルは”払暁”……もっと分かりやすく言えば夜明け、だね」
「……いい絵だと、思います」
「そう?」

 愛とか恋とかよく分からなくて、なにも照らしてくれるものもなく迷っていて私を照らしてくれた光……私なりに目の前の彼女を思って描いた一枚だ。

「なんか惹かれる……心を動かしてくれる一枚だと思います。これからの未来に希望が見いだせる、そんないい絵ですよ」
「ありがとう。……はっきり言うわ。私、貴女が好き。貴女への恋心を込めて描いた絵よ」

 白雪さんは何も言わず、胸元に添えていた手をぎゅっと握った。口も拳も固く結び、逡巡するような、感心するような、意図の汲み取れない表情のままだ。

「……ふふ、本当に恋心で絵の質が変わるのね。不思議、ひょっとしたら……これも、そうなのかな。雪絵先輩、これがわたしなりの答えです」

 そう言って彼女は、この場でもう一枚の隠されていた絵の全貌を私に明かした。
 それは桜が咲く山のふもとから、雪が残る山の頂を目指す二羽の鳥が描かれた一枚だった。二羽の鳥のうち、上にいる鳥が羽を下ろし、もう一羽が上げることで、その羽ばたく姿がまるでハートのように見える。

「言葉にしなくちゃ分かりませんか?」

 絵を見たまま黙り込む私に、いたずらっぽく微笑む白雪さん。そんな彼女の茶目っ気に便乗したくなってしまう。

「せっかくだから、聞かせてもらおうかしら」

 愛の告白なんて、これから先二度としないかもしれない、されないかもしれない。それに、好きだからこそ、正面から答えてほしい。

「佐伯雪絵先輩。好きです。今、一番大切な人です。それを伝えるために、この絵を描きました。……もう、全部言わせるつもりですか?」
「そうよ。その絵に込めた想い、全部聞かせて」
「先輩、けっこう強欲ですね……もう。咲桜から雪絵へって意味で、麓に桜が咲いていて、山頂に雪が残っています。この二羽の鳥がわたしたち。山頂っていう厳しい方向へ向かっているけど、二人なら……大丈夫って意味です」

 芸術家肌の彼女がそこまで考えて描いてくれた絵だ。筆致も色使いも精巧で描かれたその世界に引きこまれる。

「じゃ、じゃあ……えっと、明日の文化祭は一緒に見て回るってことで、いいんだよね?」
「それはもちろん。だって彼女ですから。……ねえ先輩、もしよかったら……咲桜って呼んでくれませんか?」

 その可愛いおねだりに、つい抱きしめてしまった。

「咲桜……私のことも、雪絵でいいよ。二人きりの時だけ、ならね。だって、咲桜は私の……彼女だから」
「うん。雪絵……末永く、よろしくね」

 抱擁を解いてはにかみあう。それからふと気づいた。

「ねぇ咲桜。そういえばこの絵のタイトル、聞いてなかったわね」
「えぇ、白雪咲桜にとってのマスターピース……この絵のタイトルは」


――雪と桜のその間――
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