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第29話 Side:咲桜
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夏休みが終わると学校全体が文化祭に向けて残暑より暑く熱気を放つ。私としては、せっかくの作品を制作中に先輩に見られるわけにもいかず、なかなか部活に参加できずにいた。
脳内で決めた構図を実際にスケッチブックに鉛筆書きしてみたら、露骨すぎて情感が足りないように思えてならなかったのだ。特に、二羽の羽ばたいている鳥の翼をハートマークっぽく描くのは流石にストレートすぎて恥ずかしいのでは? となってしまった。
「あら、白雪さん。白雪さん!」
うんうん唸りながら廊下を歩いていると、美術部の顧問、緒方先生に声をかけられた。
緒方先生は五十代も後半だけど女優さんみたいに美しくて歩く時の姿勢も綺麗な人だ。
「緒方先生、どうされました?」
「白雪さん、最近部活に来ないから。……実は先生、年内で退職することになって」
それは唐突な告白だった。事情を聞くと、お母さまが倒れたとのことで、介護のために職を離れることにした、と。先生のお母さんということは、私のグランマと同じくらいか少し上の年齢だろう……。一度大病をしたら完全に復帰するというのは難しいのかもしれない。
「白雪さんの卒業制作が見たかったわね。だって貴女、フランスで有名のあの画家さんでしょう?」
その言葉はさっきの退職宣言よりさらに衝撃的だった。私が目を丸くしていると、先生はにっこりと笑った。
「亀の甲より年の劫、かしら。これでも、今なお画家を目指す画家の卵だもの。目利きは鍛えているわ」
「……先生、教職も画家を目指すこともあきらめて、介護をされるんですか?」
「教職はどうしても諦めなければならないと思うけど、絵を描き続けることはできるわ。四六時中介護が必要ってほど重症でもないし、時間がある限り絵を描こうと思っているわ。変よね、画家なんて目指さずきちんとした仕事をしろって一番うるさかったのは母なのに……」
先生は一瞬だけ遠くを見つめてから、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、昔話なんてしちゃって」
「いえ……じゃあ、昔話ついでに、星花女子って若い先生が多い印象ですけど、なんでか聞いていいですか?」
定年後の再雇用で働いている先生も数名いるけど、四十代五十代の先生が学校の規模に対してかなり少ない印象がある。理事長自身が三十代だし、学校全体が若いっていうのは何となくわかるし、学生からすればいい傾向な気もするけれど。
「そうね、私も若い先生にいろいろ教えてあげつつ定年を迎えたかったわ。まぁ、私と同年代の先生たちって、理事長が交代した時に辞めちゃったのよね。自分より若い……しかも超美人な理事長に従うっていうのを認めたくなかったのかも。……まぁ何人かは、ちょっとやらかしてたみたいだし?」
先生が親指と人差し指をくっつけてお金のポーズをする。……なるほど。
「今はとってもクリーンな職場ね。労働環境もかなり改善されたし、福利厚生も手厚くなったわ。退職金も満額ってわけじゃないけど、そこそこ出してもらえるから。美術部は貴女や北川さん、佐曽利さんといった見ていて楽しい子が多かったから、少し残念だけれど副顧問の先生もいるし、星花女子は美術の先生が多いから大丈夫よね」
年内でいなくなってしまうのは寂しいけれど、裏を返せばつまり年内はいるということだ。文化祭にはいてくれる。
「今度の文化祭、私の最高傑作をお見せしますね」
「それは楽しみ! ふふ、秘密で描いているから部活には来ないの? じゃあ、完成してから誰か見てほしい人が部内にいるのね」
「……そういう目も鋭いんですね」
「うふふ、もし悩んでいるようなら……より分かりやすいものを選んだ方がいいわ。何事も、ね」
分かりやすさ重視、かぁ。
「アドバイスありがとうございます。心に留めておきます」
「えぇ、頑張ってね」
先生と別れて、寮に向けて歩き出す。恥じらいとか外聞とか、全部取っ払って、残ったのが私の本心。だったらそれを全部描けばいい。ハートだろうとなんだろうと、全部、全部ぶつけてしまおう。だから、覚悟していてくださいね……雪絵先輩。
文化祭まであと、二週間――。
脳内で決めた構図を実際にスケッチブックに鉛筆書きしてみたら、露骨すぎて情感が足りないように思えてならなかったのだ。特に、二羽の羽ばたいている鳥の翼をハートマークっぽく描くのは流石にストレートすぎて恥ずかしいのでは? となってしまった。
「あら、白雪さん。白雪さん!」
うんうん唸りながら廊下を歩いていると、美術部の顧問、緒方先生に声をかけられた。
緒方先生は五十代も後半だけど女優さんみたいに美しくて歩く時の姿勢も綺麗な人だ。
「緒方先生、どうされました?」
「白雪さん、最近部活に来ないから。……実は先生、年内で退職することになって」
それは唐突な告白だった。事情を聞くと、お母さまが倒れたとのことで、介護のために職を離れることにした、と。先生のお母さんということは、私のグランマと同じくらいか少し上の年齢だろう……。一度大病をしたら完全に復帰するというのは難しいのかもしれない。
「白雪さんの卒業制作が見たかったわね。だって貴女、フランスで有名のあの画家さんでしょう?」
その言葉はさっきの退職宣言よりさらに衝撃的だった。私が目を丸くしていると、先生はにっこりと笑った。
「亀の甲より年の劫、かしら。これでも、今なお画家を目指す画家の卵だもの。目利きは鍛えているわ」
「……先生、教職も画家を目指すこともあきらめて、介護をされるんですか?」
「教職はどうしても諦めなければならないと思うけど、絵を描き続けることはできるわ。四六時中介護が必要ってほど重症でもないし、時間がある限り絵を描こうと思っているわ。変よね、画家なんて目指さずきちんとした仕事をしろって一番うるさかったのは母なのに……」
先生は一瞬だけ遠くを見つめてから、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、昔話なんてしちゃって」
「いえ……じゃあ、昔話ついでに、星花女子って若い先生が多い印象ですけど、なんでか聞いていいですか?」
定年後の再雇用で働いている先生も数名いるけど、四十代五十代の先生が学校の規模に対してかなり少ない印象がある。理事長自身が三十代だし、学校全体が若いっていうのは何となくわかるし、学生からすればいい傾向な気もするけれど。
「そうね、私も若い先生にいろいろ教えてあげつつ定年を迎えたかったわ。まぁ、私と同年代の先生たちって、理事長が交代した時に辞めちゃったのよね。自分より若い……しかも超美人な理事長に従うっていうのを認めたくなかったのかも。……まぁ何人かは、ちょっとやらかしてたみたいだし?」
先生が親指と人差し指をくっつけてお金のポーズをする。……なるほど。
「今はとってもクリーンな職場ね。労働環境もかなり改善されたし、福利厚生も手厚くなったわ。退職金も満額ってわけじゃないけど、そこそこ出してもらえるから。美術部は貴女や北川さん、佐曽利さんといった見ていて楽しい子が多かったから、少し残念だけれど副顧問の先生もいるし、星花女子は美術の先生が多いから大丈夫よね」
年内でいなくなってしまうのは寂しいけれど、裏を返せばつまり年内はいるということだ。文化祭にはいてくれる。
「今度の文化祭、私の最高傑作をお見せしますね」
「それは楽しみ! ふふ、秘密で描いているから部活には来ないの? じゃあ、完成してから誰か見てほしい人が部内にいるのね」
「……そういう目も鋭いんですね」
「うふふ、もし悩んでいるようなら……より分かりやすいものを選んだ方がいいわ。何事も、ね」
分かりやすさ重視、かぁ。
「アドバイスありがとうございます。心に留めておきます」
「えぇ、頑張ってね」
先生と別れて、寮に向けて歩き出す。恥じらいとか外聞とか、全部取っ払って、残ったのが私の本心。だったらそれを全部描けばいい。ハートだろうとなんだろうと、全部、全部ぶつけてしまおう。だから、覚悟していてくださいね……雪絵先輩。
文化祭まであと、二週間――。
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