雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第18話 Side:雪絵

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 アニメショップ前で合流した私たちの目に飛び込んできたのは、新世代魔法少女マジキュアのシリーズ十五周年記念映画の特大ポスターであった。

「うわ、え? もう、そんなに? 経つわ……」
「すごい! マジキュアがこんなに大きなポスターで……」
「十五年かぁ。そりゃ私らもこの年になるよね」

 私と叶美と恵玲奈がしみじみと見ているのを、白雪さんがいぶかしげな眼差しで見つめている。

「白雪さんマジキュア知らない?」

 もしやと思って尋ねてみると彼女はすぐに頷いた。まさか本当に知らないとは。

「わたしは知ってるよ! 清浄なる波濤! マジカルブルー!!」

 両手の人差し指で水滴の形を二度作って両手を広げる変身モーションまで完璧に再現してくれた北川さん。

「七作目、レインボーマジキュアのブルーね。ちょっと以外なチョイスね」
「同い年の子にはレインボーあんまり人気なかったけど、わたしは好き。五人しかいないけど」

 レインボーは確かにあまり人気が出なかったし、それにブルーは北川さんとはかけ離れたクールでストイックなキャラだ。そういう部分が魅力的に映ったのだろうか。

「私も見てたわ。後で知ったことだけれど、五色の虹ってニュートンが登場する以前では非常にベーシックな考え方だったそうよ」
 忘れがちだけれど城咲さんと北川さんは一歳差だ。私は彼女にどのマジキュアが好きか尋ねた。
「私ですか? そうですね……レインボーの一作前、ミラクルジュエルマジキュアのダイヤかしら。神秘の輝きは女王の証っていう口上も、プリンセスに憧れる年頃だったし響いたわね」
「分かるわ! ミラマジは本当に良かった」

 思わず城咲さんの両手をひしと握り私は何度も頷いた。

「ダイヤは初回にちらっと登場して、本格的な登場は一二話の最後なんだけど、登場直後は主人公達と対立しているのだけれど、影では努力を欠かさず、主人公達のピンチには必ず助けてくれるの。だからダイヤのピンチに主人公たちが駆けつけて、そうして遂に共同戦線を張る三三話は本当に何度でも見られるわ。しかも四十話で一時的に戦えなくなってからの次話で登場ブリリアントスタイル……はぁ、また見たくなってしまったわね」

 特大ポスターからダイヤの姿を見付けるとまた感慨もひとしおである。しみじみと頷く私を白雪さんがその名に相応しい冷たさの視線を送りつけてくる。

「結局、マジキュアって何なんですか?」

 声に不満を盛り込んだ彼女に叶美が口を開いた。

「えっとね、まあ子供向けの魔法少女アニメなんだけど、マジキュアはシリーズ名かつ初代の魔法少女の名前でもあるの。子供向けにしては重いストーリーと熱いバトルシーンで人気が出て、一作目はマジキュア一人で世界救っちゃったから二人にしようっていうことでコンビネーションマジキュアが誕生。二度あることは三度あるみたいな感じで三作目も登場して、すっかり定番化した感じかな」

 そこまで説明すると今度は恵玲奈が補足するように話し始めた。

「毎年新しい魔法少女に交代することで長寿シリーズ特有の途中から入りにくいあの感じとか中弛みみたいなのもないし、漫画とアニメが同時進行だから原作が尽きてアニメオリジナルが始まっちゃうこともないし、ある程度して離れていったファンも、私らみたいに毎年見てるファンも、映画には食いつくし、あと玩具展開も広くてそれだけ……コレになるってことよ」

 親指と人差し指でお金のジェスチャーをする恵玲奈を小突いて、とにかく人気であることだけ言って締めくくった。

「先輩たちも結構子供っぽいんですね」

 白雪さんの感想に苦笑いしつつ、アニメショップ前にそこそこの時間大人数でたむろってしまったので店内に入って買い物を始めた。ひっきりなしに流れる最新のアニメソングと、この雑然としているようできっちり商品が陳列されている辺りが無性に落ち着くので好きなのだ。

「先輩は何か買うんですか?」

 特に見るものがないのか、私の後をついてまわる彼女に聞かれ、せっかくだからマジカルダイヤのストラップでも買おうかと答えた。それから、

「白雪さんもどう、ミラマジ見てみない? ブルーレイ持っているのよ」
「描きたい絵があるので遠慮します。まぁ、帰省の移動中に見るのもありですね」
「あら、夏休みは帰省するのね」

 移動が長くて大変なんですと零す白雪さん。そういえば地元はどこなんだろう。以前、彼女が私の部屋に来たときはぺらぺらと私の生い立ちを話してしまったが、彼女の話は全然聞けなかったように思える。立ち振る舞いの品の良さを考えれば、白雪さんはいいとこのお嬢様だろう。きっと帰省も新幹線か飛行機だろうから、よほど遠方から星花女子に進学したのだろう。北海道や九州……沖縄あたりだろうか。

「地元で何か有名なものはあるの?」

 ……どうして、私はもっと直接的に地元はどこかと問えないのだろう。知りたいけれど……知ってしまうのが怖いような。どうしてだろう。彼女を遠くに感じてしまうから、かしら。

「地元で有名なもの……そうですね、無難ですけどファッションの中心地って感じですよ。わたしはあまりファッションに詳しくないので、今日の服装もルームメイトに選んでもらったんですけどね」

 ファッションの中心地と聞くと東京を思い浮かべてしまうけれど、よくよく考えると彼女を狭い日本の尺度で考えるのは筋違いな気がしてきた。

「その服、よく似合っていると思っていたけど自分で選んだんじゃないのね。でも貴女は何を着ても似合うわね、さっき買い物していてそう思ったもの」

 改めて彼女の服装を褒めると、白雪さんはその整った顔をぐっと私に近づけた。

「先輩はわたしにどんな服を着せたいですか? コーディネートって真っ白なキャンバスに絵を描くことに似ていますよね。さっきマネキンにされて気付いた気がします。……雪絵先輩は、どんなわたしが好きですか?」

 その瞳に吸い込まれてしまいそうだった……なんて表現はありふれているが、彼女の瞳はいっそ私を突き放すような……そんな眼差しに思えて仕方なかった。

「少し二人きりになりませんか?」

 彼女のひんやりとした手に捕まれ私は店内を後にした。うるさいほど店内に鳴り響いていたアニメソングはもう私の耳に届いてはいなかった。
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