雪と桜のその間

楠富 つかさ

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第9話 Side:咲桜

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 雪絵先輩の部屋で勉強を教わる。その展開まで持っていくところまでは、非常にスムーズだった。今朝方、西先輩に雪絵先輩は勉強を教えるのも大丈夫なタイプかを聞き、今日の部活の時間に頼み込んだ。まさか先輩が自室に招き入れてくれるとまでは思ってなかったけれど、先輩らしいシンプルな部屋は思いの外居心地がいい。
 勉強を教わることもそうだし、先輩のことを知るという目的を果たすにはいい流れだと思った。どんな私服を着るのか、化粧品は何を使っているのか、机の上になにか置いていないか、もろもろ気になってはいたがそれなりに強く止められた。まぁ初日から急いでもしょうがないので、それなりに世間話をしていると、りんりん学校の話題が上がり、先輩は行ったことがあるかと訊ねたら首を横に振った。虫や足の多い動物が嫌いらしい。わたしも暑いのが嫌だから、りんりん学校には行かないつもりだ。
 カニしゃぶのくだりから先輩がお嬢様なのではと思って聞いてみたら、先輩はちょっと迷ったような表情を浮かべてから確かに頷いた。家族の話をする先輩は幸せそうで、絵を描き始めるきっかけを教えてくれた。

「思えば私は、いつも誰かのために絵を描いていた気がする」

 先輩は終始穏やかな表情だった。先輩に、どうして絵をかいているのかと訊ねられた時、わたしの自分が描きたいから描くのだという答えは、これまでの先輩を全否定するようなものだと、言い終えてから気付いた。けれど、先輩は穏やかな表情を崩しはしなかった。

「君は、絵を描く星の下に生まれたんだね」

 先輩はぽつりそう呟いてから天井を仰いだ。

「馬鹿だなぁ私……」

 しみじみと呟く先輩の儚げな表情は、絵に集中する時に見せる表情とは違った魅力があって、思わず魅入られてしまった……。

「せ、先輩?」
「あぁ、ごめんね。私、やっぱり誰かのために絵を描くのが好きみたい。だからね、技術ばかり追いかけるのはやめようと思ったの。気付かせてくれてありがとう、白雪さん」

 どのような思考が巡って、そう思ったのかわたしには想像だにしえないけれど、憑物が落ちたような、ほっとした顔をする先輩に、わざわざ詮索する必要も無いと思った。でも、今なら言えることが一つある。

「わたし、入学前に先輩の絵を見たことがあるんです。その時の絵は技術もへったくれもないものでしたが……きらきらしていて、わたしは好きでしたよ」

 言葉にしてしまえば、ひどい言いぐさではあるけれど、先輩は嬉しそうな表情を浮かべてくれた。先輩、こんな表情もするんだなぁ。

「先輩、またきらきらした絵を描けそうですか?」
「きらきら……かぁ。あとは描きたいものを見付けられるか、かな」

 穏やかな表情から一転、思案顔になる先輩に少しだけ苦笑する。

「考えすぎてもいい絵は描けませんよ。もっと肩の力を抜いて」

 先輩をなだめると、思い出したかのようにわたしの持ってきた教科書類を指差して、

「何を描くかはゆっくり考えるとして、取り敢えず今は勉強しようか」

 踏み出してみれば人は意外にも、人を変える力がある……どの教科よりも、そのことを今日のわたしは学んだのだった。
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