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第8話 叶美とかおり

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   そして日曜日。叶美たちは学園前駅に集合していた。叶美はシンプルな薄桃のブラウスに赤いチェックのスカート、モノクロのニーハイソックスにネイビーのローカットスニーカーという装い。雪絵はシフォンのあしらわれた透け感のあるスクエア襟の白ブラウスに、サックスブルーのフレアスカートを合わせる春らしい装い。そしてかおりは、甘ロリ調のふわりとした服装とはギャップのある、ごついリュックサックを背負っている。なおそのリュックには画材とスケッチブックが入っている。同じく、画材とスケッチブックを雪絵はトートバッグに収めている。一番身軽なのはそういった大きな持ち物のない叶美で、ネイビーのハンドバッグを提げているだけだ。 

「かなみちゃん! この前はありがとうございました」 

 集まってまず、かおりは叶美に深々とお辞儀した。リュックの中身が出てしまうのではないかとひやひやする叶美だったが、無事にかおりは姿勢を元に戻した。今日の目的二つのうち一つを済ませると、三人は揃って改札を抜けた。 
 上り方面に五駅、空の宮中央駅を北口へ抜け少し歩いた場所に動物公園はある。わくわくとした様子で今にも走り出しそうなかおりの両手をそれぞれ叶美と雪絵が握る。 

「走っちゃダメだよ」 
「また転んでしまうわよ」 
「はーい」 

 動物公園は広く三人が並んで歩いても道に余裕がある。緑豊かな公園には親子連れや手を繋ぐ少女同士が散見される。 

「デートみたいだね!」 

 不意にかおりが左右の二人を見ながら口にする。叶美は朗らかに、雪絵はやや複雑そうに微笑む。三人は動物公園を足取り軽く進んでいく。するとかおりは、ウサギ小屋の前で足を止めた。今日のお目当てではないのだが、かおりはしゃがみ込んでウサギを眺める。ちなみにこの公園で飼われているのは、ウサギ、カピバラ、ハムスター、羊、ミニチュアホースの他に、保健所に来た中でも人に慣れている犬や猫だ。犬や猫は希望が通れば引き取ることも出来るため、そちらのエリアは人が多い。本日の目当てであるカピバラがいるのは、反対方向のため比較的空いている。 

「ほら、カピバラさんが待ってるよ?」 
「あ、そうだよね。バイバイ、うさちゃん」 

 再び歩き出した彼女たち、その後ろに二人の影。 

「あれ、叶美と雪絵と……誰?」 
「お姉ちゃん、どうしたの?」 

 その正体は西恵玲奈と妹の星玲奈。星玲奈は星花の中等部二年生。三人に気付かれないようじりじりと近付くと、 

「あ、あの子うちのクラスの北川さんだ。北川かおりさん」 

 星玲奈がかおりに気付く。二人はクラスメイトだったのだ。 

「え、星玲奈のクラスメイトとあの二人にどういう繋がりが……新聞部としては見過ごせない」 
「北川さん、確か美術部だよ」 

 気付かれないよう距離を取りながら会話する西姉妹。一方の叶美らは目当てのカピバラが飼育されているエリアまでやってきた。かおりは背負っていたリュックからスケッチブックと画材を取り出すと、リュックを椅子に変形させた。 

「あ、すごい」 

 叶美がぽつりと声を漏らす。かおりが座って絵を描く準備を始めると、雪絵は叶美に一声かけて来た道を戻る。雪絵も既に画題を見付けていた。西姉妹は戻ってくる雪絵に大慌てで隠れる。慌てるのは恵玲奈ばかりで星玲奈は何で隠れるのか分からないまま付き合わされているのだが。恵玲奈が大きく息を吐くと、彼女のスマホが震える。 

「うわ……」 

 確認すると雪絵から後で話があるという内容のメッセージだった。尾行は既に気付かれていたようだ。 

「普通にうろうろしようか」

 そう言って西姉妹は叶美らの側を後にした。姉妹の休日はまだ始まったばかりである。  ところで、カピバラを描き始めたかおりと彼女を側で見守る叶美だが、叶美はかおりの画力に驚きを禁じ得なかった。カピバラはそのシンプルなシルエットとは裏腹に、硬質な毛並みやその濃淡をリアルなタッチで描こうとすると、相応の技術が求められる動物だ。そんなカピバラをかおりはのびやかな筆致でスケッチブックに描いていく。叶美もイラスト部で絵を描いており、かつ雪絵の絵を見続けてきている。叶美と絵との関わりの中でも、かおりの絵はこれまでにない体験であった。黙々とのめり込むように描き続けるその姿に、叶美は春の陽気すら忘れ見入ってしまった。魅入られてしまったのやもしれない。 

「できた……」 

 カピバラが全然動かなかったことも相まって、かおりは瞬く間にカピバラを描き上げた。大きく息を吐いたかおりはいそいそと椅子にしていたリュックに画材を収める。張り詰めていた糸がゆるみ、初めて出逢った時と同様のゆるい雰囲気をまとうようになったかおりに、叶美は俗に言う才能の片鱗を見て取った。おそらくは万人受けしないであろうクセの強いかおりの画風に、叶美は目が離せなくなってしまった。それと同時に、その小さな体躯のどこに筆に込めるエネルギーが込められているのか、絵を通して叶美は北川かおりという少女に引き込まれてしまった。 

「かなみちゃん、あっちにクレープ屋さんがあるから食べに行こうよ。ね?」 
「じゃあ雪絵との集合場所もそこにしよっか。メッセ送るね」 
 
 手を繋いでクレープ屋があるという方向に向かう二人。叶美は雪絵にメッセージを送りつつ、絵を描いていて気付かないという状況を懸念していた。 

「クレープを食べている間に気付いてくれればいいのだけれど」 
「ん?」 
「あ、ううん。なんでもないよ」 

 クレープ屋はいわゆる移動販売車でのお店だった。メニューはシンプルで値段も良心的。叶美はカスタードクリームのものを、かおりはチョコレートクリームのものを選んだ。 

「あ、美味しい」 

 近くのベンチに座り、クレープを頬張る二人。料理好きだが菓子類は買って食べる派の叶美は、特にシュークリームを好み、カスタードクリームには一家言あると自負する彼女も大満足のクオリティであった。 

「かなみちゃん、あーん」 

 不意にかおりがチョコレートクリームのクレープを叶美に差し出す。叶美は一瞬戸惑ったが、好意に甘えることにした。 

「美味しい! じゃあ、かおりちゃんも。どーぞ」 

 叶美はお返しにと、自分のクレープをかおりに差し出す。その微笑ましい光景を、雪絵は少し離れた位置から眺めていた。
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