7 / 20
第7話 美術部のふたり
しおりを挟む
北川かおりは美術部に所属している。新彩岩絵具と呼ばれる絵具を使う彼女は日本画の流れを汲みながら、その筆致は精緻と呼ぶには奔放で、抽象と呼ぶには巧妙であった。絵を描く彼女の横顔はただただあどけないだけの少女のそれではない。美術部副部長、佐伯雪絵はそれを知っていた。そんな彼女は、最近とある人物にご執心だ。
「ゆきえちゃんあのね、かなみちゃんとまたお話したいの。この前のお礼、まだ言ってないし」
かおりはこのところ、しきりに雪絵に叶美の話をねだった。かおりは一つのものに興味を持つとまっすぐ、突き進む傾向があることを雪絵は知っているが、よもやその関心が叶美に向くとは思ってもみなかった。確かにかおりには叶美にお礼を言わねばならない理由がある。雪絵にも既にお礼を言っているし、雪絵はかおりの育ちのよさを実感している。
ただ、どうしても彼女と叶美が惹かれ合うイメージが脳裏に浮かんでしまい、会わせたくないという気持ちが雪絵に芽生えている。それは言わば女の勘でしかないのだが、叶美とかおりは似ていると雪絵には思えてならなかったのだ。
美術室に充満する画材の匂いと差し込む西日。雪絵は絵筆を置いてかおりに向き合う。純真無垢な彼女がもし、叶美と惹かれ合うのなら……雪絵は逡巡する。
「今度、三人でどこかに出掛けましょう。いい?」
「うん!!」
そして雪絵は決めた。どんな結末になろうと、見守るのだと。届かない思いを押し込んで、雪絵は再びキャンバスを見つめる。水彩画のタッチで描かれているのは百合の花とその周りと舞う蝶の姿。それがきっと、叶美と自分の関係なのだと感じながら、雪絵はまた絵筆をとる。一輪しか咲いていなかった百合の隣に、新たに小さな百合の花を描くために。
そしてその日の夜、雪絵は叶美にこう切り出した。
「次の日曜日に、動物公園へ行かない? 私と叶美と、北川さんで」
「へぇ、いいね。楽しそう」
空の宮動物公園は市内中部に位置する市立の動物園で、高校生までは入場料無料という魅力もあり多くの人の憩いの場となっている。大型の動物は全くいないものの、小動物との触れ合いが中心で小中学生にも大人気となっている。
「行くの久しぶりだね。いいの? 恵玲奈は置いてって?」
「この前助けてもらったお礼が言いたいっていう北川さんのお願いなの。あとは夏のコンクールに向けて絵も描き始めないとだから」
「そっか。うん、分かった。行こう」
寮の談話室で話がまとまると、二人は連れだって大浴場へ向かった。星花の寮にそなえつけられている大浴場には熱めのお風呂と温めのお風呂があり、二人はもっぱら温い方でのんびりとするのを好んだ。
「シャンプーのテスターまた違うのになったわね」
浴槽の壁に身体を預けながら、雪絵がぽつりと呟いた。二人ともシャンプーにこだわりがあり、自前のものをお風呂セットに入れて持ってきているが、大浴場にもともとシャンプーなどは置かれている。それは経営母体の天寿が開発しているもので寮生の意見は学校経由で開発にも届いている。
「新しくなると一回は使うんだよねぇ」
「分かる」
ちょうど視線の先で寮生の一人が自前のシャンプーを使わず、備え付けのボトルに手を伸ばした。
「あれ、副会長じゃない?」
「あ、ほんとだ」
湯煙の中、少女達の日々は少しずつ変化をしながら進んでいく。その中心にいる叶美には、まだその自覚はない。
「ゆきえちゃんあのね、かなみちゃんとまたお話したいの。この前のお礼、まだ言ってないし」
かおりはこのところ、しきりに雪絵に叶美の話をねだった。かおりは一つのものに興味を持つとまっすぐ、突き進む傾向があることを雪絵は知っているが、よもやその関心が叶美に向くとは思ってもみなかった。確かにかおりには叶美にお礼を言わねばならない理由がある。雪絵にも既にお礼を言っているし、雪絵はかおりの育ちのよさを実感している。
ただ、どうしても彼女と叶美が惹かれ合うイメージが脳裏に浮かんでしまい、会わせたくないという気持ちが雪絵に芽生えている。それは言わば女の勘でしかないのだが、叶美とかおりは似ていると雪絵には思えてならなかったのだ。
美術室に充満する画材の匂いと差し込む西日。雪絵は絵筆を置いてかおりに向き合う。純真無垢な彼女がもし、叶美と惹かれ合うのなら……雪絵は逡巡する。
「今度、三人でどこかに出掛けましょう。いい?」
「うん!!」
そして雪絵は決めた。どんな結末になろうと、見守るのだと。届かない思いを押し込んで、雪絵は再びキャンバスを見つめる。水彩画のタッチで描かれているのは百合の花とその周りと舞う蝶の姿。それがきっと、叶美と自分の関係なのだと感じながら、雪絵はまた絵筆をとる。一輪しか咲いていなかった百合の隣に、新たに小さな百合の花を描くために。
そしてその日の夜、雪絵は叶美にこう切り出した。
「次の日曜日に、動物公園へ行かない? 私と叶美と、北川さんで」
「へぇ、いいね。楽しそう」
空の宮動物公園は市内中部に位置する市立の動物園で、高校生までは入場料無料という魅力もあり多くの人の憩いの場となっている。大型の動物は全くいないものの、小動物との触れ合いが中心で小中学生にも大人気となっている。
「行くの久しぶりだね。いいの? 恵玲奈は置いてって?」
「この前助けてもらったお礼が言いたいっていう北川さんのお願いなの。あとは夏のコンクールに向けて絵も描き始めないとだから」
「そっか。うん、分かった。行こう」
寮の談話室で話がまとまると、二人は連れだって大浴場へ向かった。星花の寮にそなえつけられている大浴場には熱めのお風呂と温めのお風呂があり、二人はもっぱら温い方でのんびりとするのを好んだ。
「シャンプーのテスターまた違うのになったわね」
浴槽の壁に身体を預けながら、雪絵がぽつりと呟いた。二人ともシャンプーにこだわりがあり、自前のものをお風呂セットに入れて持ってきているが、大浴場にもともとシャンプーなどは置かれている。それは経営母体の天寿が開発しているもので寮生の意見は学校経由で開発にも届いている。
「新しくなると一回は使うんだよねぇ」
「分かる」
ちょうど視線の先で寮生の一人が自前のシャンプーを使わず、備え付けのボトルに手を伸ばした。
「あれ、副会長じゃない?」
「あ、ほんとだ」
湯煙の中、少女達の日々は少しずつ変化をしながら進んでいく。その中心にいる叶美には、まだその自覚はない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
そんなのって反則です!
楠富 つかさ
青春
私、鈴原いのりはひょんなことから一学年先輩の藤堂悠斗先輩の恋を応援することになった。
けれど次第に先輩のことが気になり始めて……だからこそ、離れようとしたのに、先輩からデートのリハーサルに付き合ってほしいと言われ……。
※平成中期(ガラケー最盛期、SNSはあまり普及していない頃)を想定したラブコメです。
雪と桜のその間
楠富 つかさ
青春
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。
主人公、佐伯雪絵は美術部の部長を務める高校3年生。恋をするにはもう遅い、そんなことを考えつつ来る文化祭や受験に向けて日々を過ごしていた。そんな彼女に、思いを寄せる後輩の姿が……?
真面目な先輩と無邪気な後輩が織りなす美術部ガールズラブストーリー、開幕です!
第12回恋愛小説大賞にエントリーしました。
夏の抑揚
木緒竜胆
青春
1学期最後のホームルームが終わると、夕陽旅路は担任の蓮樹先生から不登校のクラスメイト、朝日コモリへの届け物を頼まれる。
夕陽は朝日の自宅に訪問するが、そこで出会ったのは夕陽が知っている朝日ではなく、幻想的な雰囲気を纏う少女だった。聞くと、少女は朝日コモリ当人であるが、ストレスによって姿が変わってしまったらしい。
そんな朝日と夕陽は波長が合うのか、夏休みを二人で過ごすうちに仲を深めていくが。
星恋万花の少女たち ~君の瞳のその奥に~
楠富 つかさ
青春
綺羅星のように輝く少女たちの恋模様は花のごとく咲き誇る。
ずっと恋焦がれていた親友に恋人ができた。主人公の西恵玲奈はじくじくと疼く失恋を押し込めながら部活に励んでいた。そんな折、文芸部で賞を受賞した須川美海という生徒にインタビューをすることになったのだが……。
※本作は以前投降した『君の瞳のその奥に』のリマスター版です。一人称から三人称に変更しました。追加要素を多分に含みます。
惑星ラスタージアへ……
荒銀のじこ
青春
発展しすぎた科学技術が猛威を振るった世界規模の大戦によって、惑星アースは衰退の一途を辿り、争いはなくなったものの誰もが未来に希望を持てずにいた。そんな世界で、ユースケは底抜けに明るく、誰よりも能天気だった。
大切な人を失い後悔している人、家庭に縛られどこにも行けない友人、身体が極端に弱い妹、貧しさに苦しみ続けた外国の人、これから先を生きていく自信のない学生たち、そして幼馴染み……。
ユースケの人柄は、そんな不安や苦しみを抱えた人たちの心や人生をそっと明るく照らす。そしてそんな人たちの抱えるものに触れていく中で、そんなもの吹き飛ばしてやろうと、ユースケは移住先として注目される希望の惑星ラスタージアへと手を伸ばしてもがく。
「俺が皆の希望を作ってやる。皆が暗い顔している理由が、夢も希望も見られないからだってんなら、俺が作ってやるよ」
※この作品は【NOVEL DAYS】というサイトにおいても公開しております。内容に違いはありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる