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第6話 紅葉の日常

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   その日の夜、城咲紅葉はルームメイトとともに中等部桜花寮の大浴場にいた。ルームメイトの長くコシのある髪を洗っていると、不意に彼女に問いかけられた。 

「くれはちゃん、なんだか楽しそう?」 
「えぇ。いい出逢いがあったから。そうそう、お風呂から出たら家族に電話をするから、先に食堂へ行ってて」 
「はーい」 
「じゃあ、流すわよ」 

 紅葉が二年生に上がった時、当時のルームメイトが菊花寮に転出した。そうして新入生だった彼女と新たにルームメイトになり一年。打ち解けるのは早かった。毎朝彼女の髪を、自分と同じように三つ編みにセットするのが紅葉の朝のルーティンになっていた。けっこうな身長差があるルームメイトは、浴槽で紅葉に背中を預けるのを好んだ。紅葉も脚の間にすっぽりと収まる彼女を可愛がっている。 
 ゆったりとした時間を過ごし、大浴場を後にすると紅葉はスマートフォンで母親に電話をかけ始めた。大人びているとはいえ未だ十四歳の紅葉は、遠方に住む両親とこうして電話をするのが大好きだった。 

『もしもし。紅葉? 今日はどんなお話をしてくれるのかしら』 

 家族との電話も毎日ではない。お互いに忙しいし、話題は尽きないものの時間は有限であった。それでも今日は、どうしても話がしたかった。素敵な先輩との出逢いを。 

「気になる人が出来たの」 
『あらあら。年の差は? どんな人?』 
「二年先輩で、大人っぽいけど明るくて素直な感じ、かな」 
『あらまあ。そうなのね。それなら、大人っぽく振る舞うことが大事、子供と思われたらいけないわ。特に紅葉は引っ込み思案だから、自分から行動しないと誰かに盗られてしまうわよ』 

 我が子にそう吹き込む母の声は弾んでいた。紅葉はそんな母のアドバイスに耳を傾けると同時に、相手の性別や詳しい特徴を聞かない母の優しさに感謝していた。 

「自分から行動って、具体的にどうしたらいいの?」 
『それはもうデートよ。デート。空の宮にはいいデートスポットはないの?』 
「知らないよ、デートしたことないんだから」 

 紅葉の声も態度も、普段より子供じみたものになっていた。 

「……デート、か」 

 そんな様を見ている人が一名。彼女のルームメイトであった。お風呂上がりの長電話はきっと喉が渇くだろうと、飲み物を持って紅葉を探していたのだが、デートという単語から恋の話をしているのだろうと察し、そのまま言われたように食堂へと向かった。紅葉はその影を少しだけ視界に捉えたものの、母のかつてのデート体験をまくし立てられ直ぐさま電話へと意識を戻した。 

『やっぱり買い物ね。ウィンドウショッピングはコスパ最強なんだから』 
「え……何も買わないのは流石に気が引けるというか……」 
『真面目ねぇ。流石は私の娘よ』 

 その言葉に紅葉は軽く首をひねる。過保護だが頑固というよりはマイペースな両親、特に母からそのような言葉をかけられるとは予想だにしなかった。 

『そうそう、デート用の服は足りてる? お小遣い送ろうか?』 
「あ、あはは」 

 母の嬉しそうな声に押し切られる形で、お小遣いが送られる運びになった。となるとデート用に新しい服を見繕わねばならない。 

『あと、春休みに帰ってきた時に新しいブラジャーを買ったでしょう? どう? サイズとか形とか』 
「うん。ちょうどいいよ」 
『紅葉はスタイルいいから、ちゃんとアピールするのよ?』 
「アピールって言われても……とにかくデート用の服は新調するね。でも、選ぶの難しそう ……」 
『そこはまぁ、意中の先輩以外の先輩に頼ることね』 

 紅葉の母はそう言って電話を切った。紅葉は何人か部活の先輩を思い浮かべた。なかなかお祭り騒ぎの好きな先輩達を思うと、自分の色恋ではしゃぐことが容易に想像でき紅葉はかぶりを振った。部活の先輩以外に先輩といえばそれこそ、叶美以外と繋がりはない。 

「うぅん……自分で選ぼうかしら」 
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