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第5話 紅葉の物語

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 週明け水曜日。約束通り叶美と紅葉は図書館で向かい合って座っていた。 

「あの、これ……」 

 紅葉が取り出したのは印刷された原稿。叶美はてっきり手書きの原稿が渡されるものと驚いた。紅葉は手書きで初稿を書き、校正しながらパソコンに打ち込む執筆スタイルらしい。 

「短編です。その、すぐに読んで欲しくて」 

 さっきよりも幾分はっきりとした口調で原稿を叶美に手渡す紅葉。それは枚数にして十枚ほど。片面印刷で字数にすると一万ほど。タイトルもなく、一行目から本編のそれを、叶美は読み始める。 
 冒頭は主人公のモノローグ。主人公は売れない小説家で、ルームメイトとして同居している幼馴染のヒモといっても過言ではなかった。さらに言えば主人公は幼馴染に片想いしていた。しかし、幼馴染はさよならとしか書かれていない書き置きと、半年分の家賃だけを残して忽然と姿を消してしまう。心底落ち込む主人公だが、生きていればお腹も空く。コンビニに向かった主人公はそこで家出少女と出会い一目惚れしてしまう。彼女と過ごすことで失意の底から這い上がり、さらに作家としての飛躍を迎え幸せに過ごすというサクセスストーリーであった。 
 ストーリー自体はシンプルで、これといって大きな山があるでもなく、さらりと読み終えられるものであった。ただ叶美にとって大きな衝撃だったのが、この主人公が女性であるということ。 

「城咲さん。……これって、その、女の子同士の恋愛なんだよね」 
「えぇ。ジャンルで言うところの百合です」 

 読み終えた叶美の頬はうっすらと紅潮していた。自分の知らない恋愛の形だった。叶美は空の宮市のお隣、橋立市にある星花の系列小学校から通い始めずっと女学園で過ごしてきた。異性との交流もほとんどない。物語から得られる知識も僅かにあったが、純真無垢に育った叶美が初めて女同士の恋愛というものを認知した瞬間であった。知ってしまえば途端に目の前の少女への感情も揺らぐというものだ。 

「先輩、どうでしたか? ドキドキ、してくれましたか?」
「うん。……すごく。わたし、恋愛とかしたことないし、詳しくないし、でもこういう形もあるんだって知って、その……」 
「先輩、顔真っ赤……。嬉しい。私のお話でドキドキしてもらえるなんて。先輩のこと…… 好きになっちゃいそう」 
「え? えぇ!?」 

  慌てふためく叶美に、紅葉も自分が何を言ってしまったのかを気付く。ふたりして慌てふためく中、紅葉は必死に自分を落ち着かせ、再び口を開いた。 

「あの、えっと……その、先輩のことは先輩として好きになりそうっていうことで、えっとただその……お姉さまとお呼びしてもいいでしょうか!?」 

 生徒手帳を拾ってもらった時のお礼と同じくらい深くお辞儀をする紅葉。そんな彼女に未だ平静を取り戻せていない叶美は、よく分からないまま頷く。 

「う、うん。好きに呼んでくれていいから。頭を上げて」 
「ありがとうございます。お姉さま。それではもう一つだけ我が儘を……。その、紅葉って読んでもらえませんか?」 
「も、もちろん。よろしくね、紅葉ちゃん」 

 何も塗っていないはずなのに、彼女の名のように紅い唇に、どうしてか分からないまま視線が釘付けになってしまう叶美。 

「憧れだったんです。お姉さまとお呼びできる方と出逢うことが」 

 きっと姉妹の関係とは違うことなのだろうと叶美は薄々察していた。叶美と紅葉、それぞれに芽生えた感情が花開くのはもう少し先のこと。 
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