上 下
6 / 9

6話

しおりを挟む
「情けない話ですが、私は生嶋先輩の私服を見たことがありません」

 店の入り口を通って、衣料品を取り扱っているフロアへ移動する。まぁ、エスカレーターで二階へ行くだけなのだが。

「情けないって、別にそんなこと言わなくても……」
「いえいえ、先輩に何をオススメするべきか分からないのは大問題です。藤堂先輩は生嶋先輩の私服、見たことあります?」
「え? 僕は中学から生嶋さんと同じ学校だからなぁ。私服は見たことないや」

 ……まぁ、小学生の時のコーデを見ていても何の役にも立たないでしょうけどね。そこを気にしたら負けかな。

「じゃ、簡単に見て回りましょうか」

 藤堂先輩の服を見るつもりだったけど、意外や意外の合格点なので、デートルートを考えることにしよう。

「初デートだからといって、あまりにもせっついちゃいけませんよ?」
「え……僕、そういうタイプに見える?」

 ……見えないけど、そういう問題じゃないんだよなぁ。

「そういえば、今回は私から誘っちゃいましたけど、生嶋先輩をどうやってデートに誘うつもりですか?」

 うっかり忘れていた重要なポイントを藤堂先輩に尋ねる。ちゃんと考えてあるのかな? ……って、思っていたけど、

「……え、あ……そのぉ」

 この表情を見る限りアウトだ。どうすればいいのやら。

「考えてませんでしたね?」
「……うん」

 素直でよろしい。

「私が誘ってドタキャン。そこに颯爽と先輩が、っていうのもいいですけど、先輩相手にドタキャンは気が引けます」
「そこまでしてもらったら、僕の立つ瀬がないよ。何とか考えてみるよ。シンプルに映画を見に行こう、でもいいし」
「そうですね。あまり深く考えても意味ないですし」
「じゃあ、映画見に行く?」
「いいですね! 私、見たい映画があるんです!」


「意外な趣味で驚いたよ……」

 スタパ三階にある映画館で映画を見終えて、出てきた私と藤堂先輩。先輩は何だか疲れた表情をしているけれど、私はかなり満喫させていただいた。

「時間も時間ですし、お昼にしましょうか」
「……アレを見た後にすぐ食事なの? そ、そっか……」
「どうかしました?」

 あんまり恐い映画ではなかったと思うけど、やっぱり先輩は先輩か。

「えっと、どこにする?」

 来週は生嶋先輩とのデート本番。今日はあまり出費させてはいけない。

「とりあえず、ファストフードで大丈夫でしょう」
「じゃあ、あっちかな」

 ということで、ハンバーガーショップのワックドナルドで昼食。奢るよと言った藤堂先輩を説き伏せ、自分の分が自分で払った。

「先輩、生嶋先輩への告白方法というか……何て言うか決めました?」
「んむ、ぐ……え!? あ……考えてない……」

 驚いた表情をした先輩を見て、この人には計画性がないと再認識してしまった。

「あの、来週なんですよ? 来週。なのに、何で全く考えていないんですか?」
「えっとさ……鈴原さん」
「なんでしょう!?」

 若干、語気が強くなるのも仕方ない。まさかここまでのヘタレとは。

「告白って初デートでしちゃっていいの?」

 ……この人はどこまでも朴念仁だなぁ。しょうがない。……でもさ。

「生嶋先輩の人気を考えれば、早い者勝ちですよ。善は急げ、です」
「そっか……。そうだね」

 ……よし、先輩も大概チョロイからね。言いくるめるのは楽勝。
 それからもう少しだけお店を回って時刻は午後の3時半。二人でアイスを食べてから帰ることになった。……帰らなきゃ、だよね。

「先輩に教えられることは全部伝えました。……頑張ってくださいね、悠斗先輩」

 私にできる最大限のイジワル。このイジワルは私にとっても、彼にとっても、生嶋先輩にとっても、意地の悪い行動だと思う。この温もりを、少しでも……。だからきっと……もう会わない方がいい。ここから先のやり取りは全部メールにしよう。そう決めてから、そっと彼の背中に回した腕を下ろす。暖かな感触が離れ、秋風が頬を撫ぜる。

「では、さよならです。悠斗先輩」
「鈴原、さん……」

 あぁ、このタイミングで名前呼びしないなんて……先輩は本当にダメな人です。なのに、どうしてこんなに惹かれるのかな? 私、分からないや。振り返ることも出来ないまま、私は悠斗先輩から離れていった。あーあ、恋に恋するだけで良かったのに……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

片翼のエール

乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」 高校総体テニス競技個人決勝。 大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。 技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。 それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。 そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。

信仰の国のアリス

初田ハツ
青春
記憶を失った女の子と、失われた記憶の期間に友達になったと名乗る女の子。 これは女の子たちの冒険の話であり、愛の話であり、とある町の話。

私を買ってるクラスの陰キャが推しのコンカフェ嬢だった話

楠富 つかさ
青春
 アイドルが好きなギャル瀬上万結(せがみ まゆ)はアイドルをモチーフとしたコンセプトカフェにドハマりしていしまい金欠に陥っていた。そんな夏休み明け、ギャル友からクラスメイトの三枝朱里(さえぐさ あかり)がまとまったお金をATMで下ろしている様をみたというのでたかることにしたのだが実は朱里には秘密があって――。  二面性のある女子高生同士の秘密の関係、結びつけるのはお金の力? ※この物語はフィクションであり実在の人物・地名・団体・法令とは一切何ら全くもって関係が本当にございません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

少女たちの春[第1部]

秋 夕紀
青春
 誰にでも人生の春がある。それは「青春」「思春期」と呼ばれる事もあるが、それだけでは語り尽くせない時期である。また、その時期は人それぞれであり、中学生の時かもしれないし、高校生の時かもしれない。あるいは、大学生、社会人になってからかもしれない。いずれにしても、女の子から大人の女性になる時であり、人生で一番美しく愛らしい時である。 高校に入学したばかりの5人の女子が、春に花を咲かせるまでを追って行く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

処理中です...