凜と咲く花になりたい

楠富 つかさ

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最終話

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 その日、部活を終えた剣道部一同とあの髪の長い先輩――後で太刀花先輩の恋人である東雲先輩だと紹介された――と文佳で集まって、学校近くの月見屋食堂までやってきた。わいわいと飲み食いしながら、時間はゆっくりと過ぎていく。終わり際、太刀花先輩が私の隣に腰掛けた。

「腕を上げたな西は。まさか私から勝ちをもぎ取るなんて。見違えたよ」

 あの時、上がった旗は赤のそれだった。勝った喜び以上に呆けてしまって、特段の感慨もないままここまで来てしまった。文佳はただただ優しい眼差しで私を見るだけで、特段なにも言ってはこなかった。先輩が負けたことが嫌だったのか、私が勝ったことで安心してくれたのか、それは分からないけれど……。

「私……先輩に勝ちたかった。勝って、それで……認めて欲しかった。文佳に、私だけを見て欲しくて……だから……」
「清水さんと言ったね……そうか、新聞部の。けなげな恋人に恵まれたね」

 太刀花先輩が文佳に優しく声をかける。先輩は自分が恋人と結ばれるまでの話をしてくれた。先輩にはこの場にいる東雲志乃先輩だけでなく、彼女の妹さんとも恋仲にあるらしい。私の姉の友達も、恋人が二人いてその一人とは知り合いだけれど、あの娘はいつも幸せそうだったからあまり考えてこなかった。ただ、普通に考えれば同性の恋人が二人もいたら、根が真面目な太刀花先輩はそうとう悩みこんだだろう。

「迷い悩みが剣も曇らせもしたが、それでも今の私がある。君たちにも君たちなりの悩みがあるのだろう? 話し合って分かることもあるし、言葉にせずとも伝わる想いはある。お互いを大切にすることだ」


 その夜、私と文佳は桜花寮の大浴場にいた。湯船の縁に身体を預けながら私は文佳に尋ねた。

「この後……そういうことをしていいんだよね?」
「えぇ。それが星玲奈のお願いなら」
「文佳はそれで……いいの? 私、文佳に……するんだよ?」

 なおも不安な私に、文佳はため息をついた。

「鈍い。星玲奈のことが好きだから、許すの。私はとっくに、貴女だけの文佳なんだから」

 言ってから恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にした文佳は待ってるとだけ言って、そそくさと大浴場を後にしてしまった。かぁーっと顔が熱くなる。……お姉ちゃんは美海先輩と初めてを迎えた時はどんな気持ちだったんだろう。お姉ちゃんのことだから、美海先輩に襲われて流されていそうなんだけど、私は……どうしたらいいんだろう。まだキスだって何回かしかしてないのに、えっちってどうするんだろう……。ここに、指を入れるんだよね……自分の身体で確かめながら緊張感が増していく。


 十数分の時間を要して、私は大浴場を後にした。自室に戻ると、電気は点いていなかった。待ってると言ったのにどういうことかと思ったら、文佳は二段ベッドの下段に腰掛けていた。……何も身に着けずに。さっきまで見ていたはずの彼女の裸体は、周囲の灯りで蒼白く照らされて、美しかった。

「服、なんで?」

 着てないの、まで言えないほどに身体がこわばっていた。

「星玲奈ってば、緊張して私の服、うまく脱がせられないかなって思って。それに……やっぱりもう我慢できないよ。私だって、ずっと我慢してた。星玲奈から誘ってくれるまでは待つって。だけどもう……いいよね?」

 あぁ、姉の気持ちが分かる。好きな人に迫られたらもう何も考えずに身を委ねるしかないじゃないか。

「大好きだよ、星玲奈」
「私の全部……受け取って」


 私は凜と咲く花にはなれないのかもしれない。けれども、彼女の側にいることは今の私にも出来る。だからずっと大好きだよ……文佳。
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