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舞台を降りた私は関東のとある高校で社会科の教員として就職した。
地味なスーツに身をつつみ、髪は黒く染めなおして短めに切りそろえていた。おまけに伊達メガネまでして、子役であったことや声優であったことをほとんど口にしなかった。ずっと本名で活動していたのに、気づかない人の方が多かった。私が教育番組のレギュラーだった頃に子育てしていたであろう女性教諭くらいは、私に気づいてくれたけれど、本当にそれくらいだった。
舞台を降りたくせに、私は素直で向上心のある新人教師を演じていた。けれどそれは、私をひどく疲れさせた。一つ幸いだったことは、子役時代の稼ぎを両親が安定した運用にかけてくれたおかげで、金銭的には余裕があったことだ。大学生の頃は実家から大学、そしてスタジオに通っていたが、社会人になり一人暮らしを始めた。多少高い家賃だが、その分セキュリティがしっかりしている物件を選んだ。防音の性能も高い。だからこそ、私は孤独感にさいなまれるようになった。結果、私は酒と女に溺れた。
声優時代というかフィロ乙の現場というのは年の近い新人・若手女性声優ばっかりで、女子校みたいな雰囲気だった。そこに百合営業の風潮もあってか、スキンシップやボディタッチは激しめだった。芸能活動にのめりこんでいて、恋愛から縁遠い位置にいた私は、気づけば人肌恋しい時は女性を求めるようになっていた。それに関東は、女性向けに女性を派遣してくれるお店がけっこうあり、最初はデートプランで利用していたのに、あれよあれよと肌を重ねるコースを選ぶようになっていた。
女性が好きであることは職場で隠していた。隠していることがまたストレスで、それは休日に全く違う自分を演じることで晴らしていた。ピンクのブラウスに黒いハイウェストスカート、ニーハイに厚底の靴、濃いめの化粧に明るい髪色のウィッグ、なりたい自分の姿で夜の歓楽街に繰り出していた。プロの嬢の話術はすごくて、まるで昔馴染みのように話が弾んだ。時には昔の同業者が夜の蝶として働いていて、少し気まずいような、業界の愚痴が吐けて嬉しいような、そんなこともあった。
そんな生活が3年くらい続いたある日、再び私に転機が訪れた。教職3年目の年末に女性二人が私のもとを訪ねたのだ。一人は伊ヶ崎波奈、そしてもう一人は乙七海。とある会社の社長と秘書である。その会社の名前は天寿、アイドルオタクの私はその名を、東海地方で新興しているアイドル事務所の運営会社として知っていた。
驚いた。年が明ければ25歳になる私をアイドルとしてスカウトにし来たのかと。今では三十代のアイドルだって活躍している時代だが、それは積み重ねた努力に裏打ちされた輝きを宿しているからであり、すっかり輝きを失った私に今更何ができるのかと、近くのファミレスで二人に打ち明けた。……が、彼女らが求めていたのはアイドルではなく、芸能活動に理解のある教員だったのだ。私はその時になって初めて知ったが、天寿という会社は東海地方のS県空の宮市で学校を運営しているというのだ。そんな話を聞かされて、まるで自分に芸能活動への未練があるような気がして、途方もなく恥ずかしい気持ちになったことは、今でも覚えているし、今思い出しても恥ずかしいくらいだ。
――もっと貴女らしく過ごせる職場だと思うわよ――
今でも伊ヶ崎社長、すなわち理事長の自信たっぷりな表情は忘れられない。黒髪に地味なスーツ、伊達メガネの私が本当の自分ではないことを見抜かれていたのだ。
正直、関東に住む利便性は惜しかったが提示された待遇があまりにも良いもので、私はその場で転職を決意したのだった。
そうして私は星花女子学園に赴任した。中等部と高等部を要する女子校で、私の担当は高等部で現代社会、政治経済、倫理の授業を受け持つこと。一応、イラスト部という文化部の顧問もすることになった。
久々に髪色を明るい茶髪に染め、毛先にはカラーも入れた。髪型は数年ぶりにツインテール、服装も生徒の手前スカートは膝下だがブラウスはふんわりと可愛いもを。
こうして出来上がった可愛いあずちゃん先生は出会ってしまったのだ。運命の人に。
「大好きだよ、響子」
「うん、知ってる。だから……もっと、ね?」
まだ夜は長い。
地味なスーツに身をつつみ、髪は黒く染めなおして短めに切りそろえていた。おまけに伊達メガネまでして、子役であったことや声優であったことをほとんど口にしなかった。ずっと本名で活動していたのに、気づかない人の方が多かった。私が教育番組のレギュラーだった頃に子育てしていたであろう女性教諭くらいは、私に気づいてくれたけれど、本当にそれくらいだった。
舞台を降りたくせに、私は素直で向上心のある新人教師を演じていた。けれどそれは、私をひどく疲れさせた。一つ幸いだったことは、子役時代の稼ぎを両親が安定した運用にかけてくれたおかげで、金銭的には余裕があったことだ。大学生の頃は実家から大学、そしてスタジオに通っていたが、社会人になり一人暮らしを始めた。多少高い家賃だが、その分セキュリティがしっかりしている物件を選んだ。防音の性能も高い。だからこそ、私は孤独感にさいなまれるようになった。結果、私は酒と女に溺れた。
声優時代というかフィロ乙の現場というのは年の近い新人・若手女性声優ばっかりで、女子校みたいな雰囲気だった。そこに百合営業の風潮もあってか、スキンシップやボディタッチは激しめだった。芸能活動にのめりこんでいて、恋愛から縁遠い位置にいた私は、気づけば人肌恋しい時は女性を求めるようになっていた。それに関東は、女性向けに女性を派遣してくれるお店がけっこうあり、最初はデートプランで利用していたのに、あれよあれよと肌を重ねるコースを選ぶようになっていた。
女性が好きであることは職場で隠していた。隠していることがまたストレスで、それは休日に全く違う自分を演じることで晴らしていた。ピンクのブラウスに黒いハイウェストスカート、ニーハイに厚底の靴、濃いめの化粧に明るい髪色のウィッグ、なりたい自分の姿で夜の歓楽街に繰り出していた。プロの嬢の話術はすごくて、まるで昔馴染みのように話が弾んだ。時には昔の同業者が夜の蝶として働いていて、少し気まずいような、業界の愚痴が吐けて嬉しいような、そんなこともあった。
そんな生活が3年くらい続いたある日、再び私に転機が訪れた。教職3年目の年末に女性二人が私のもとを訪ねたのだ。一人は伊ヶ崎波奈、そしてもう一人は乙七海。とある会社の社長と秘書である。その会社の名前は天寿、アイドルオタクの私はその名を、東海地方で新興しているアイドル事務所の運営会社として知っていた。
驚いた。年が明ければ25歳になる私をアイドルとしてスカウトにし来たのかと。今では三十代のアイドルだって活躍している時代だが、それは積み重ねた努力に裏打ちされた輝きを宿しているからであり、すっかり輝きを失った私に今更何ができるのかと、近くのファミレスで二人に打ち明けた。……が、彼女らが求めていたのはアイドルではなく、芸能活動に理解のある教員だったのだ。私はその時になって初めて知ったが、天寿という会社は東海地方のS県空の宮市で学校を運営しているというのだ。そんな話を聞かされて、まるで自分に芸能活動への未練があるような気がして、途方もなく恥ずかしい気持ちになったことは、今でも覚えているし、今思い出しても恥ずかしいくらいだ。
――もっと貴女らしく過ごせる職場だと思うわよ――
今でも伊ヶ崎社長、すなわち理事長の自信たっぷりな表情は忘れられない。黒髪に地味なスーツ、伊達メガネの私が本当の自分ではないことを見抜かれていたのだ。
正直、関東に住む利便性は惜しかったが提示された待遇があまりにも良いもので、私はその場で転職を決意したのだった。
そうして私は星花女子学園に赴任した。中等部と高等部を要する女子校で、私の担当は高等部で現代社会、政治経済、倫理の授業を受け持つこと。一応、イラスト部という文化部の顧問もすることになった。
久々に髪色を明るい茶髪に染め、毛先にはカラーも入れた。髪型は数年ぶりにツインテール、服装も生徒の手前スカートは膝下だがブラウスはふんわりと可愛いもを。
こうして出来上がった可愛いあずちゃん先生は出会ってしまったのだ。運命の人に。
「大好きだよ、響子」
「うん、知ってる。だから……もっと、ね?」
まだ夜は長い。
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