Act As Angel

楠富 つかさ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

#2

しおりを挟む
 舞台を降りた私は関東のとある高校で社会科の教員として就職した。
 地味なスーツに身をつつみ、髪は黒く染めなおして短めに切りそろえていた。おまけに伊達メガネまでして、子役であったことや声優であったことをほとんど口にしなかった。ずっと本名で活動していたのに、気づかない人の方が多かった。私が教育番組のレギュラーだった頃に子育てしていたであろう女性教諭くらいは、私に気づいてくれたけれど、本当にそれくらいだった。

 舞台を降りたくせに、私は素直で向上心のある新人教師を演じていた。けれどそれは、私をひどく疲れさせた。一つ幸いだったことは、子役時代の稼ぎを両親が安定した運用にかけてくれたおかげで、金銭的には余裕があったことだ。大学生の頃は実家から大学、そしてスタジオに通っていたが、社会人になり一人暮らしを始めた。多少高い家賃だが、その分セキュリティがしっかりしている物件を選んだ。防音の性能も高い。だからこそ、私は孤独感にさいなまれるようになった。結果、私は酒と女に溺れた。
 声優時代というかフィロ乙の現場というのは年の近い新人・若手女性声優ばっかりで、女子校みたいな雰囲気だった。そこに百合営業の風潮もあってか、スキンシップやボディタッチは激しめだった。芸能活動にのめりこんでいて、恋愛から縁遠い位置にいた私は、気づけば人肌恋しい時は女性を求めるようになっていた。それに関東は、女性向けに女性を派遣してくれるお店がけっこうあり、最初はデートプランで利用していたのに、あれよあれよと肌を重ねるコースを選ぶようになっていた。

 女性が好きであることは職場で隠していた。隠していることがまたストレスで、それは休日に全く違う自分を演じることで晴らしていた。ピンクのブラウスに黒いハイウェストスカート、ニーハイに厚底の靴、濃いめの化粧に明るい髪色のウィッグ、なりたい自分の姿で夜の歓楽街に繰り出していた。プロの嬢の話術はすごくて、まるで昔馴染みのように話が弾んだ。時には昔の同業者が夜の蝶として働いていて、少し気まずいような、業界の愚痴が吐けて嬉しいような、そんなこともあった。

 そんな生活が3年くらい続いたある日、再び私に転機が訪れた。教職3年目の年末に女性二人が私のもとを訪ねたのだ。一人は伊ヶ崎波奈、そしてもう一人は乙七海。とある会社の社長と秘書である。その会社の名前は天寿、アイドルオタクの私はその名を、東海地方で新興しているアイドル事務所の運営会社として知っていた。
 驚いた。年が明ければ25歳になる私をアイドルとしてスカウトにし来たのかと。今では三十代のアイドルだって活躍している時代だが、それは積み重ねた努力に裏打ちされた輝きを宿しているからであり、すっかり輝きを失った私に今更何ができるのかと、近くのファミレスで二人に打ち明けた。……が、彼女らが求めていたのはアイドルではなく、芸能活動に理解のある教員だったのだ。私はその時になって初めて知ったが、天寿という会社は東海地方のS県空の宮市で学校を運営しているというのだ。そんな話を聞かされて、まるで自分に芸能活動への未練があるような気がして、途方もなく恥ずかしい気持ちになったことは、今でも覚えているし、今思い出しても恥ずかしいくらいだ。

――もっと貴女らしく過ごせる職場だと思うわよ――

 今でも伊ヶ崎社長、すなわち理事長の自信たっぷりな表情は忘れられない。黒髪に地味なスーツ、伊達メガネの私が本当の自分ではないことを見抜かれていたのだ。
 正直、関東に住む利便性は惜しかったが提示された待遇があまりにも良いもので、私はその場で転職を決意したのだった。
 そうして私は星花女子学園に赴任した。中等部と高等部を要する女子校で、私の担当は高等部で現代社会、政治経済、倫理の授業を受け持つこと。一応、イラスト部という文化部の顧問もすることになった。
 久々に髪色を明るい茶髪に染め、毛先にはカラーも入れた。髪型は数年ぶりにツインテール、服装も生徒の手前スカートは膝下だがブラウスはふんわりと可愛いもを。
 こうして出来上がった可愛いあずちゃん先生は出会ってしまったのだ。運命の人に。

「大好きだよ、響子」
「うん、知ってる。だから……もっと、ね?」

 まだ夜は長い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やわらかな春のぬくもりに

楠富 つかさ
恋愛
 三度の飯とおっぱいが好き! そんなライト変態な女の子、小比類巻世知が一番好きなおっぱいは部活の先輩のおっぱい。おっぱいだけじゃなく、先輩のすべてが好きだけど、それを伝えたらきっともう触れられない。  本当はへたれな主人公と、優しく包んでくれる先輩の学園百合ラブコメ、開幕です!!

実る果実に百合を添えて

楠富 つかさ
恋愛
私、佐野いちごが入学した女子校には生徒が思い思いのメンバーを集めてお茶会をする文化があって、私が誘われた”果実会”はフルーツに縁のある名前の人が集まっている。 そんな果実会にはあるジンクスがあって……それは”いちご”の名前を持つ生徒と付き合えば幸せになれる!? 待って、私、女の子と付き合うの!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~

楠富 つかさ
青春
 落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。 世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート! ※表紙はAIイラストです。

私を振ったあの子をレズ風俗で指名してみた。

楠富 つかさ
恋愛
 女子大生、長谷部希は同級生の中原愛海に振られ、そのショックをサークルの先輩に打ち明けると、その先輩からレズ風俗に行くことを勧められる。  希は先輩に言われるがまま愛海の特徴を伝えると、先輩はこの嬢がいいのではと見せてきたその画面にいのは……中原愛海その人だった。  同級生二人がキャストとゲストとして過ごす時間……。

星空の花壇 ~星花女子アンソロジー~

楠富 つかさ
恋愛
なろう、ハーメルン、アルファポリス等、投稿サイトの垣根を越えて展開している世界観共有百合作品企画『星花女子プロジェクト』の番外編短編集となります。 単体で読める作品を意識しておりますが、他作品を読むことによりますます楽しめるかと思います。

深淵ニ舞フ昏キ乙女ノ狂詩曲 ~厨二少女だって百合したい!~

楠富 つかさ
恋愛
 運命的な出会いを果たした二人の少女。そう、彼女たちは中二病の重症患者であった。方や右眼と左腕を疼かせる神の使い、方や左目と右腕が疼くネクロマンサー。彼女たちの、中二病としてそして一人の少女としての、魂の物語を綴る。

君と奏でる恋の音

楠富 つかさ
恋愛
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。 自分に自信がない主人公、君嶋知代はある満月の夜に同じ寮に住む先輩である蓮園緋咲と出会う。 王子様然とした立ち振る舞いをする彼女と出会い、同じ時間を過ごすうちに、知代は自分自身を見つめ直すようになっていた。 この物語は私が主催する同一世界観企画『星花女子プロジェクト』の参加作品です。

処理中です...