Act As Angel

楠富 つかさ

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「ねえ、もっと知りたいな。貴女のこと」

 月明かりの差し込む寝室に横たわる彼女の瞳が私を見つめる。

「なに? あずのことをもう知り尽くしているんじゃないの?」
「貴女のこれからは知ることができる。だから、貴女のこれまでをもっと教えてほしいの」
「ピロートークでするような話じゃないわよ?」

 そう言ってほほ笑むが、彼女の眼差しは真剣だった。これまでのらりくらりとかわしてきたものの、そろそろ年貢の納め時か。

「そうね、もうここまで深い仲なんだもの。いいわよね……」

 語ろうではないか、私――板倉愛寿のこれまでを。

 あの頃、私は主役だった。きっかけは3歳の頃、七五三の写真を撮りに地元の写真館へ行ったときのことだった。可愛い私は当然写真写りも当然よく、その写真館の最高傑作として飾られることになった。そんな私の七五三写真をとある劇団の代表が目にし、私はスカウトされた。
 3歳児の全能感というのはおそろしく、私はすぐに劇団に入った。めきめきと頭角を現した私はすぐに重要な役を演じるまでにいたった。小学生になる頃にはテレビのCMにも出たし、7歳の時にはデビューのきっかけとなった地元の写真館のイメージキャラクターに就任した。その後、教育番組にレギュラー出演するようにもなり、すっかりお茶の間の人気者になった。そして小学校の卒業が近づく頃、教育番組のレギュラーも卒業した。

 そんな折に私に転機が訪れた。アニメ映画の主演声優として抜擢されたのだ。小学6年生の女の子がひょんなことから不思議な世界に迷い込んで、世界を揺るがす大騒動に巻き込まれる長編アニメで、大ヒットを記録した。主演に私が選ばれたのは当然私が可愛いからで、しかも教育番組でずっと音読のコーナーを担当していたからだ。
 けれど……音読と声優は違う部分もあって、アニメの評価に対して私への評価というのはあまり高くなかった。大げさな話だが、私にとって初めての挫折だった。
 そして子役にとってティーンエイジャーになるというのは、子役としての需要が低下することを指していた。私自身は小柄なままで子供を演じることに支障はなかったけれど、大人でも子供でもないティーンエイジャーは明らかに仕事が減る。高校生なんかは二十代そこそこでも人気がある役者なら演じるし、逆に中学生をメインにしたようなドラマというのはそう多くない。

 そんな中、私は大きな決断を下した。事務所を移るのだ。声優の難しさを知って依頼、私の声優へのあこがれは日に日に増していて、14歳になった私は声優事務所へ移籍した。
 けれど、声優として活躍するのはとても難しいことだった。名前も出ないようなガヤや再現ドラマのボイスオーバー、売れている先輩の付き人のように現場へ行き、何度もオーディションに落ちながらも、少しずつ端役や一話限りのゲストキャラを演じてきた。そして17歳にしてついに私は主役をつかみ取った。私にとって五年ぶりの主演アニメ、それは『フィロソフィアの乙女たち』というメディアミックス作品。古代の哲学者たちを美少女化したコンテンツの主役、アリストテレス役に選ばれたのだ。
 私はアリストテレスを演じるなかで、声優として演じること、そして哲学を学ぶことの魅力に傾倒していった。大学では西洋哲学を専攻するほどに。
 ただ、アリストテレス以外にメインキャラを演じることはほとんどなかった。大学受験、そしてキャンパスライフが満喫できるくらいには暇な声優だった。もちろん、キャラソンのレコーディングやそれらをひっさげたライブなんかもあったけど、ほとんどが夏休みなどの開催で、学業に支障はなかった。それが良かったのかそうでなかったのか、今でもわからないが。

 アニメとほぼ同時期にソシャゲも始まったフィロ乙ことフィロソフィアの乙女たちだが、ソシャゲも私が二十歳になる年にはメインシナリオ最終章の収録が行われるにいたった。ソシャゲとしてはメインシナリオが完結するなんて上々のエンディングなのだが、それでも私にとっては悲しくてやまないことだった。
 結局、フィロ乙の完結からあまり間を置かずに私は声優を引退した。引退したというか、そもそも他に仕事がなかったのだ。7歳から続けていた地元の写真館のイメージキャラクターだが、成人式用のCMを撮影して卒業した。先方は大学の卒業まで続けてほしいと言ってくれたが、芸能活動を廃業するために私から降板を申し入れた。

 声優でなくなった私はすぐに自動車運転免許を取得した。さすがに教習所に通えるほど暇じゃなかったのだと、その時になってようやく実感したものだ。
 芸能人として生きるつもりだった私は就職のことなんて考えておらず、その上、哲学を学ぶコースは就職に弱かった。とはいえ、もとより台本を覚える力があった私の記憶力を教職になるための学習にすべて注いだ。
 教員を選んだことに特別な理由はない。ただ、他人に尽くす仕事をしたかったのかもしれない。教職なら生徒が主演で教師は助演、そんな感覚があったのかもしれない。
そう――私は舞台を降りたのだ。
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