疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第22話

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「……つい……た……はあ……はあ」

 じっちゃんのお店の前に立ち、俺は乱れた呼吸を整える。
 この先に朝倉が待っているはずだ。
 俺は意を決し、扉を開けて中へ入る。

「来たな廉太郎」
「……じっちゃん」

 店の入り口でじっちゃんは俺を待ち構えていた。
 こないだの件があったから、かなり気まずい。
 謝罪か、それとも今までの御礼か。
 何から言えばいいのかわからないでいると、じっちゃんの大きな手が肩に置かれた。

「……わしの可愛い孫娘を泣かせた責任、しっかり果たすんじゃぞ?」

 ……もっと他に言いたいことくらいあるだろうに。
 じっちゃんはそう言うだけで、俺の背中を押してくれた。
 ……ほんと世話になりっぱなしだよな。

「ありがとう!」

 俺はじっちゃんの心遣いに感謝して、お店の奥へと進んでいく。
 卓球ができるスペースに来て、ようやく朝倉の姿が見えた。
 
「朝倉っ!?」

 卓球台のそばに座っている朝倉の目は虚ろで、生気を感じられない。
 俺は胸が痛むのを自覚しながら、あえて陽気に話しかけた。

「よお随分久しぶりだな」
「ど、どうしたの急に?」
「どうしたのもこうも、ここに来てやることなんて一つしかねえだろ? やろうぜ卓球。俺と朝倉で人数もちょうどいいぜ」
「……あーごめんね。今はそんな気分じゃないんだ」

 ……ちくしょう。
 卓球の誘いを断るなんて、以前なら考えられなかった。
 やはり普通の方法じゃ俺の言葉は届かないみたいだ。
 ――だったら手段を変えるまでのこと。

「じゃあ俺と勝負しようぜ? そんで勝った方の言うことを負けた方は一つ聞くことにしよう」
「……だからそんな気分じゃないんだってば。勝負なら他をあた」
「へー逃げんのか? 天下の大天才朝倉様が凡人の俺から?」

 他を当たってと言いかけた朝倉を遮って、俺はあからさまな挑発を入れた。
 負けず嫌いな朝倉の性格を考えれば、これが一番響くはずだ。
 案の定、朝倉は乗ってくる。

「何その言い方……私は越谷くんのためを思って」
「そんなこと言って怖いんだろ? 凡人の俺にも負けるわけにはいかねえもんな?」
「わかった…………後悔しても知らないからね」
「おう、お前こそ」
 
 ……よし、これで卓球勝負に持ちこめたぜ。
 内心、ガッツポーズをして卓球の準備に取りかかる。
 朝倉には悪いが、卓球でしか言葉を伝えられない俺はこうするしかなかった。
 ごめんな朝倉。
 後で煮るなり焼くなりしてもらっていいからよ。

「「よろしくお願いします」」

 俺は罪悪感と向き合いながら卓球台の前に立った。

「…………ラケット、いつものじゃないんだね」
「ああかっちょいいだろ? 数か月ぶりだけどよく馴染むわ」

 なんて朝倉に見せびらかしたのは中学時代のラケット。
 ラバーは両面裏のオーソドックスな奴だ。
 念のためじっちゃんの店にこいつを置きっぱなしにしていた甲斐があった。 
 シューズも普段の奴は家にあるため、ラケットと一緒にあった予備を履いている。

「…………ふーん。じゃあサーブは越谷くんからでいいよ」

 ということなのでサーブは俺から。
 俺は台の左端に立ち、大きくトスを上げた。
 そして即座に右腕を上げ、ラケットを縦にする。
 狙うはYGサーブ。
 もう逃げないという決意を込めて、俺は落ちてくる白球に回転をかけた。

「っ!」

 よっし! 
 サーブは無事に成功。
 朝倉のフォアに打球が飛ぶ。

「え!? でも甘いよ」

 一瞬、朝倉は驚いていたがすかさず返球した。
 その反応と打球処理はさすがという他ない。
 ――だがお生憎さま。
 それは想定内だぜ。
 俺はこちらのフォアに返球された打球に追いつくと、

「いっけえええええ!」

 膝にためを作り、一気にラケットを振り抜いた。
 ――しかしタイミングがずれる。
 放たれた打球はふらふらと力なく飛んでいき、朝倉に余裕で強打してきた。

「……まあそうご都合よくはいかねえか」

 じゃなきゃあんなにイップスで苦しまねえもんな。
 カコンと気持ちよく打ち抜かれて、俺は声を漏らした。
 イップスからは抜け出しつつあるものの、元の調子には遠い。
 ドライブも相変わらず死んでやがるし。
 
「けどこれくらいで諦めると思うなよ」

 負けられねえ。
 京介が、今宮が、早瀬が、皆が俺を支えてくれているんだ。
 あいつらの想いを無駄にしないためにも、今更諦めるなんてのはごめんだぜ。
 俺はドライブを打ち続けることを選択。
 朝倉に執拗に打ち抜かれても、ドライブをやめたりはしない。 
 そして粘ること数級、ついに俺はドライブで朝倉を打ち抜いた。

「はははっ! 見たかよ朝倉。ちゃんとドライブできたぜ」
「……そりゃ、あんだけ打ってればね」
「へへっ。こっから取り返すんだよ」

 俺はにやにやしながらサーブを繰り出し、ドライブを連打連打。
 最高に調子がいい。
 今までよりもはるかにドライブが上手くなっているという自信さえある。
 ――だが、

「…………それで勝てるとでも思ってるの?」

 朝倉はいとも簡単に打ち返して、俺を睨んできた。
 いくら好調と言えども俺のドライブは県レベル止まり。
 全国を制した朝倉にはまるで通じてない。
 俺はそうして朝倉に翻弄され続け、気が付けば2セットも取られてしまっている。

「言ったよね私には勝てないって。もう諦めた方が越谷くんのためだよ」
「何いってんだ。勝負はこっからだろ?」

 強がってみたものの、勝敗は明らかだ。
 カットとドライブの両方を使いこなす朝倉を崩す手立てが俺にはない。
 読みは悉く外されるし、かといって攻めなければ朝倉にやられてしまう。

 くそ!
 わかっちゃいたが、ここまで差があんのかよ。
 絶望的な状況に歯噛みしたその時、じっちゃんの声が聞こえてきた。

『廉太郎! しっかりせい』

 慌てて辺りを見渡すが、じっちゃんの姿はない。
 ……これは俺の心の声なのか。
 妙に納得した心地でいると、その声は俺に問いかけてくる。

『廉太郎、お前の武器はなんじゃ?』

 俺の武器ってそう言われてもな。
 俺は新波先輩みたいに読みが良いわけじゃない。
 泉岳寺みたいに特殊な戦型を極めているわけでもない。
 松陰より反射は劣るし、努力なら道畑浩二に劣る。
 力だって今宮には負けるし、朝倉のようなセンスもない。
 …………そんな俺にできるのは。
 …………凡人の俺に与えられた才能は。

「早く構えてくれないかな?」
 
 ……しまったっ!?
 どうやら考え込んでしまっていたらしい。

「ちっ……言われなくともそうするぜっ!」

 俺は慌ててトスを上げ、ナックルサーブ放つ。
 朝倉はそれをフォアに打つと見せかけて、バックに返球。

「……くっそ。完全に逆だったじゃねーか!?」

 巧妙なフェイントに引っかかり反応が遅れた。
 追いつくには追いつくがこの状況だとドライブで返せるコースは限られている。
 ――だったら、
 ――俺にできるのは、

「これだ!」

 咄嗟にラケットを上に向けて思い切りボールにぶち当てた。
 面に従ってボールは高く打ちあがり、ゆっくりと相手のコートに落ちていく。
 これはロビングと呼ばれる技術で、せいぜい追い込まれた時にしか使われない。
 それを自分から使うなんて自殺行為にも等しい。
 されどその滞空時間によって、こちらにも余裕が生まれるのもまた道理。

「――さあ俺はここだぜ。どっからでもかかってきな」

 台から距離を取って挑発すると、

「言われなくてもそうするよっ!」

 朝倉は真正面に打ち込んできた。
 
 ――ビンゴ!
 心の中でほくそえみ、俺は再度ボールを打ち上げる。
 そこから何度も何度も。
 必死にボールを打ち上げて粘り続ける。

「しつこいっ……ってしまった!?」

 しびれを切らして余計な力が入ったのだろう。
 朝倉は高くバウンドするボールを打ち損ねる。
 行先を失って飛んできたボールをキャッチして俺は告げた。

「知ってるか朝倉。卓球ってのは速い奴や上手い奴が勝つゲームじゃねえ。最後にボールを入れた奴が勝つゲームだぜ?」

 ……勝算は十分にあった。
 パワーがある男子や色々規格外な今宮と違って朝倉の力は女子の平均クラス。
 加えて体格も平均とくれば、高くバウンドする球を一発で打ち抜けるほどの強打はできない。
 さらに運が良いのか悪いのか、俺には『ボールをちゃんと台に入れる』という才能だけはあったからな。

「…………ロビングが偶々上手くいっただけで調子に乗らないでよ」
「偶々かどうかは見てからのお楽しみぜ。まああんなチャンスボールをミスるようじゃ俺は倒せねえけどな」
「……言ったね。後悔しても知らないから」

 売り言葉に買い言葉で、俺たちの卓球は、お互いの意地をかけた勝負に変わる。
 ルールは簡単。
 スマッシュを打ち込む朝倉に対し、俺はロビングで耐え凌ぐ。
 先に折れた方が負けのチキンレースだ。
 何度も飛んでくる強烈な打球を俺は拾っていく。

「いいっ加減にっ! して! そんなに粘らなくてもいいじゃん!」

 返されることが気にくわなかったのか、ラリーをしながら文句を言ってくる朝倉に、俺もボールを打ち返して反論した。

「うるせーここでやめたら俺が負けるだろうが……っっとあぶねえな!」

 スライディングでピンポン玉に追いつき、高く打ち上げる。

「惜しい…………っとそれはそうだけど、卑怯だよっと」
「何がだ! じゃあ朝倉もカットなんて卑怯な真似すんじゃねえよ!」
「カットは卑怯じゃありませーん。ゴキブリみたいな越谷くんの方がよっぽど卑怯ですー」
「へーってお前ミスってんじゃん。はい残念でした俺の勝ちでーす」
「あー言ったなあ! 越谷の癖に」
「うっせえ」

 腹いせにピンポン玉を投げつけて返すと、朝倉は頬を膨らませてこちらを睨んできて、

「「あはははは」」

 一連の流れが変にツボにはまり、俺たちはどっと笑いあった。
 まるで初めてあった時みたいで懐かしい。

「……やっぱ卓球っておもしれえよな」
「うん♪ 本当にね♪」

 朝倉もすっかりいつもの調子を取り戻したのか、笑顔を満開にさせていた。
 俺はその笑顔にどきりとして、胸の高鳴りを誤魔化すように言葉を紡いだ。

「……まだまだ行けるだろ?」
「もちろん♪」

 朝倉は歌うように答えると、一気に才能を爆発させる。

「どう? すごいでしょ?」
「…………マジかよ」

 手始めにラインぎりぎりを攻めたサーブでサービスエースを取ったかと思えば、

「にひひ……逆だよ♪」

 巧みなフェイントで俺の予測を外してくる。
 この打つ直前までカットかドライブかわからないほどのモーションフェイントはかつての朝倉が得意だった形だ。 

「ははっ……やっぱすげえよ。お前は」
 
 圧倒的な差を見せつけられてるってのにちっとも悔しくない。
 朝倉のプレーの1つ1つに心を奪われて、わくわくする自分がいる。
 もっともっと見てみたい。
 俺だけではたどり着けないこの景色の先を。

「なあ今度はお前の景色を見せてくれよ」
「いいよ♪……でもついてこれるかな?」
「当り前だろ」

 朝倉に招かれて、俺は新たな高みへと羽ばたいていく。
 ――勝負は第二ラウンドへ。
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